閑話 ソフィア視点(3)
今日から朝(間に合わなかったら昼)と夜の1日2回更新します!
ソフィアちゃん視点です。
どこに向かうのか自分でも分からないまま走って、いつの間にか、いつもジャンさんと作戦会議をする校舎裏に行きついていました。
ベンチに腰を下ろして、息を落ち着けます。
自分が不甲斐なくて、涙が出てきます。
もっときちんと止めるべきだったのです。
だってわたくしはジャンさんと、アカリさんには危害を加えるようなことはしないと、お約束したのに。
そしてルーカス様がわたくしを庇うためにあのようなお芝居までしてくださったのに、逃げるような形になってしまいました。
わたくしが、もっときちんと止めていれば……そうすれば、ルーカス様にもあんなことをさせずに済んだのに。
ジャンさんに……あんなに困ったような顔をさせずに済んだのに。
俯いていた視界に、革靴が入りこみます。落ちる影に、ふっと顔を上げました。
そこには、ジャンさんが立っていました。
走っていらっしゃったようで、僅かに息が上がっています。
「ソフィア様」
ジャンさんがわたくしを呼びました。
視界が涙で歪んでしまって、わたくしはまた俯きました。
貴族たるもの、人前で涙を見せてはいけないのです。
授業の開始時間を告げる鐘が鳴りました。
しばらくそのまま立っていたジャンさんが、やがてわたくしの隣に腰を下ろします。
「授業、始まっちゃったっすよ」
「……」
「そんなに落ち込まなくても。ルーカスもちゃんと分かってると思うっすよ」
困ったように笑いながら、ジャンさんが話しかけてくれます。
けれど、口を開くと嗚咽が零れてしまいそうで、なかなかお返事が出来ません。
「あんなルーカス見たくなかったって言うなら、それはもうご愁傷さまとしか言えないっすけど……あいつオレたちといるときは基本あんな感じというか」
「わたくし」
やっとのことで、言葉を絞り出しました。
少しだけ声が震えてしまったけれど、何とか泣き出さずには済みました。
「わたくし、慰めていただく権利なんてありませんわ」
「権利?」
「アカリさんに危害を加えるようなことはしないと、お約束しましたのに」
膝の上で、ぎゅっと手を握ります。
手の甲に、ぽたりと滴が落ちました。
「あなたに合わせる顔がありませんわ」
堰を切ったように、涙がぼろぼろと零れます。
ああ、どうしましょう。せっかく、我慢していたのに。
ここへ走ってくる間も……一番最初に頭に浮かんだのは、それでした。
どうしてでしょう。
わたくし、あの時……ルーカス様に失望されることよりも……ジャンさんを失望させてしまうことの方が、ずっと怖かったのです。
わたくしが落ち着くまで、ジャンさんは黙って待っていてくれました。
涙を拭って、ふぅと息をつきます。
「貴族失格ですわね。取り乱すなんて」
「いや、あれで取り乱さないのは無理だと思うっすよ」
ジャンさんはそう言ってくれますが……ルーカス様がせっかく庇ってくださったのに、きちんと話を合わせられなかったのは、わたくしの落ち度です。
きっとすべてが丸く収まるような方法を、ルーカス様は考えていたはずですもの。
「こんなことでは……ルーカス様に見限られても、仕方ないわ」
「見限る?」
「……結婚の話を白紙にと、侯爵家から父に、申し入れがあったそうです」
ぽつりと零したわたくしの言葉に、ジャンさんが目を見開きました。
そして何だか言いにくそうに、視線を落とします。
「……ルーカスのことなんすけど」
ジャンさんが、頬を掻きながら視線を彷徨わせます。
しばらくもごもごと口ごもった後、言いました。
「なんか、侯爵家継ぐの辞めるらしいっす」
「……はい?」
「いや、オレもよく分かんないんすけど」
ぱちぱちと目を瞬きます。
一瞬、何をおっしゃっているのか分かりませんでした。
侯爵家を? 継ぐのを、辞める??
「弟のマルコに家督を譲るとか何とか言って、家を飛び出してきたらしいんすよ」
「そんな、だって、ルーカス様は、嫡男で」
「そうなんすよ」
「ずっと侯爵家の跡取りとして」
「そうなんすよねぇ」
「だから、わたくしも我が家のために、ルーカス様に嫁ぐのだと」
「そうなんすけど」
ジャンさんが、困ったように笑います。
笑いごとではありませんわ。
「聞けば聞くほど、そんなやついるかよって感じなんすけど。……どうも、本当らしいんすよね」
「だって、そんな。貴族としての、義務や、責任や」
涙が一気に引っ込みました。
喉の奥がからからになって、乾いた唇が張り付きます。
「わ、わたくしが、今まで、積み重ねてきたものは?」
わなわなと手が震えます。
何ということかしら。
そんなことが、あっていいの?
そんなことが許されるの?
ルーカス様は……すべてを擲ってまで。
アカリさんとともにあることを、選ばれたというの?




