27.俺、違いの分からない男なんだ。
「……なんでいつものパンじゃないんだ」
「ルーカス……元気出して」
弁当の包みを開けてがっかりしている俺の背を、アカリちゃんがさすってくれた。やさしさが沁みる。
何なら朝るんるん気分で弁当の包みをぶん回したものだから、柔らかいパンが潰れてぺしゃんこである。
いつものパンの方だったら潰れないのに。あっちのパンの方が絶対持ち運びに向いているのに。
アカリちゃんがジャンに視線を送る。ジャンが大きくため息をついた。
「ルーカス。実は俺、あのパン好きじゃないんす」
「え?」
「わ、私も……あんまり」
「え!?」
何で!? おいしいよ!?
俺は慌てて2人の顔を交互に見る。2人とも苦笑いしていた。
「今時、庶民だってもうちょっとマシなもの食べてるっす。寮のおばちゃんたちが庶民のオレたちを馬鹿にして……オレたちにだけ、わざと硬くて不味いパンを出してたんすよ」
「ま、不味いとか言うなよ……」
美味しいよ……俺は美味しいもん……
友達みんなが「硬水って飲みにくいよね」みたいな話をしているとき、1人だけ全然差が分からなかったりしたあの時の気持ちになった。
だってどっちも水じゃん。冷えてるか冷えてないかの違いしか分かんないよ、俺は。
認める。俺、違いの分からない男なんだ。またの名を、味音痴。
でも身体はルーカスだからね!? ルーカスが違いの分からない男説もあるからね!?
俺だけのせいじゃないから。連帯責任だから、これ。
「どっかの誰かさんは美味いうまいって喜んで食べてたっすけど」
「うぐ」
「ジャン」
とどめを刺されて呻き声を上げた俺を庇うように、アカリちゃんが割って入った。
「し、しょうがないよ、ルーカス。味の好みは人それぞれだもん」
アカリちゃんがあまりフォローになっていないフォローをしてくれる。
やさしすぎる。泣いちゃう。
そういえば、アルプスの女の子が主人公のアニメで、黒パンと白パンって出てきたなと思い出した。
黒いパンはライ麦パンで、アルプスの田舎の、決して裕福ではないおじいさんのところで食べるパン。
白パンは小麦粉のパンで、都会のお嬢様のお屋敷で出てくるパン。朝はパン、パンパパン。
ちなみにこの世界では朝も昼も夜もパン。
たまにリゾット的なやつとかパスタ的なやつも出てくるけど、基本はパン。パンパパン。
オートミール的なやつは俺には理解できなかった。
それでいくと俺は、2人曰く硬くて不味い黒パンを齧っているアカリちゃんやジャンの目の前で、白パンをふんだんに使った弁当に量が少ないだなんだと文句を垂れていたわけで……
しかも気まぐれ程度に黒パン横取りしては「ふーん、これもうまいじゃん。あ、お前たちにも恵んでやるよ」みたいな感じで白パンを分け与えていたわけで……
いやそんなことは言ってないけど! 物事って受け取り方じゃん!?
俺にその気があったかどうかは別としてさぁ!
しかもみんなの前でわざわざ二人が違うパン出されてること指摘したりとかして!?
何てこった。すごく感じ悪い。何これ、デフォルトルーカスの呪いかなんか?
「どうしよう。俺めっちゃ嫌なやつじゃん!」
「え?」
「うわ、ごめん二人とも、ほんとごめん! え、どうしようもうごめんとしか言えない」
「いや、ルーカス?」
「謝る! 超謝るから! 嫌いにならないで!! 俺を捨てないで!!」
「今絶賛嫌いになりそうっす」
ジャンの足に縋り付いたら本気で嫌そうな顔をされた。
ひどい。
ショックを受けて地面と仲良くしている俺を見下ろして、ジャンはやれやれと肩を竦めた。
「オレたちは気にしてないっすよ。ルーカスに悪気がないのは分かってたっすから」
「ジャン……!」
「ルーカス、悪気があるときはちゃんと、悪気がありそうな顔するっすもん」
「ジャン!?」
「ね、アカリ」
「うん」
「アカリちゃん!?」
悪気がありそうな顔ってどんな顔? 今度俺がその顔になってたら教えてほしい。
「まぁ、今日まで説明しなかったオレたちも悪かったっす」
「ごめんね、ルーカス。あの、でもね」
アカリちゃんがしゃがみ込んで、落ち込む俺の顔を覗き込む。
どこか照れくさそうに笑う顔が、眩しかった。
「嬉しかったよ。『俺も二人と一緒のにして』って、言ってくれて」
ちらりと顔を上げて、2人の顔を見上げる。
「……食い意地が張ってただけでも?」
「ふふ、……うん。食い意地が張ってただけでも」
身体を起こして、俺もちゃんと座り直した。
包みから取り出して、ぺしゃんこになったパンにかぶりつく。
美味しいよ。美味しいけど、食べた気がしない。
こんなのギュってしたら超ちっちゃくなるよ。ゼロキロカロリーだよ。
「おいしいね、ルーカス」
「……そうだね」
言葉通り、おいしそうにはにかむアカリちゃん。それを見て、ジャンも笑っていた。
手元のパンに視線を落とす。
アカリちゃんとジャンが嬉しそうだから、いいか。




