31.両親への手紙で号泣するかもしれない
「SとかMとか、すーぐそういう話しようとするのよくないと思うわけよ、俺は。そういう気軽なもんじゃないからね。下手なこと言うと本物の人たちに怒られちゃうからさ」
「何の話をされてるんすか、オレ」
寮のジャンの部屋でクダを巻く。
冷めきった目で睨まれるが、最初にこの話始めたのジャンだからね。
平手打ちで赤くなった頬に、アカリちゃんが魔法で出してくれた氷をタオルで包んだものを押し当てた。
いやもう平手で済んでよかったなと思う。
たとえ俺がドMの謗りを受けたとしても、これでソフィアちゃんやそのお友達の怒りが鎮まるなら安いものだ。
ちょっとはルーカス父母の胃痛も収まりますように。
でもジャンは最初に言い出した身としてちゃんと責任を取ってほしい。一緒に謗られてほしい。
「男子って嫌よね」って言われる側に回ってほしい。
名誉のために言うけど、俺はMでもSでもないよ。至ってノーマルだよ。
足が細い女の子が好きなだけのごく一般的な男子だよ!
枕を抱えていじけている俺にため息をつくと、妙に真剣な顔になってジャンが問いかける。
「ルーカスは……アカリのこと、どう思ってるっすか?」
「どうって……幸せになってほしいなって思ってるよ」
「そうじゃなくて、……女の子として、どう思うかって話で」
ジャンの言葉に、俺は顔がにやつくのを止められない。
ははぁ、これはアレだな、ヤキモチだな?
俺にアカリちゃんが取られるんじゃないかって不安になってるな?
安心して欲しい。この学園内で俺は誰よりもジャンの恋を応援している男だ。
だがいい傾向だ。これをきっかけに、もっとアカリちゃんに積極的にアプローチをしてくれるようになれば儲けものである。
2人で幸せになってもろて。パン屋とかやってもろて。屋根裏付きの家に住んでもろて。
「何だろうね。危なっかしくて、目が離せなくって、可愛くって……妹みたいな感じ?」
「…………」
「ていうか最早、娘?」
「む、娘?」
目を剥いたジャンに、頷いて見せる。
「うん。あ、自分で言ってびっくりするくらいしっくりきちゃった。もう俺がアカリちゃん産んだかもしれない。お腹を痛めて。そんな気すらしてきた」
「……はーぁ」
どうしよう。大学生にしてもう父性に目覚めてしまった。
アカリちゃんの結婚式とか泣くかもしれない。最後の両親への手紙で号泣するかもしれない。
ていうかちゃんと呼んでね、2人の結婚式。
言ってくれたらスピーチするし。受付とかやるし。余興で「乾杯」とか歌うし。髭男でもいいよ。
「じゃ、ルーカスがアカリに、我儘言ってほしいとか、幸せになってほしいとか……そういうこと言うのも、『妹みたいだから』なんすか?」
「うん」
「……本当に?」
「うん」
俺が頷くと、ジャンの視線が一層に冷たくなった。
なんだよその顔。自分で言っといて、俺が肯定したことに納得していなさそうな顔だ。
ていうか、俺が何て答えても納得しなさそうだな。恋は盲目ってやつだ。
アカリちゃんは皆にやさしいから、不安になる気持ちも分かるけど。
やれやれと軽く肩を竦めて見せる。
「じゃあ聞くけどさ。実は俺未来が見えて、2人が幸せにならない未来を見ちゃって。それを阻止するために言ってるんだよね~とか言ったら、信じる?」
「信じないっすけど……」
「ほらぁ~!」
俺は口を尖らせた。
何言っても信じないやつじゃん。俺がアカリちゃんのこと好きって言わない限り納得しないやつじゃん。
悲しい。恋の前では友情って無力なのかな。
「だから俺は言わないの。別に友達だからって、何でもかんでも打ち明けなきゃいけないって決まりはないだろ」
「それは、……」
「誰だってあるだろ、言いにくいこととか。たとえば『○○ちゃんがアナタの悪口言ってたよ』みたいな話とかさ。知りたくなかった~みたいなこともあるかもしれないし。仮に真実だとしても、正直に言うことだけが友情じゃないと思うわけよ」




