9.「壺は?」「買わない……」
サポートキャラクターのイベントはサブイベント扱いなので、ルーカスのイベントほどの濃度はない。
だがこのシステム、いざ同じ世界線に立ってみるとどうなんだろう、と思う。ルーカス攻略中に他の男といちゃつくわけだ。いいのか、そんなことで。
しかもそのイベント、言っては悪いがちょっと無理矢理主人公を巻き込んでいる。
メインストーリーを読んだだけでは大して親しくしているとも思えないやつらの喧嘩に巻き込まれたり、お茶会に招待されたり、昼寝や実験に付き合わされたりする。
女性向けゲームで、他の連中も攻略キャラクターとして主人公と恋愛するパターンがある、という前提に立っていれば受け入れられるだろうが、そうでなければ「何でやねん」の一言だ。
現状のアカリちゃんは頼まれるとNOとは言えない都合のいい子ではあるが、俺とジャン以外の男子生徒とは特別に仲が良いというわけではない。
むしろ庶民の子として遠巻きにヒソヒソ言われている。
だがゲームの仕様上、サブイベントを起こさなくてはならないのだからそうも言っていられない。
シエルが俺の隙をついてアカリちゃんに接触してきたのはそういうことだろう。
寮から持ってきたお弁当を頬張るアカリちゃんに、俺は試しに聞いてみた。
「ねぇ、アカリちゃんさぁ、仮にね、もし、仮によ? 待ち合わせしてて、男が3時間くらい遅れてきたとするじゃん? しかも、雨とか降ってきちゃうわけ。どーする?」
「え?」
アカリちゃんはぱちくりと目を瞬いて、そして「うーん」と唸ったあと、困ったような表情で答えた。
「3時間も遅れるなんて、何かあったのかもしれないよね……心配だな」
「うんうん、そうだね、心配だね。でもさぁ、そんなに遅れるのに連絡も何もないのってちょっと非常識じゃない?」
「でも……もしかしたら、連絡もできないような大変なことが起きてるのかもしれないし」
うーん。優しい。
確かに優しいよ。でもさぁ。
「相手はどうあれさ、アカリちゃんは雨の中連絡もなく、それこそ不安な気持ちで何時間も待たされるわけじゃない? そのときのアカリちゃん自身の不快な気持ちを勘定に入れたら、怒っていいと思うんだけどな」
「そう……かなぁ」
「無駄っすよ、ルーカス。アカリは底抜けのお人よしっすから」
「ジャンまで、もー……」
拗ねたような表情で頬を膨らませるアカリちゃん。
ジャンはその様子を見てけらけらと笑っている。
うーん。やっぱりお似合いだと思うんだ。
だからこそ、俺はやっぱり、アカリちゃんには我儘になってほしい。
「いいやジャン、俺は諦めない。諦めたらそこで試合終了だからね。脱お人よしだ、アカリちゃん!」
「え、ええー?」
「初めて意見が合ったっすね。オレも、アカリはもうちょっと人を疑ったほうがいいと思うっす」
俺からするとお前も相当だけどな、ジャン。
それから昼休み中、わたわたするアカリちゃんに「もうちょっと警戒心を持たないとガチで危険が危ない」という話をこんこんと言い聞かせた。
もちろんシエルをアカリちゃんに近づけるつもりはない。
あんなヒモ適正が高い男をアカリちゃんに近づけたところでいいことは何もないのが分かり切っている。
ヒモとお人よしは最悪の組み合わせだ。百害あって一利なし。
だがすでに、俺とジャンのいない隙をつかれたというのが現状だ。次に気づいたときにはパシられた後ということも考えられる。
アカリちゃん自身が対処できるようにしておかないと、どんどんずるずると都合のいいやつになっていってしまう。
今日の学習の成果確認として、昼休みの終わりにアカリちゃんに聞いた。
「知らない人には?」
「つ、ついていかない」
「3時間待たされたら?」
「怒って帰る……」
「壺は?」
「買わない……」
「そう! よし! 行っておいで!」
アカリちゃんの背中を叩く。アカリちゃんは「壺って、何……?」と首を捻っていた。
※「危険が危ない」はわざとです。