28.「早い! 安い! うまい!」みたいなイメージ
寮生活にもだいぶ慣れてきたある日。
次の授業が魔法実験の授業だったので、クラスのみんなはこぞって教科書やらノートやらを抱えて実験棟へ移動していた。
その最中、俺が手に持っているのが現代文の教科書だったことに気づいた。
大きさも表紙の色も全然違うのに、何をどうやったら間違えるんだろう。
「ごめん2人とも、先行ってて」
「どうしたの?」
「間違えて現代文の教科書持って来ちゃった」
「何をどう間違えたらそうなるんすか」
「俺が聞きたい」
走って廊下を戻る。
魔法学の先生、美魔女って感じの女の先生なのだが、怒るとめちゃくちゃ怖い。
居眠りしていたら水をぶっかけられるのは序の口で、氷を襟首から滑り込まされたときにはものすごく情けない悲鳴を上げてしまった。
次に怒らせたら陸上で溺死させられるとかいうミステリっぽい死を迎えるかもしれない。
夢の中で死んだらどうなるんだろう。猿夢みたいなことになるのかな。
やだ、怖い。
教室のドアを開ける。まだ教室に残っていたらしい3人の女の子が、一斉にこちらを振り向いた。
あれ。もうみんな実験棟に行ったと思ったんだけどな。
自分の席まで歩いていくうちに、何やら雰囲気がおかしいことに気がついた。
3人とも、顔面蒼白で俺を見ていたからだ。
3人のうちの1人は、隣の席のソフィアちゃんだった。
他の2人は、いつもソフィアちゃんと一緒にいるお友達AちゃんBちゃんだ。
その3人が3人とも、教室の後ろのゴミ箱の前で集まっていた。
ソフィアちゃんはゴミ箱を背にするように立ち、他の2人がその向い側に立っている。
俺はピンと来た。
これ、あれだ。ルーカスの取り巻きの女の子たちに、アカリちゃんの教科書が捨てられる……え?
じゃあ、あの3人……俺の取り巻きの女の子なの?
俺一向に取り巻かれてないけど????
改めて3人の様子を窺う。
多分、ソフィアちゃんは他の2人を止めようとしている。
分かる。ソフィアちゃんやさしいもんね。この前俺のせいで一緒に先生に怒られたのはほんとごめん。
他の2人は、正直ソフィアちゃんのお友達という印象しかないけど……別に意地悪しそうな感じじゃなかったと思う。
もしかして、何か俺の勘違いかな。たまたま日直のゴミ当番とかなのかも?
この学校にそんなシステムない気がするけど。
勘違いで済ませようとした俺の視線が、お友達Aちゃんの持っている教科書に吸い寄せられる。
今から魔法学の授業なのに、その手にあるのは現代文の教科書で、そして。
表紙の端っこに、俺がアカリちゃんにせがまれて描いてやった、ドラ○もんの落書きがあった。
「それ、アカリちゃんの教科書だよね? どうして、君たちが持ってるのかな?」
「る、ルーカス様……」
俺は出来るだけやさしく、落ち着いたトーンで声をかけた。
女の子のヒステリーとパニックに上手に対応できる自信は、残念ながら俺にはない。
そうなると机の下に潜って嵐が去るのを待つしかなくなる。
ソフィアちゃんがどこか怯えたような顔で、少し後ずさりした。
違う、大丈夫、ソフィアちゃんがそんな顔する必要はない。
同じくひるんだ様子だったお友達AちゃんBちゃんが、わっと堰を切ったように話し出した。
「ルーカス様がいけませんのよ! 庶民の方とばかり親しくして!」
「寮に移られたのも、あの子と一緒に過ごされるためでしょう!?」
やっぱりそういう系のやつか、と思った。勘違いではなかったらしい。
もしかしたら2人は「そんなことないよ」って言ってほしいのかもしれないけど、否定できなかった。
だってあの2人と仲良くしてるしなぁ。寮に移ったのも、2人に近づくためだしなぁ。
要はデフォルトルーカスのイメージを壊すなということだと思う。
両親やマルコが言っていた、侯爵家の跡継ぎ云々のやつと同じ話だろう。
でも俺家継がないんだよなぁ。ただの運送屋に、そのイメージ戦略は別に要らないと思う。
必要なのは「早い! 安い! うまい!」みたいなイメージだ。
「その上、ソフィア様とのご結婚はなかったことに、などと!」
「え待って、それは俺知らないやつ」
ていうかソフィアちゃんとの結婚云々も知らないんだけど。初耳なんだけど。
じゃ、ソフィアちゃんが俺の取り巻き筆頭、みたいな感じだったの? マジで?
隣の席なのになんで誰も教えてくれないわけ? いや、そもそもそれなら、ソフィアちゃんが止める側にいるの、おかしくない?
……もしかして俺、ソフィアちゃんに嫌われてたりする?
結婚しなくて済んでむしろラッキー、みたいな。




