34.ゲームバランスがおかしなことになっている
寮の食堂で夕食を食べ終えのんびりしていたところ、ジャンがふと思い出したように、内ポケットから封筒を取り出した。
何だろう、とぼんやり眺める。何やら大仰な封蝋がしてある。
「そういえばこれ、アカリに」
「なぁに、これ」
「ヘンリー殿下の『お茶会の招待状』っす」
何でもないことのように言うジャンに、俺は目を剥いた。
差し出された封筒を、アカリちゃんが今にも受け取ろうとしている。
「どうも話してみたい相手を呼びつけて、お茶会してるらしいんすよ。ま、お貴族様の道楽っすね。オレもこの前呼ばれて、次はアカリにって」
「ちぇすとぉ!」
アカリちゃんが受け取る一瞬前に、ジャンの手から招待状をひったくった。
「ジャン! 馬鹿お前、何で渡しちゃうかな!」
「え?」
小声で怒鳴るという今以外いつ役に立つか分からない謎技術を披露する俺に、ジャンはきょとんとした顔で首を傾げた。
お前馬鹿、そういうとこだぞ、ほんと。
「何でって、預かったんで」
「預かったからって」
「逆に聞くっすけど。何でダメなんすか?」
「そりゃ、……」
ジャンに言われて、ちらりとアカリちゃんの様子を窺う。不思議そうな顔でこっちを見ていた。
さすがにアカリちゃんの目の前で「アカリちゃんとお前をくっつけるためだよ!」とは言えない。
「ほら、俺たちアカリちゃんのセコ○としてこれまで一緒にやってきたじゃん。王子様がアカリちゃんの魔力目当てだったらどうする、って、前ジャンも言ってたろ」
「大丈夫なんじゃないすかね。オレも呼ばれたし、オレ以外にもいろいろ呼び出して話を聞いてるらしいっすから」
「でもさ、」
「そもそも、オレみたいなしがない庶民には王子様のおつかい断るなんて無理っす」
くそ、都合のいいときばっかり庶民ぶるな。
ここに編入するときに見せた――と思われる――ガッツはどうしたんだ。
「ま、ルーカスが止めたいなら、それは自由っすけどね」
手元の招待状に視線を落とした。
「SSR 王子様のお茶会++」のイベントは、他のイベントに比べればアカリちゃんが理不尽な目に遭うものではない。
王子様に呼び出されて、好きな人はいるのかとか、そういうちょっと甘酸っぱいトークをするだけのイベントだ。
ちなみに体力が回復するし全パラメータの上昇率が満遍なく上がる。
これ以上アカリちゃんのパラメータが上がることに若干思うところはあるものの――この前はついに最難関とされる光属性の回復魔法を修得した。自分でメテオ打って、自分で穴を塞いで、自分で怪我を治せるマッチポンプが完成してしまって、完全にゲームバランスがおかしなことになっている――それ以外では、俺が必死で止めなくてはならないような理由はない。
ルーカスとも古い知り合いらしいし、ぼっちで名高いデフォルトルーカスとそれなりにうまくやっていたところを見ると、お茶会で2人きりになった途端にいきなり切りかかるような奇人変人ではないはずだ。
……たぶん。
俺は間違いなくあの王子様には「何かある」と踏んでいるけど、ゲームで明らかになっていない以上、推測でしかない。
もしかしたら本当にただのやさしいイケメンという可能性だって――いや、それはなさそうだけど。
たとえばアカリちゃんのことが好きで好きで仕方ない系というか、溺愛しちゃう系の特徴のキャラクターなのかもしれない。
それならアカリちゃんが粗末に扱われることはないわけで、むしろヘンリーの方が「都合のいい男」になってくれる可能性だってある。
ていうかアカリちゃんと恋バナしようとした男にすごく心当たりがある。俺ですね。
やってること一緒じゃんか、俺。
ヘンリーを怪しめば怪しむほど、ブーメランになって俺に帰ってきてしまうことに気づいた。気づかなければよかった。




