閑話 ジャン視点(2)
ジャン視点の続きです。
「ルーカスのどこがいいんすかねぇ。俺からすればただのお調子者っすけど」
「……それを言うなら」
オレが独りごちると、ソフィアもまるで独り言のように、ぽつりと呟いた。
「……どうして殿方はみんな、アカリさんがいいのかしら」
その横顔はどこか寂しげで、不意に視線を奪われる。
オレの視線に気づいたのか、はっと息を飲んで、気まずそうに両手を振る。
「いえ、ルーカス様や貴方と接しているのを見る限り、悪い方だとは思いませんけれど……魔力以外に特別なところはないように思いますわ。その、可愛らしいとは思うのですけれど」
「ソフィア様も可愛いっすよ」
合いの手ついでに褒めてみると、ソフィアの顔が一瞬で赤く染まった。
「も、もう! からかわないでくださいまし」
ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら、咳ばらいをする。
最初はお人形さんみたいな人だと思ってたっすけど……話してみると、意外とそうでもないというか、表情豊かな人っす。
「それより、ちゃんとアカリさんにアプローチしていますの? わたくしばかり相談していては不公平よ」
「あー、そうっすねぇ」
身を乗り出して追及して来たソフィアを、苦笑いではぐらかす。
確かにオレは、アカリのことが好きで。大切で。
アカリには、オレがいればいいって。オレにはアカリがいればいいって。
ずっと2人の世界でいいって、そう思っていた。
でも、最近ちょっと、考え方が変わってきたというか。
ルーカスと友達になって、アカリも変わった気がする。
何かしてほしい、なんて、オレにだって言わなかったようなお願いごとを、ルーカスには遠慮せずに言ってたりとか。
今までだったら反射で謝ってたことも、謝る前に1回考えるようになったりとか。
嫌なことを、嫌だって言ったりとか。
人から見たら当たり前かもしれないけど……今までしてこなかったそれが、出来るようになったアカリを見て……悪くないなって、思っちゃったんすよね。
だから、ずっと2人でいればよかった、とは――ルーカスと関わらなきゃよかった、とは、思わない。
アカリが自分を大事に出来るようになるなら、そっちの方がオレは嬉しいかも、とか、思っていたりして。
好きっていう気持ちが本当なのと同じように――幼なじみとして、妹のように大切に思っている気持ちも、本当だから。
ま、でも協力し合うって言っておいて、1人だけ「いち抜けた」なんて、気分が悪いし。
ソフィア様が満足するまでは――オレがお役御免になるまでは、付き合うつもりっす。
どうせオレがしているのは、他愛もないルーカスの話を彼女に教えたり、この「作戦会議」とやらに参加して、話を聞くぐらいの「協力」っすから。
「よろしくて? ルーカス様は高潔で見目麗しく」
「こうけつ」
「頭脳明晰で、文武両道で」
「ずのうめいせき」
「近頃は領民の心情理解や親しみぶかさの研究にも余念がない……いえ、最近は少々行き過ぎですけれど。次期侯爵として申し分のない、素晴らしい方です。貴族の模範となるお方です。憧れるのは当然ですわ」
ソフィアのルーカス賛辞を聞き流す。別に面白くもなんともないんで。
いつものことながら、ソフィアの話すルーカスと、オレの知ってるルーカスは本当に同一人物なんだろうかと思ってしまう。
クラスにルーカスは1人しかいないんで、別人のわけがないんすけど。
ふと、最近ルーカスと話したことを思い出した。
家を継ぎたくないとか、弟に譲りたいとか、そんな話だ。
「じゃあ」
胸の内に浮かんだ疑問が、口をついて出る。
「ルーカスが、貴族じゃなかったら?」
「え?」
ソフィアが目を丸くする。不思議そうな表情で、青色の瞳がオレを見つめていた。
「ルーカスが侯爵家を継がないって分かっても……ソフィア様は、今と同じ気持ちでいられるっすか?」
ソフィアの瞳が揺れた。
不安げな顔に、どうしてこんなことを聞いてしまったんだろう、と思った。
「そ……それは……」
「なーんて、冗談っすよ。ほら、そろそろ戻るっす」
笑って誤魔化す。
ソフィアは少しの間戸惑ったように視線を彷徨わせたが、やがてほっとしたように息をついた。
本当に、何故こんなことを聞いてしまったんだろう。
こんな意地悪なことを聞いたって、しょうがないっすよ。
教室に戻るソフィアの背に跳ねる金色の巻き髪を眺めて、小さく零した。
「どこがいいんすかね、ルーカスの」




