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嫉妬と嫌がらせ1

 



 ワインで熱くなった肌に重なる肌もまた熱い。


 何度も肌が触れ合い、離れることはない。


 怖くてリアン様に抱き付いたら、強い力で抱き締められた。耳元で囁かれる声。フィオーレ、と甘さが格段に増えた声色で呼ばれたら体は馬鹿みたいに反応し、正常な思考能力を失った理性で私もリアン様の名前を呼んだ。


 ……普段の私だったら、リアン様を退かして逃げただろう……


 リアン様から逃げるという考えすら浮かばない。



 ずっとこのままでいたい。

 ずっと、このまま、リアン様と……








 ――ふと、気付くと私は月光の灯りしかない薄暗ない室内にいた。さっきまで自分が何をしていたのか、と考える間もなく。

 目の前で起きている事態に頭が追い付かないでいた。


 きっと私はまた『予知夢』を視ているんだと感覚では理解していた。

 していても、これはどういう事?



『フィオーレ。そんな所にいては風邪を引く。おいで』

『や……っ、来ない、で……』



 床を這って彼から逃げようとする私を、翳りの濃い青で見下ろし優しく嗤いながら近付き。簡単に捕まえた彼は私を抱き上げ寝台に置いた。

 最後に視た『予知夢』は北の修道院へ護送されている最中、襲撃に遭って私だけが生き残り、仮面をつけた人に連れ出されたところまで。


 彼が…………リアン様が私の乗る馬車を襲撃して私を連れ去った人……?



『どう、してですか。なんで、あなたは』

『リアン。……そう呼んでと教えただろう?』

『……リアン、様は……どうして私を……』

『敬称もいらない。また初めから教え直す必要があるみたいだ』



 明らかに怯えた私を見下ろすリアン様は愉しそうで……とても寂しそう。

 震える私を抱き締めたまま横になり、良い子良い子と頭を撫でていた。



『君がいるのは此処、俺の側だけなんだ。世間では死んだことになった君に逃げ場所なんてない』

『……私の事がそれほどまでに憎いのですか』

『憎いさ。俺に執着していたくせにあっさりと捨てた君が。……俺の見える場所にいて。何度逃げたって絶対に捕まえて連れ戻してあげる』

『……』



 愛されているのか、憎まれているのか。

 どちらに天秤が傾いているか、なんて聞かなくても解せる。


 リアン様に激しい憎しみを抱かれたのは何だろう……エルミナ? エルミナに危害を加えたから、しかないか。


『予知夢』の私がエルミナの名を出すとリアン様は心底どうでもよさそうな声で無理矢理話を終わらせ、デューベイを肩まで掛けた。

 抵抗もせず、体を震わせて泣く私の背をリアン様はずっと撫で続けていた……。










 予知夢から目を覚ました私が最初に見たのは明るい室内で、寝心地の良いベッドで寝ていた。身体がとても重い、動こうとするとお腹の辺りに鈍痛が走った。どうしてだろう、とぼんやりとしたまま横を向いて思考が一気に現実に引き戻された。

 椅子に座っているものの、身体はベッドに突っ伏して寝ているリアン様がいた。私はリアン様を見て何があったかを思い出し、瞬時に顔を赤くした。

 あれは夢なんかじゃない、熱くなっていた体は元の体温に戻っている。代わりとばかりに、何かあったのだと現実を教える鈍痛と気怠さが残っていた。

 私のドレスは大方元に戻されており、髪も一つに纏められている。最初と全く同じとはいかなくても会場からは直ぐに出たので覚えている人はいないだろう。



「リアン……様……」



 ぽつりとリアン様の名を紡いだ。

 リアン様も衣服の乱れは見られない。髪は少し乱れていたから、手でそっと直した。


 無理矢理勧められて飲んだワインには薬が盛られていたんだろう。でないと身体に起きた異様な熱さとワインの不可解な不味さが繋がらない。


 彼は……リアン様は……私を抱いた事を覚えているだろうか。

 何度も名前を呼んで、手を繋いで、抱き締めて、キスをして、お互いの体温を感じた。

 誰かの体温が熱すぎるくらい温かいとは知らなかった。

 相手がリアン様だから更に温かいと感じただけかもしれない。

 それでもいい。リアン様との行為を薬を盛ったワインを飲んだ故に起きた間違いだ。

 これを理由にリアン様が責任を取ろうとする前に、私から責任を感じる事はないと言ってしまおう。

 リアン様は優しい人だから未婚の令嬢の純潔を奪った事実を受け入れ、私を婚約者にする。ロードクロサイト家から婚約の話が来ていても、隣国に行くと決めている私は辞退するつもりだ。


 私が今まで見た『予知夢』の内容と現実が異なり、また『予知夢』まで私が思っていたのと違う結末を迎えようとしている。何か理由があるんだ。今度オーリー様に会って相談をしよう。きっと力になってくれる。


 私はリアン様が起きないのを良い事に誰かが来るか、彼が目を覚ますまで癖のある黒髪を撫でた。


 そうしていると部屋の扉を叩かれ返事をした。部屋に入ったのはお義母様だった。



「フィ……フィオーレ、大丈夫? お兄様やお義姉様から事情は聞いたわ」



 私を見ると大きな声を出し掛けたお義母様だが、側で寝ているリアン様を見ると慌てて声量を落とした。

 声を発しようとしたらかなり喉が渇いていたらしくまともな声が出なかった。お義母様がすぐに水の手配をしてくださり、水を注がれたグラスを受け取り一気に飲み干した。砂漠の大地に齎された恵みの雨というのもこんなものなんだろう。口内が潤い、いつもの声を出せた。



「ご心配をお掛けしましたお義母様。時間はどれくらい経っていますか?」

「親族会が始まって3時間以上は経っているわ。屋敷に着いたら、待ち構えていたお兄様とお義姉様から話を聞いて吃驚したわ。ロドニー侯爵令嬢の件は片付けたわ。侯爵が領民と開発中のワインを勝手に持ち出した挙句、薬を盛ってリアン様に飲ませた令嬢の仕出かしを重く受け止めて、彼女は卒業を待たず後妻として嫁がせて2度と貴女の前に姿を現わさないわ」

「本当ですか?」

「ええ。一緒にいた男爵令息は、恩人のアルカンタル伯爵の孫である貴女に薬入りのワインと知りながら飲ませようとしたからと男爵家からの追放を決定したの。男爵の知り合いがいるという国に送られるから、こっちもフィオーレの前に2度と現れないわ」

「ありがとうございます」



 1度の過ちが取り返しのつかない事態へと発展するのはままある。



「顔がまだ赤いわね……どう? 体に変な感じはしない?」

「……とても怠いのと少し眠いくらいです」

「そう。眠ったお陰で効き目が薄れたのね」



 お義母様は私の頬を両手で包み、心配げな眼差しを向ける。頬から手を離すと頭を撫でられた。



「ところで……リアン様とは何もなかった?」

「いえ……部屋に入ると私をベッドに寝かせてくださいました。リアン様も相当辛そうでしたのに……」

「そう……」



 私達の衣服や髪に乱れがないのでお義母様は私の言葉を信じてくれた。


 ……本当は身体の繋がりを持ってしまったと言ったら、はしたない娘だと叱るだろう。


 約1時間前にもお義母様は様子を見に部屋へ来ていたらしく、その時はお父様とエルミナもいたとか。私達が今と同じく眠っていたので時間が経ったらまた様子を見に来るとした。


 お父様はカンデラリア公爵夫妻とロドニー侯爵と話し合っている最中。エルミナは同年代の令嬢達といる。



「今日はカンデラリア家に泊まりなさい。リアン様にもそうしてもらって。ロードクロサイト家にはお兄様から連絡を入れてもらうわ」

「リアン様が起きてからお訊ねします」

「ううん。2人とも薬を盛られたワインを飲んだのなら、今夜は安静にしましょう」

「分かりました」



 心配するお義母様の提案をこれ以上は跳ねられない。突っ伏した状態でずっと寝ていては身体に悪いということで男性の使用人を2名を呼び、寝ているリアン様は隣室に運ばれた。





読んでいただきありがとうございます。


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