37.え。その話、俺知らない。
アカリちゃんの目の前に、サンドイッチを突き出す。
クリームとオレンジが挟まったフルーツサンドだ。
「ほら、これ甘いやつだよ、おいしいよ」
「いらない」
「十分細いって」
「最近王子様のところでたくさんお茶菓子食べちゃってるもん」
ぷいと顔を背けたアカリちゃんの言葉に、目を見開く。
え。その話、俺知らない。
てっきりお茶会は1度きりだと思っていたんだけど。
ジャンも最近付き合い悪いし。何? 2人とも反抗期なの?
「そ、うなんだー。お菓子はついつい食べちゃうよね」
いけない。これ以上話すと追及してしまいそうだ。セクハラ、ダメ、ゼッタイ。
会話の軌道修正を計る。
「あ、お菓子と言えば、前アカリちゃんが持ってきてくれたお菓子、あれ美味しかったよね」
「あれ、失敗して焦がしちゃったのに。ルーカスはおいしいおいしいって食べてたよね」
くすくすと笑うアカリちゃん。
そういえば、あの時モリモリ食べてたの俺だけだったかもしれない。
もしかして、また味音痴発揮してた? 知らぬ間に? 言ってよ、誰か。
「アカリちゃん、時々うっかりさんだよね」
「もう失敗しないよ。この前、王子様だって美味しいって食べてくれたんだから」
ちょっと待って? いつの間にか王子様に手作りお菓子の差し入れしてるんだけど?
何でそんな仲良くなってるの? 俺それ知らないんだけど?? ジャンは知ってるの??
ジャン、やばいよ。お前がぼんやりしている間に事が動き始めてるよ。
ていうかあの王子様、サポートカードのイベントではそんなに距離を詰めて来た覚えがない。
いったい何が狙いなんだろう。
アカリちゃん、大丈夫かな。監視カメラ内蔵のクマのぬいぐるみとかもらっちゃってないかな。
寮の部屋のベッドの下とか確認するよう忠告した方が良いのかな。
いやでもそれで確認して本当に王子様が潜んでたらめちゃくちゃ怖くない?
確実にトラウマになるし、何なら口封じされる可能性もあるよね?
見ない方が幸せかもしれないよね?
「? ルーカス?」
詮索しようかどうしようか悩んでいると、アカリちゃんが不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
咄嗟に、口から言葉が飛び出た。
「だ、大丈夫かなって。無理に付き合わされたり、してない?」
「ううん、大丈夫だよ。楽しくお話してるだけだから」
「そっ……かぁ! ならいいんだ! うん!」
アカリちゃんが朗らかに笑って返事をしてくれる。それにつられて、俺も笑顔を作った。
いけない、いけない。過干渉はよくない。
最近のアカリちゃんなら大丈夫だ。
嫌なことはちゃんと、嫌だと言えるようになってきた。
俺やジャンがずっと守っていられるわけでも、常に手出し口出し出来るわけでもない。
アカリちゃんを信じて送り出すべきときがきたのだ。
たとえ俺が、寂しくても。
まるで家の軒先に巣を作っていた燕の雛が巣立っていって、空っぽになった巣を見たときのような気持ちになった。
娘を嫁にやるときのお父さんって、こんな気持ちなのかな。産んだことないけど。
見守るって、難しい。
こんなに胸がざわざわして、落ち着かない気持ちになるくらいなら……引き留めてしまった方が楽なのに。
干渉してしまった方が、楽なのに。
そう思う俺は、お父さんに向いてないんだろうな、と思った。




