43.ごめんね、アカリちゃん。
俺がショックを受けているのを見て、男たちはにやにやと笑っている。
いや、たぶんこの人たちの思ってるような理由でショック受けてるわけじゃないんだけど、俺は。
「ダメだぜ。侯爵家のお坊ちゃんが、護衛もつけずにフラフラしてちゃ」
「高慢でいけすかないって聞いてたが、魔法がなきゃただのガキだな」
高慢でいけすかないのはおそらくデフォルトルーカスのことだろう。
俺はいけすかないかもしれないけど、別に高慢じゃないからな。
俺のことをそんなふうに言うってことは、アカリちゃん目当てなだけでなくデフォルトルーカスにも少なからず恨みがある人間がこいつらに誘拐を依頼したんだろう。
でなきゃ、アカリちゃん本人を攫うのは無理にしろ、他の手を使ったはずだ。
ほら、やっぱりデフォルトルーカスのせいじゃないか、と思う。
人付き合いは大事だって、だから言ったろ。
三々五々、貴族やら雇い主やら何やらへの不平不満を口にしている男たちを見回し、俺はにやりと笑った。
「ふっ……残念だったな、誘拐犯諸君!」
わざと芝居がかった調子で声を上げる。何だ何だと男たちの視線が集まった。
「アカリちゃんは来ない」
皆の興味を引いて、俺は散々勿体つけてから、高らかに宣言する。
「何故ならアカリちゃんは、待ち合わせに現れない俺を、雨の中3時間も待っちゃう女の子なんだぜ!」
「何で自慢げなんだよ」
呆れた顔をされた。その顔をされるのには慣れっこである。
そう、アカリちゃんはもともと「都合のいい子」だ。
確かに最近我儘を言えるようにはなってきたけど……生まれ持った性質そのものが変わったわけじゃない。
だってアカリちゃんはこの「まほセカ」のヒロインだ。
ゲームのプレイヤーが自分を投影するための存在だ。
流されやすくてお人よしで、ゲームの進行に都合のいい存在でなければならない。
プレイヤーが感情移入しやすくするために、チートと「普通の女の子」以外の特徴を削ぎ落とした存在でなければならない。
自分の意見を持っていない方が都合のいい存在だ。
何かトラブルが起きても、おろおろして誰かの助けを待っている、都合のいい存在だ。
だからアカリちゃんはきっと……今も俺のことを心配しながら、待っている。
「俺誘拐しても意味ないって。徒労だって。やめようよ、ほんと」
「おい、ちょっと大人しくさせとけ」
リーダー格っぽいイカツめの男の言葉に、別の男が「へい」と返事をする。
顔面を思いっきりぶん殴られた。
椅子に縛られていなかったら吹っ飛んでいたかもしれない。
痛い。めちゃくちゃ痛い。ていうか熱い。口の中が切れたのか、血の味がする。
いきなり殴るとかひどい。しかも顔。親父にも殴られたことないのに。
姉ちゃんには殴られたことあるけど。
「ねぇマジでやめて、痛いから。殴る前に口で言って。そしたら大人しくするからさぁ」
「減らない口だな」
今度はみぞおちの辺りを蹴りつけられた。
息が詰まる。血の混じった唾液ががふっと零れた。
痛い、苦しい。ああもう、何で俺がこんな目に。
それもこれも、デフォルトルーカスのコミュ力がマイナスのせいだ。
「おい、どっからか風魔法使えるやつ攫って来い。こいつの悲鳴聞かせりゃ女も言うこと聞くだろ」
これから悲鳴上げるようなことされるの、俺。
嫌だよ、超嫌だよ。
ヘアピンで留めていた前髪を掴まれる。
痛い痛い、怖い、もう嫌だ、帰りたい。
ルーカスはどうだか知らないが、俺は小心者だ。
喧嘩とかほとんどしたことないし、こんなゴリゴリのおっさんたちに殴られたことだってない。
悲鳴より先に気絶するかもしれないなぁと、どこか他人事みたいに思った。
それならそれで、いいか。アカリちゃんが呼び出されずに済むなら、それで。
ごめんね、アカリちゃん。結局3時間どころじゃなく待たせることになっちゃうかもしれないけど……ちゃんと、怒って帰ってね。
そう諦めて瞼を下ろした、その瞬間。
轟音が廃屋に響き渡った。




