好きには見えない〜アウテリート視点〜
逃げるように食堂を出て行ったフィオーレの小さな背中を見届け、不機嫌さを露わにしマグカップに口を付けたリアン様が若干気の毒。フィオーレに待ってて、と言われ嬉しそうにスイーツを食べて待つエルミナ様はリアン様の態度に気付かない。うん、そのままスイーツに夢中になってて。フィオーレが戻るまで。
今日は王太子殿下に泣き付かれ、生徒会の仕事を手伝っていた。おじ様が特別講師として学院に招かれ、放課後フィオーレとお茶をするのを知っていた。リアン様が殿下と自分の飲み物を食堂まで買いに行ったのを見るとすぐに後を追った。
こっそりと、王太子殿下というオマケ付きで。
曰く、食堂にフィオーレがいるなら面白そうだから。
あたし達が着くと丁度おじ様も紅茶のお代わりを貰おうとカウンターにいた。リアン様には気付かれたくないがおじ様には気付かれたい。おじ様のいる場所より遠い出入り口付近で手を振ったら気付いてくれた。リアン様と一言二言言葉を交わすと外に出て、こっちに来てくれた。
「覗き見なんて趣味が悪いよ、アウテリートちゃん。おや、殿下もいたの」
「人聞きが悪いですわおじ様。フィオーレとリアン様の面白いところが見られたらと」
「それを趣味が悪いと言うのだよ」
「大叔父様に悪趣味と言われるおじ様よりマシですわ」
「ああ……ほんと血の繋がりを感じるよオズウェル君と。何度か、手紙で1度くらいは顔を出せと書かれるけど、もう少しゆっくりしたいよねー」
十分ゆっくりしていると思うのはあたしの勘違いかしら……。
あたし達の出入り口だとフィオーレとリアン様の座る席から遠いので会話が聞き取れない。ティーカップの縁に口をつけ、所在なさげにするフィオーレ。
……リアン様を直視しなさい。熱の籠った瞳であなたを見つめているわ。
エーデルシュタイン伯爵家にだけ受け継がれる『予知夢』の能力。国の存亡に関わる重大な予知を視ることもあるとされる、この国で最も貴重とされる能力。フィオーレが『予知夢』を視ると知るのは、前伯爵夫人とあたしとおじ様だけとなる。
……が、どうもおじ様は前から知ってそうな気がする。
『予知夢』の話をされた日、馬車に乗り込む前のあたしにこんな質問をした。
『アウテリートちゃんは赤ちゃんの時の記憶ってある?』
『ありませんわ。殆どの人がないのでは?』
『そうだよね。やっぱりないよね』
おじ様が意味もなく唐突な疑問を投げつけるのは、必ず重要な理由が存在する。フィオーレの『予知夢』と赤ん坊の頃が何か繋がりがあるのかしら。そう思い、屋敷に戻ったあたしは早速隣国の教会で助祭を務める大叔父様に手紙を出した。
詳細は伏せたけれど、ちゃんと事情は伝わっていると信じる。何より、オーリーおじ様の名前もちゃんと書いたから、最悪隣国まで飛んでくる可能性があるがその時はその時。
思考を現実に戻し、これからどうなるのかを見守っていると不意に殿下が零した。
「リアンは昔からフィオーレ嬢しか見ないな」と。
聞き逃さなかったあたしが問うと視線を2人から離さず教えてくれた。
「多分子供の頃からだ……おれとリアンは幼馴染だから、大体いつも一緒にいたんだが……お茶会やパーティーなんかでフィオーレ嬢がいると絶対にフィオーレ嬢ばかり見てた。おれと話してる間はおれを見ていても、会話が終わるとすぐにフィオーレ嬢を探してた」
「でも、リアン様はフィオーレの妹であるエルミナ様がお好きのようですけど」
「え?」
あくまでフィオーレの視る『予知夢』の中では2人は両想いでフィオーレは結ばれている2人を邪魔する悪女となるのだとか。他人が傷付くのを嫌がるあの子が、異母妹とはいえ身内を傷つけるとは思えない。
信じられないとあたしとリアン様を交互に見やる殿下に事実か確認出来る人物が向こうから現れた。
フィオーレの異母妹エルミナ様。伯爵夫人譲りのプラチナブロンド、伯爵譲りの翡翠色の瞳を持つ、笑うと周囲に小花が咲き誇る明るい美少女。
対してフィオーレはというと……見てて放っておけない。青みががかった銀髪は冬の青空のように澄み切り、大きな瞳の色は隣国の公爵家と同じ紫紺色。更に華奢な体の魅力を違う意味で引き立たせる豊満な膨らみが下心満載の目を集中させる。1年生の頃から何度威嚇してやったか。
フィオーレは自分には魅力がないと思い込んでいるせいで全く自分の魅力に気付いていない。
リアン様もそれを感じているのだろう……。ただ、先日の昼食でリアン様がフィオーレに気があると気付けたあたしが何を言っても仕方ないだろう。
「あ」と殿下が発され、意識を前に戻すとフィオーレが逃げるように食堂を出て行った。
「もう……!」
「まあまあ落ち着いて。これで2人を観察出来るかもよ」
おじ様が言うことにも一理ある。
仕方なく、2人を観察。
リアン様は(殿下曰く)コーヒーを、エルミナ様はスイーツを堪能。
会話がない。
「本当にリアンがエルミナ嬢を好いているとは思えないな。興味がない顔をしているが」
「まだわかりませんわよ」
「ううん……ただなあ……」
「どうされましたの」
「リアンが好いているのがフィオーレ嬢かエルミナ嬢かは置いてといて、リアンを好いているので厄介なのがいるんだ」
「誰ですか」
「リグレット」
ああ……厄介極まりない……。
「リグレットは昔からリアンの後ろを引っ付いては嫌がられてはいるんだが……照れ隠しと思っているらしいんだ」
「前向きな方ですわね」
リアン様が誰を好きかでも、リアン様を誰が好きかでまた状況は変わる。婚約者がいないのも彼の人気を後押ししているのだが、筆頭がリグレット殿下とは……。
王太子殿下とリグレット殿下は異母兄妹。正妃の子である王太子殿下、愛人の子であるリグレット殿下。
身分の低い男爵令嬢を母に持つが、母親は陛下の若い頃からの愛人で大のお気に入り。且つ、母親にそっくりなリグレット殿下は陛下の寵愛が深い。王太子殿下といえど、あまり彼女を無碍にはできない。
この国の国王夫妻の仲は故に冷え切っている。表では仲睦まじく振る舞っても、王宮内では部屋を分けている。食事すら一緒にしないのだとか。
唯一の救いが王子が王太子殿下だけ、他の子供がリグレット殿下だけということ。
「これは内密だが……父上が何度もリグレットとリアンの婚約をロードクロサイト公爵に打診しているが……ずっと首を振られている」
「ひょっとして……」
あたしの思考を読んだのか、でも、と難しい顔をされる。
「そうだとしても、今のところフィオーレ嬢がエーデルシュタイン伯爵家を継ぐのだろう? 考え難いな」
確かに跡取り同士の婚約など聞いたことがない。今度、フィオーレにその辺はどう考えているのか聞かないと。
「とりあえず、リアンがフィオーレ嬢かエルミナ嬢、どちらを好きでもリアンが誰かを好きだという噂は流さない方がいい。リグレットは父上の寵愛深いのをいいことに昔から好き勝手している。おれが分かれば即注意をするんだが……直らなくて」
「以前、食堂で他生徒に無理矢理席を譲らせたのを陛下に報告すると言ってましたよね」
「建前上は。城に戻って一応報告してもあまり意味がない。母親の男爵令嬢にも従者を使って知らせたが……まあお察しだよ。反省文は書かせたよ。書かなかったら、今後一切おれに関わるなと言ったから」
「リグレット殿下は王太子殿下に嫌われるのは嫌なようですね」
「おれに嫌われるとリアンとの接点がなくなるからだろう。生徒会に入ってもリアンは主におれの手伝いだから距離を遠くしてる」
「大変ですわね……」
夫婦仲の良さと兄弟仲の良さは隣国の方が何倍も上か。
時にフィオーレの戻りが遅い。まさかあの子、このまま戻らないつもり?
と疑いかけた時、沈んだ相貌で向こうから歩いて来るフィオーレが。随分と暗い顔をしてるのはどうして?
食堂に近付くと首を振り、気持ちを入れ替えリアン様とエルミナ様の席へ行ってしまった。
「うん……リアンは分かりやすいな」
「付き合いの長い殿下にしか分かりませんわ」
「そうか? フィオーレ嬢が入った瞬間、表情が柔らかくなったぞ」
「変わったようには見えませんが」
変わったのはエルミナ様な気がする。フィオーレの姿を見た途端、花が咲いたような笑みを浮かべた。主人の帰りを知って喜び尻尾を振る子犬みたい。
「おじ様もそろそろ行かれては?」
「そうだね。なら、2人も生徒会に戻った方がいいよ」
「そうしましょうか、殿下」
「名残惜しいがそうしよう」
ずっと此処で見ていたくせに、先程生徒会から戻った風を装い食堂へ行ったおじ様の演技力に舌を巻きつつ、あたしと殿下は小走りで生徒会に戻った。
中に入るとリグレット殿下が周囲に当たり散らしている場面に遭遇。王太子殿下がいない間に好き勝手してしまったみたいだ。彼が戻った途端「あ……」と漏らし、顔を蒼白にした。
「……はあ……」
呆れか、それとも怒りからか。短い溜め息を殿下はリグレット殿下には目もくれず、周囲に指示を出して行った。
慌てた彼女が殿下に話し掛けるも――――
「リグレット。明日からは来なくていい。邪魔をする者は此処にはいらない」
「っ!」
突き出された宣告に更に顔を青くする。瞳に涙をたっぷりと溜め、走り去って行ったリグレット殿下を数人が追おうとするが「放っておけ」という王太子殿下の一言で足が止まった。
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