42.お前、それは、逆だろ、せめて
水の滴るような音がして、ふっと目を開ける。
身体のあちこちが痛い。あの高さから落ちたんだから、当然かもしれない。
何度か瞬きをしていると、やっと頭が働いてきた。
そうだ。妙な男たちに絡まれて、ジェット噴射で逃げそこなって、落っこちて……
「お目覚めか」
声がして、顔を上げる。意識を失う前に俺を捕まえようとしていた男たちがそこにいた。
もちろん俺の背中に無賃乗車したやつもいる。
水音は俺の髪から水滴が落ちている音だった。
たぶんあの男は水魔法が使えるんだろう。
どうやったか知らないが、例えば大きな水のボールでも作り出して、そこに飛び込むように落下させたりとか、何らかの方法で衝撃を緩和したのだ。
何のクッションもなかったらたぶん、この程度の怪我では済んでいない。
俺がいるのは、いわゆる廃屋といった感じの場所だった。
戦隊ヒーローとか仮面ライダーとかで出てきそうな感じの、絵に描いたような廃屋。
椅子に縛りつけられているようで、身体を動かそうとしても椅子をがたごとやるのが精一杯だ。
首にはさっきのネックレスがかけられたままだ。
手足からジェット噴射を試みても、ライターレベルの火すら出せない。
くそ、ジェット噴射さえ出来れば、何か巨大メカからの緊急脱出みたいにびよーんと椅子ごと飛んで逃げられたのに。
気をつけで飛ぶのとどっこいどっこいでだいぶ絵面がマヌケだけど。
「えーと。ここはどこ? 俺はルーカス。好きな食べ物は冷奴」
「逃げようったって無駄だぜ。その魔防石がある限り、お得意の魔法は使えない」
場を和ませようとしたが、あっさりばっさりスルーされた。
このペンダントについている石、魔防石というらしい。
読んで字のごとく、魔法の力を防ぐのだろう。それでジェット噴射が途中で使えなくなったのだ。
スーパー○ンで言うところのクリプトナ○トみたいなものか。
そんな便利アイテムあるのかよ。ゲームでは見たことないぞ。
今後のイベントとかで実装されるやつじゃないのか。
予期せぬところで早バレを踏んだ気がするけど、これは俺悪くないよね?
俺、このゲームにそんなに興味ないし。
現状、俺は魔法を封じられた状態で誘拐・監禁されているらしい。
こいつらが何の目的で俺を誘拐したのか知らないけど、俺はもう侯爵家の跡取りをクビになっている。
誘拐したところでたいした利益になるとは思えない。
今なら内緒にしておいてあげるから解放してほしい。
それで俺をアカリちゃんのところに行かせてほしい。
今、何時だろうか。
遅刻かな、これは。
「俺のこと誘拐して何になるんだよ。普通誘拐するなら可愛い女の子だろ?」
「決まってるだろ、お前をエサにしてあのアカリって女を誘き寄せるんだよ」
「はぁ!?」
交渉のために目的を聞き出そうとしてみれば、予想外の答えが返ってきた。
アカリちゃんを? 誘き寄せる?
俺をエサに?
「お前、それは、逆だろ、せめて!」
思わずツッコんでしまった。
いやほんとに、絵面から考えても逆だろ。
このご時勢そういう固定概念はよくないかもしれないけど、助けに来る側のモチベーションというものを考えてほしい。
捕まってるのがアカリちゃんだったら「頑張って助けよう!」ってなるかもしれないけど、俺だと「ルーカスかぁ……ま、一応行っとくか」くらいのモチベになるじゃん。
みんな。絶対。
「そもそも何でアカリちゃんを? 可愛いから?」
「最近継承権を取り戻したらしい公爵家のご落胤だけでなく、次期侯爵のお前や第4王子とも親しい人間だ。疎ましく思うやつも、手中に入れたいと思うやつもごまんといる」
「それ抜きでも、全属性の魔法が使えるなんて貴重だからな。他国に売っても高値がつく」
アカリちゃんが珍獣扱いされている。言い方が完全に象牙とかに対するそれだ。
そういうの規制する法令とかないのかな? ワシントン条約的な。
ていうかアカリちゃんは人間だから普通に人身売買である。
古めかしい世界観だけど、一応人身売買は禁止されていたはず。……表向きは。
あと公爵家のご落胤ことジャンが継承権取り戻したとかいう話、俺知らないんですけど?
何で皆そういう大事なこと俺に内緒にするの? 泣くよ? 俺。そろそろ。




