嫉妬と嫌がらせ2
お義母様と話した後、また眠ってしまった私が目を覚ますと外はまだ暗かった。喉の渇きはまだまだ健在で、ベッドサイドテーブルに置かれている水差しを手に取り、逆さまに置かれているグラスを持って注いだ。一杯に注いだ水を一気に飲み干した。これでかなり渇きはマシになった。
静かな夜の世界、人の気配がまるで感じられない。予想では今の時刻は夜中。外の空気を吸いたくなってテラスに出た。濃紺色の空に黄金に輝くお月様が綺麗だなあ、とぼんやり見上げていると「フィオーレ……?」と吃驚した声が届いた。驚いて視線を横へ向ければ、隣のテラスには上着を脱いでシャツを着崩しているリアン様がいた。
夜の挨拶、体調の心配、色々と言う事はある筈なのにリアン様を前にすると何も言えず、俯いてしまった。夜だからあまり見えないだろうが今の私の顔はとても真っ赤だ。自分でも熱いと感じられる程、顔は真っ赤に染まっている。
……リアン様に抱かれている記憶はある。リアン様が私を抱いた記憶があるか分からない。無いなら言うつもりはないし、責めるつもりもない。あの時は仕方なかった。そして、拒まず受け入れたのは私自身。リアン様に抱かれて嫌だと思わなかった。どうせ、結婚出来ない身になるのなら好きな人に抱いてもらえて良かったんだ。
リアン様が私を抱いた事を覚えているなら、気にしないで、ワインに盛られた薬のせいだと言えばいい。
私が顔を上げた時、隣のテラスにリアン様はいなかった。部屋に戻られたのだと思ったら、後ろから誰かに抱き締められた。驚いて声が出そうになるも、抱き締められた時に舞った香りが誰の物か直ぐに分かった。
「リアン、様……」
「フィオーレ……」
一緒だ……私を抱いていたリアン様は、熱が籠った切ない声で私の名前を何度も呼んでいた。その度に私はリアン様を呼んだ。
お腹に回った腕に手を乗せた。抱き締める力が少し強くなった。
暖かい……外見からでは分かり難いけどリアン様の体は細身だけど男性らしい引き締まっていて、背に手を回した時は私の手は重ならなかった。
「……体の調子は?」
「平気です……」
「そうか……」
「あの……リアン様……リアン様は……」
聞くべき、なのだろうか。もしも、覚えていなかったら……。
「……俺は君を抱いた」
「!」
「君も覚えているんだろう?」
「……はい」
なら、私が言うべき事は1つだけ。
「リアン様……この事は秘密にして頂けませんか。責任は取って頂かなくて構いません。私は――!?」
急にお腹に回っていた腕に力を強く込められ、声を上げる前に室内に引き摺り込まれた。さっきまで寝ていた寝台に寝かされ、起き上がろうとしたのを上から覆い被さったリアン様に押さえられた。
「秘密……? 何故? 未婚の令嬢の純潔を奪ったんだ。どんな理由があるにせよ、責任を取る必要はある」
「い、良いんです、あの時は仕方のなかった事ですからっ。リアン様は気にしないで、ください」
「……誰なんだ」
「え……」
「前に言っていただろう。好きな人がいると。君の好きな人とやらは、君が生娘じゃなくても受け入れる心の広い相手なんだな」
「そ、れは……」
私の好きな人……今も昔も変わらず、私の好きな人は貴方ですリアン様……。
言えない、言えないの。『予知夢』の件、現実との違いを知る迄。……ううん、知っても私ではリアン様の側にいられない……。
好意を示してくれたリアン様に嘘を言って拒んだ私に……リアン様の側にいる資格はない。
何も言えないでいると上から溜め息が吐かれた。
リアン様に……呆れられたんだ。
自業自得だ。でもこれで……。
「ん……」
リアン様は離れていく……そう思ったのも束の間、唇に温かいものが触れた。何かと考えるより先に眼前にあるリアン様の顔に驚き、口を開けてしまった。すかさず差し込まれた舌に吃驚するが、頭を撫でられ手を握られて抱かれている時の記憶が蘇った。
初めてで痛がる私にリアン様はこうやってキスをしてくれた。手を握ったら強く握り返された。
優しくて激しいキスに溺れているとリアン様は唇を離し、呼吸を整える私を見ながら苦し気に言葉を紡いだ。
「好きな人がいると言うわりに……君は俺を拒まないな……」
「はあ、あ……」
「フィオーレ……俺を嫌いになったらいい……」
自身のシャツのボタンを乱暴に外して前をはだけ、私のドレスに手を掛けた。慣れた手付きで脱がされ、一糸纏わない姿にされても私に抵抗する意思はない。脱がされている時にもキスをされて抵抗の意思が湧かなかった。
「駄目……リアン、様……」
「言っただろう……俺を嫌いになったらいいと……。今からとことん嫌いにさせてやる」
「や……」
怖い……
体中に這うリアン様の手が、唇が、私の体を馬鹿みたいに敏感にしていく。
――嫌いにさせる、なんて言ったのにリアン様は乱暴に抱いてくれなかった。
強く握られた手から、重なる肌から伝わるリアン様の体温。上から降りかかる荒い息も肌を伝う汗も全部私に感じてくれているなら……なんて馬鹿な考えが過った。相手が誰であろうと多分関係ない。ワインに盛られた薬がまだ残っているんだ。
熱に浮かされたような、切ない声でフィオーレって呼ばれる度に胸がぎゅっと痛くなった。もしも、私の好きな人が貴方だと言ったら信じてくれますか?
長く感じられた行為が終わると衣服を整えたリアン様は部屋を出て行った。シーツを被り、未だ消えない熱を持て余しているとすぐにリアン様は部屋に戻って来た。手に桶とタオルがあった。タオルを水に浸し、絞った後私の体に当てた。ひんやりとした感触に驚くと頭を撫でられそのまま体を拭かれた。
着ていたドレスを着させられ「おやすみ」と私の頭にキスをしてリアン様は出て行かれた。
「……」
リアン様が触れた頭が熱い……さっきまでずっと抱き締め合っていた体は、今はとても冷たい。
「リアン様……」
好きな人がいると言いながらリアン様を拒まない私をどうか軽蔑して……嫌いになって……。
「リアン……様……」
1度拒んでしまえば、1度心に深い傷が出来るくらい酷く抱いてくれたら……リアン様を諦められるのに……。
「好き……です……」
――自分自身、どうしたらいいか分からなくなっていた……。
気付くと眠っていた私が目を覚ますと次は朝になっていた。眩しい光に目を細めれば扉が叩かれた。返事をして入ってもらうとカンデラリア家の侍女が公爵夫人に言われ私の朝の準備をしに来てくれた。
「あの、リアン様はまだ眠っていますか?」
「いえ。ロードクロサイト様は早朝にお帰りになられました。旦那様は止めたのですが急ぎの用があると」
「そうですか……」
「奥様に言われ、シェリア様のドレスをお持ちしました。サイズは大体同じだとは思いますが……」
「ありがとうございます」
昨日の夜会からずっとカンデラリア家に滞在している私に替えの着替えはない。ご厚意に甘え、お義母様のドレスを借りた。
まずは湯浴みをしましょうと侍女に勧められ、浴室へ案内された。ドレスを脱がしてもらい、ハッと息を呑んだ音を訝しく思った直後自分のやらかしを悟った。
私の体にはリアン様が付けた跡が沢山ある。お義母様経由で私とリアン様の間には何もないときっとなっている筈。侍女の人にどうにか秘密にしてほしいとお願いし、相当渋々に受け入れてもらい湯浴みをした。
「奥様や旦那様に言えなくても、シェリア様や伯爵様にはお伝えした方が……」
「良いんです……誰にも言うつもりはありません」
「ですが……その、何もしないとなると子供が出来てしまった場合はどうなさるつもりですか」
「伯爵家に戻ったら信頼している侍女に避妊薬を秘密裏に手配してもらいます」
……嘘だ。侍女にだって知らせる気はない。
もしも、お腹に子供が宿ってしまってもリアン様が父親とは言わない。ううん、子供が出来たと発覚する前に隣国に行かないとならない。
絶対に秘密にしてもらうよう侍女の方にお願いし、準備を整えて公爵夫妻が待つ食堂に足を運んだ。
私を見た公爵様と夫人に席に勧められ、最初の開口で謝罪された。
「済まなかったねフィオーレ。私達が君の周囲にもっと目を光らせていたらこんな事には……。フィオーレやリアン様には申し訳ないことをした」
「いえ……リアン様が助けて下さったので私はなんとも……」
「体に異常はないかい? あのワインはアルコール度数が高い方だから、飲酒経験が殆どないフィオーレやリアン様だとかなりキツかったろう」
「ちょっと体が怠いですけど、他は特に……」
「そうか。食事を終えたら二日酔いの薬を飲みなさい。フィオーレには胃に優しい食事を用意させたから、ゆっくり食べなさい」
「ありがとうございます」
お腹は然程減ってないけれど、公爵様達の気遣いに感謝して用意された食事を全て食べ終え、出された二日酔いの薬を水と共に飲み干した。苦くて吃驚した。
昼前にはエーデルシュタイン家の馬車が迎えに来る。それまではゆっくりしていなさいと言われ、眠っていた部屋に戻った。シーツは新しい物に変えられていて、寝転がったらお日様の香りがして心が落ち着く。
「リアン様……」
リアン様は……私を……どうしたいのですか……
読んでいただきありがとうございます。




