嫉妬と嫌がらせ3
早朝から花壇に咲く花に水やりをする男性がいた。紫がかった銀髪を耳に掛け、花の様子を間近で観察する男性オルトリウスは肩に乗った白い鳩の頭を指で優しく撫でてやった。
「そう。ご苦労様」
「ぽお」
ご褒美にクッキーをあげようと如雨露を花壇に置いて、大教会内に戻る途中、クッキーが好きなのはオルトリウスが育てた騎士が飼っているネズミ。名前は確かチューティー君。チューティー君で何代目だったか、確か5代目? いや8代目だったかと記憶の引き出しを探りながら、鳩の好物がある厨房に入った。棚から瓶を取り出し、蓋を開けて中身の木の実を手に乗せ食べさせた。満足するまで食べさせ、瓶を棚に戻したオルトリウスは再び外に出た。
元気よく空へ飛んで行った鳩を見送ると如雨露を手に取り花壇へ水やりを再開した。
「そろそろ僕が頼んだ子が来る時かな」
隣国から暇な子をこっちに寄越してほしいと連絡し、返事にはオルトリウスがよく知る相手が来ると来た。そろそろこの国に到着しても良い頃だが、どうせ彼の事、オルトリウス1人でも片付けられるからと態とのんびり来ている可能性もない。
荒事となると腕に自身がないオルトリウスからすると彼には是非早く来てほしい。隣国の隠居王族である自分が他国の王家の問題に首を突っ込むのは如何なものかと思うも、先代国王の望みでもあり、願いでもある為突っ込まないとならない。
他にもやることは沢山ある。
フィオーレが最たる事柄だろうか。エーデルシュタイン家だけが持つ『予知夢』の力。フィオーレの母方祖母が自国の公爵家の血を引いている事、18年前彼女が教会で祝福を授かった時現れた女神が授けた祝福、それらを合わせるとフィオーレが視る『予知夢』が何故周辺の人間の不幸ばかりなのかが説明がつく。
「力加減というものを知ってほしいものだよ……あの女神様は……」
が、手加減を知らない女神のお陰で自身と兄は王国を建て直した。幾度もあった修羅場も人智を超えた力のお陰で乗り切れた。こうしてのんびりと隠居生活が送れているのが何よりの証拠。
靴音が近付いてくるのが聞こえ、水やりの手を止めた。振り向かず「待ってたよメルちゃん」と言っても相手に反応がない。
「ん?」と訝しく感じたオルトリウスは振り向いた。予想通りの相手なら――
『なんで王家の人達っておれを扱き使うのが好きなんですかね』と文句を言う。なのに、何も言われない。
メルちゃんじゃない? と警戒して振り向いた。――え、と発してポカンと口を開けた。
相手はオルトリウスの間抜け顔にコメントせず、綺麗に咲いている瑞々しい花にそっと触れた。
「あー……あぁ~……え……? 暇な子って……こういう事?」
「暇なのは……当たっているな」
「ああ、うん、暇というか、時間を持て余してるというか、そもそも長時間起きていられない筈……なんだけど……起きられるんだ」
意外そうに目を丸くすれば、相手は焦げ茶の髪を指先で掻き、オルトリウスに詳細を求めた。もう暫く呆けていたい気持ちになるも、予想外な暇な人が来てしまった為、水やりを中断せざるを得ない。
「その髪はメルちゃんに借りた?」
「いや……」
「そう。まあ、何となく予想がつくから言わなくていいよ。髪の色さえ隠しておけば大丈夫かな。それじゃあ、部屋に案内するよ」
髪の色はかなり目立つも瞳の色はそうでもないので細工をする理由はない。相手を建物内に案内し、目的の部屋に入った。
向かい合う形で座ると早速切り出した。
「頼み事というのは幾つかあるんだ。その1つは、先代国王の願いでもあるお馬鹿さんの排除。いい加減、王妃の我慢が限界に達している。愛人とその娘のやりたい放題で泣いている貴族が多くてね」
「……」
「それとエーデルシュタイン家のご令嬢を1人、シエルちゃんの所で面倒を見させようかなと思うんだ。エーデルシュタインの血、フワーリンの血、女神の祝福……どうもこの3つが原因で相当ややこしい事になっている子なんだ」
「……?」
「シエルちゃんが嫌がらないかって? 大丈夫だよ。フィオーレちゃんって言うのだけど、フィオーレちゃんはシエルちゃんを見ても綺麗くらいにしか思わないよ」
心の底から想う相手がいると人は案外超絶な美貌を持つ異性がいても心奪われないものだ。
「そうだ。頼み事をする側でこんな風には言いたくないけど。
――絶対正体がバレないようにしてよ?」
オルトリウスの念押しに相手はコクリと頷くだけであった。
●○●○●○
――3日後。
キサラ様やワルター様のその後ついては詳しく聞かなかった。お父様もお義母様も話すつもりはないようで、私が聞いたら多分答えてくれた。2人が口を揃えて言うのはもう会う事はない。これだけ。
3日間の休みを得て学院に登校した。エルミナと馬車に乗って、久しぶりでもない姉妹の登校に喜ぶエルミナを見ていると私まで嬉しくなった。
正門前で馬車を降り、2人並んで校舎を目指すと「フィオーレ様」と呼ばれた。よく知るこの声は……アクアリーナ様だった。
普段の険しい顔は消え、少し心配げな面持ちをするアクアリーナ様は先日のカンデラリア家の夜会の事を訊ねた。
「学院に登校してるから……大丈夫なのよね?」
「はい。3日お休みを頂いたのですっかり」
「そ、そう。……良かった」
「?」
最後の言葉はアクアリーナ様の声が小さくて聞き取れず、もう1度言ってほしいと頼んだ時に今度は別の声が掛かった。それも来ているとは思わない人物。
王太子殿下の異母妹リグレット殿下だった。確か王太子殿下が許可するまでは登校しない筈じゃ……。
リグレットの殿下の登場に私やエルミナ、アクアリーナ様まで呆然とする。「嘘……リアンに言わないと……」と1人小声で何かを呟いているアクアリーナ様を一瞥した私は、周囲に男子生徒を侍らせるリグレット殿下に朝の挨拶をした。相手は王族。礼儀だけはきちんと通さなければ。エルミナも私に倣って同じ動作をした。アクアリーナ様も渋々。
そんな私達にリグレット殿下は……青の瞳に激しい怒りを宿し私を睨んでいた。ずっと王宮にいたリグレット殿下に私が何かをする事は出来ない。あからさまな敵意を向けられ身を固くしたらアクアリーナ様が私の前に立った。
「殿下、もうよろしいですか? 行きますわよ」
「こっちはまだ何も言っていないわ! 貴女とそこの妹は何処かへ行っても構わない! でもそこの女はわたくしと来なさい!」
「仮にも王女とあろうお方が伯爵令嬢をそこの女呼ばわりなんて、育ちの悪さが目立っていますわね」
「わたくしは王女なのよ!? そんな口を利いていいと思っているの!?」
「――ごめんあそばせ。あたしも混ざて頂ける?」
アクアリーナ様のリグレット殿下に対する言葉に驚いていると登校したアウテリート様が側へ来た。隣国の公爵令嬢相手には強く出られない……と安心した私の予想を斜め上を行くのがリグレット殿下だった。
「何よ! 他国の貴族が首を突っ込まないでちょうだい!」
「言いがかりを付けられているのがあたしの友人だと知ったものですから。助けない訳にはいきませんわ」
「ふん、家に言っても無駄よ? パパは王様なんだから。大体、貴女の家は昔と比べると随分権力を削がれたと聞いたわ。力がない公爵家なんか怖くないわ!」
「……言いましたね? そのお言葉、忘れないでくださいよ?」
きっと顔が青くなっているのは私やエルミナだけじゃない筈……。周囲にいる生徒の内で同じ顔色になっている人は何人もいる。アウテリート様のご実家グランレオド家は、確かに全盛期に比べると大幅に権力を削られたものの、現当主の努力と才能によってかなりの力を回復したと聞く。また、アウテリート様は隣国の先王妃を大伯母に持つ。アウテリート様に何かあれば外交問題に発展するのは間違いない。
「何よ……私に何かするつもり?」
「いいえ? 殿下があたしに何かをするなら、こちらも相応の行動を取らせてもらおうかと」
「強がっても無駄よ。良いから、そこの女をこっちに渡しなさい。わたくしが用があるのは――」
登校する生徒の数も増えていき、段々と見世物となっていく。私だけならまだ耐えられた。けどエルミナやアクアリーナ様、アテウリート様にまで迷惑が掛かる。
リグレット殿下の周囲にいる男子生徒達の目が怖い……下から上を舐めるような厭らしい目付きにゾッとしつつ、私が行けばこの場は収まるからと自分を叱咤し足を踏み出した。時、鋭い声がリグレット殿下を呼んだ。誰かに聞いて急いで駆け付けたらしい王太子殿下が黄金の髪を乱して駆け付けた。王太子殿下の登場にリグレット殿下の顔色が真っ青に変わった。
「リグレット、何をしている。何故謹慎中のお前が登校しているんだ」
「パ、パパがいいって言うからっ」
「まず、この時点でお前の謹慎を解く要素がないと言えるな。すぐにリグレットを王宮に戻せ」
「はっ!」
一緒に駆け付けた騎士3人にリグレット殿下を頼み、周囲にいる男子生徒の顔を見渡した王太子殿下はさっさと去る様に命じた。全員の顔を覚えたと付け加えると男子生徒達は慌てて散って行った。騎士達に囲まれ王宮へ戻されるリグレット殿下は王太子殿下かリアン様の名を泣き叫びながら連れて行かれた。
「はあ……全く」
「全く、ではありません殿下。ちゃんと見張って頂かないと」
「おれの予想は毎回悪い方には的中するらしい。リグレットに甘い父上の事だから、早く謹慎を解くとは警戒していたがこうも早いとは……」
「しっかりしてください」
「解ってるよ、アウテリート嬢」
危機? が去って安堵した私は体から力が抜け、ホッと息を吐き出した。王太子殿下の青水晶の瞳が私へ向けられた。
「リグレットが済まない。ただ、もう少しだけ待っていてくれ。リグレットがこれ以上好き勝手出来ないようおれも手を回している最中だから」
「お気遣いありがとうございます」
王太子殿下がそう言うのなら待つしかない。
……けど、嫌な予感が胸から消えないのは不吉の前触れなんだろうか。
何時までも同じ場に留まっては注目の的になるだけだから、校舎に入って私はエルミナを1年生の教室に送り届けてから3年生の教室に向かった。エルミナには心配性だと言われたけど心配を消すには、無事に入ったのを見ないと消えないと話したら苦笑しながらも教室に入ってくれた。教室が目前に迫ったところでリアン様がいて。こっち、と手を引かれ使われていない教室に連れて行かれた。
教室に入るとリアン様に強く抱き締められ、さっきの出来事を王太子殿下とアクアリーナ様から聞いたと話された。
「ムルが今リグレットと国王を失脚させる為に動いている。事が片付くまで俺の側にいて。君に何かあれば……正気でいられない」
「リアン様……」
力強く抱き締めるリアン様の背に手を回し、私も強く抱き締め返した。
本心から心配しているリアン様を安心してくれるまでずっと……。




