45.貴族の人たちって、遠い。(アカリ視点)
引き続きアカリちゃん視点です。
「ジャン、それ……私にも出来る?」
「え?」
ジャンがぱちくりと目を瞬かせた。
「普通は一度互いの魔力を通わせて、通信のチャンネルを覚えてからじゃないと繋がらないんすよ。そりゃ、アカリならかなり離れたところにいる相手にも届くと思うっすけど」
「やり方、教えて」
言い出して聞かない私に、ジャンが折れた。
だって、いても立ってもいられなかったから。
ルーカスが困っているかもしれないのに……何も出来ないなんて、嫌だから。
ジャンから魔法石を借りる。
この魔法石を使って王子様と通信したことがあるので、繋がりやすくなるかもしれない、という話だった。
魔法石に魔力を送り込んで、ヘンリー様に呼びかける。
「ヘンリー様! 聞こえますか! アカリです! あの、ルーカスがいなくなって……!」
「ぐああああ、アカリ、ちょっとストップ、ストップ!」
ジャンが頭を抱えてうずくまった。
慌てて、魔力を込めるのをやめる。
「アカリの最大出力で喋るとそんなことになるんすね……鼓膜が破れるかと思ったっす」
「ご、ごめんね。たくさん魔力を込めたほうが良いのかと思って」
やっぱりオレがやればよかった、とジャンが零した。
そんな繊細な操作が必要だったんだ。魔力だけ魔法石に込めてジャンに渡せばよかったと、今更気がついた。
「ちゃんとヘンリー様に聞こえたかな」
「ヘンリー殿下どころか、王都一帯の風属性の魔法使いが全員飛び上がったと思うっす」
「全員?」
「開いてなかった通信チャンネルが全部こじ開けられた感じがしたっすから。適性ある人間には全員聞こえたと思うっすよ」
それはすごく申し訳ないことをしてしまったかもしれない。
まだ寝ている人がいたら、どうしよう。もう一度通信を繋いで謝ったほうがいいかな。
「誰かと思ったら、アカリ嬢か。すごいね。鼓膜がなくなってしまうかと思った」
耳元でヘンリー様の声がする。
耳元というより、頭の中で直接声が響いているようだった。
これが通信の魔法なんだと思うけど、ここにいない人の声がするというのは、何だか不思議な感じがする。
「そこにジャンもいるんだろう? 君たちから通信があると言うことは、よっぽどの事態ということかな」
「そ、それが、ルーカスがいなくなって、」
「分かった、傍受の危険もあるし、とりあえずそっちに行くよ。場所は学校でよかった?」
「え、あの」
「気にしなくていいよ。城からだから、すぐに着く。ふふ。僕が遠くにいると思ったのかもしれないけど……君じゃなくてジャンからでも、届いたと思うよ」
程なくして、ヘンリー様が校門に現れた。
馬に乗って、風魔法で加速をしながら駆けつけてくれたらしい。
乗っているのは白い馬だし、着ている服も学校の制服とは比べ物にならないくらい豪華なものだ。
「あれ。ぽかんとして、どうしたの?」
「本当に王子様だったんだ、と思って……」
「嘘だったらよかったんだけどねぇ」
ヘンリー様が困ったように笑う。
ひらりと馬を下りる姿を見て、ぽつりと零してしまった。
「ルーカスが見たら、喜びそう」
「そうなの?」
「王子様と言えば白馬でしょって、いつも言ってて」
「別に全員白馬に乗ってるわけじゃないと思うけど……」
そうなのかな? 貴族のルーカスが言うんだから、そういうものなのかと思っていた。
あと、何だっけ? かぼちゃパンツ?
「アカリ、ルーカスの言うこと真に受けちゃだめっすよ」
「そのルーカスが、いなくなったって?」
ヘンリー様の問いかけに、私はぎこちなく頷いた。
手に持った革靴を見せる。
「これが、校門に落ちてて」
「穴が開いてるね」
「ルーカスが飛ぶとき、こうなるんです」
「飛……?」
不思議そうに首を傾げるヘンリー様。確かに、ルーカスの飛び方はちょっと変わっているかもしれない。
他にあんな風に飛ぶ人は、学園の中では見たことがなかった。
ユーゴが呆れたように口を挟む。
「そんなに心配するようなことかぁ?」
「案外ケロッと帰ってくるかもしれませんよ?」
「あー、憎まれっ子世にはばかるって言うっすもんねぇ」
スタークはともかく、ジャンまで一緒になってうんうん頷いている。
「ひ、ひどい! 皆心配じゃないの!?」
「そんなに……」
「もー!!」
ぷんすかと肩を怒らせる。
まったくもう。ジャンってば、ルーカスの扱いが雑なんだから。
仲が良いのは分かるけど、もうちょっとやさしくしてあげればいいのに。
私が怒っていると、門の前に大きな馬車が止まった。
扉が開いたかと思うと、豪華なドレス姿の女の子が飛び出してくる。
「ジャンさん、アカリさん!」
「ソフィア様?」
ジャンが目を丸くして、女の子の名前を呼んだ。
「何でここに」
「屋敷の通信係から、ルーカス様が行方不明と聞いて……」
「いやぁ、そんな騒ぐようなことじゃないと思うんすけど」
ジャンとソフィアが話している様子を眺める。
ドレス姿のソフィアは、学校の制服とずいぶん印象が違うので、一瞬誰だか分からなかった。
大人っぽくて、綺麗で、……お姫様みたい。貴族の女の子って、こういう感じなんだ。
自分の私服に目を落とす。いちばんのお気に入りを着てきたけれど、豪華なドレスとは比べるべくもない。
やっぱり貴族の人たちって、遠い。普段学園で一緒にいるから、錯覚しているだけで……住んでる世界が違うんだ。
そう思ったけれど、どうしてだろう。
ルーカスだったら「気にしないよ」って、言ってくれるような。
調子よく「その服可愛いね!」なんて、褒めてくれるような。
そんな気がした。




