閑話 ジャン視点(1)
ジャン視点です。
時系列としてはルーカスが寮に転がり込む少し前です。
「どうしたら、ルーカス様ともっと親しくなれるのでしょう」
「ソフィア様はそればっかりっすねぇ」
「当然ですわ。そのためにあなたに協力をお願いしているのですから」
学園の校舎裏、人通りの少ない場所にあるベンチにそれぞれ座って、オレとソフィア嬢は会話をしていた。
ソフィアいわく「作戦会議」らしいこの集まりは、彼女から協力を要請されて以降定期的に開催されている。
つややかな金色の巻き髪を眺めて、不思議なもんだな、と思った。
貴族のお嬢さんと並んで話をするなんて……学園に編入する前のオレには……いや、ルーカスと友達になる前のオレには、信じられないような話だと思う。
「昔からそうなんすか?」
「……いえ」
ほとんど相槌のような何気ないオレの問いかけに、ソフィア嬢が目を丸くして、こちらを見た。
青色の瞳がまんまるに見開かれて、今にもこぼれ落ちそうだ。
白く細い指を自分の頬に添えて、彼女は軽く首を傾げる。金色の髪がふわりと揺れた。
「不思議ですわね。これまではそれほど、親しくならなくてはと思うことはなかったのに。近頃のルーカス様を見て……あなたやアカリさんに接するルーカス様を見て、こんなふうに思うなんて」
ぱちぱちと、長い睫毛で縁取られた瞳を瞬く。
作り物のように整った顔はルーカスでだいぶ見慣れたと思っていたけれど、女性はまた別だな、と思った。
そんなことを考えているのが何となく気恥ずかしくなって、まっすぐ顔が見られない。
視線をそらした先で、持ち出してきた例のパンが入った袋に目が行った。
ルーカスはやたら気に入っているけど、もしかして舌の肥えた貴族にとっては、新鮮味があっておいしく感じられたりするんすかね。
「ルーカス、このパン好きなんすよ」
「まぁ、そうなんですの?」
手渡したパンをまじまじと見つめるソフィア。
パンを千切ろうとして、想像以上に硬かったらしく、目を白黒させていた。
何とか千切ったパンを、小鳥のように小さな口で齧る。
「………………」
「ぶ、」
カメムシの臭いを嗅いだ猫のような顔になったソフィアに、思わず噴き出した。
「ははは、貴族のお嬢さんがしちゃいけない顔になってるっすよ!」
「……これをおいしく召し上がるなんて……最近のルーカス様は、少し貴族としての矜持をお忘れではないかしら」
ソフィアはハンカチで口元を押さえて涙目になっている。
作り物のような造形の顔が珍しい表情になっているのが、さらに笑いを誘う。
そうか。貴族のお嬢さんでも、そんな顔するのか。
口元を拭ったソフィアが、恨めしげな目でこちらを見上げる。
「寮の方に言っていませんの? あなたが……王弟殿下の血を引かれていること」
「……知ってたんすか?」
「先日、ヘンリー殿下から伺いました」
俺の言葉を、ソフィアはあっさり肯定した。
ルーカスも知っていたし、案外生徒の中にも知っている人間が多いのかもしれない。
ま、別に隠したいのはオレじゃないんで、いいんすけど。
「言ってないっすよ。そんなことしたらアカリだけ不味いパン出されるのが目に見えてるっすから」
「アカリさんのために?」
「……別に、それだけじゃないっすよ。ずっと庶民として生きてきたのに、今更貴族扱いされたって、落ちつかないっす」
「まぁ、そうでしょうね」
またあっさりと頷いたソフィアに、拍子抜けする。
てっきり貴族なんだから貴族らしくとか、もっとあるべき姿がどうとか、そういう話をされるのかと思ったからだ。。
「オレには貴族としての云々とか、言わないんすね」
「貴族は生まれではなく、育ちで決まるものですもの」
問いかけたオレに、ソフィアは当たり前のことのように言う。
きっぱり言い切った彼女に、思わず目を見開いた。
「いくら尊い血筋を引いていても――貴族として生きる教育を受けていなければ、それは貴族とはいえませんわ」
その言葉は、何だか妙に腑に落ちた。
庶民として育てられながらも、常に貴族の落とし胤としての立場が着いて回った。
アカリや他の庶民の友達、知り合いに嘘をついているという罪悪感もあった。
かと言って、表向きは存在を秘匿されている身だ。
貴族として生きることもできない。今さら、したいとも思わないっすけど。
常に自分が「どちら」なのか、宙に浮いたように感じていた。
それに対する答えが、――見えたような気がしたのだ。
そうか、それなら。
オレは逆立ちしたって、貴族じゃないっすね。
「ですから、わたくしにとってあなたは庶民の……お、お友達、ですわ」
今度は意を決したように言うソフィアに、また笑ってしまった。
ルーカスと言いソフィアと言い、貴族ってのは「友達」って口に出さないと気が済まないんすかね。
友達って、宣言するもんじゃないと思うんすけど。




