18.飛べない俺はただの俺
とりあえずアカリちゃんには3時間も待たずに怒って帰るか、最低限喫茶店とかに入って待つようになってほしい。
そのために頑張っているわけだけど、その作戦が必ずしも順調に行くとは限らない。
そちらがコケてもいいように、別の策を用意しておくのは重要だ。
対の選択肢が重要なのは、何も格ゲーだけの話ではない。
ごろつきとエンカウントしたことで、ルーカスはアカリちゃんとの待ち合わせに遅刻する。
そこで、俺が考えたのがこちら。
速度を上げたら間に合う説。
残念ながらこの世界には自転車がない。原付も車もない。
かろうじて馬車はあるが、狭い道は通れないし、市街地の短距離なら俺の全力疾走と変わりない。
乗馬は……向き不向きってあるよね。誰にでも。
馬の背中って結構高くて怖いんだよ。
ないものを悔やんでも仕方ない。発想を逆転させよう。
あるものを最大限に活用するのだ。
この世界にあるもの……というか、この世界にしかないもの。
魔法を使って移動するのはどうか。
テンプレ的に箒で空を飛ぶのは、この世界ではメジャーではないようだ。
だが、風魔法で馬車や馬を後押しして速度を上げるのは街中でも見たことがある。
相当高度な風魔法の技術がないと飛ぶことは出来ないが、走るのを早くすることくらいはそう難しいことではないらしい。
しかし俺には風魔法の適性はない。使えるのは炎の魔法だけ。
そこでぱっと俺の脳裏に過ぎったのは、とあるスーパーヒーローだった。
そのヒーローはスーパーパワーではなく、スーツに仕込んだジェット噴射で空を飛ぶ。
背中に背負ったメカ的なものではなく、足の裏と手のひらから噴射したジェットで飛ぶのだ。科学のパワーである。
空が飛べれば、スピードアップどころかごろつきを振り切るのだって簡単なはずだ。
幸いにも、俺は手足から炎が噴射できる。逆に手足以外からは出ない。
口とかから噴けたら面白いのにと思ったんだけど。
火が出たって人間が飛べるのかは疑問だが、ここは不思議渦巻く魔法の世界。
ワンチャン飛べてもおかしくないし、風で後押しして早く走れるのなら、炎でだってスピードを上げることくらいはできるだろう。
俺文型だから科学も化学も力学も全然わかんないけど、たぶん。
飛べない豚はただの豚。じゃあ飛べない俺はただの俺。
つまり、飛べなくても何も失うものなどない。
というわけで、家の庭で出力全開で挑んだところ……なんとあっさり飛べてしまった。
使用人の皆さんが口をぽかーんとあけていたが、俺が一番驚いたまである。
いや、飛べるんかい。
なんだ、これで一気に解決じゃないか。ちょっと拍子抜けしてしまう。
速度を最大まで出そうとすると、気をつけの姿勢で手のひらだけ地面と平行にするという非常にダサい飛行姿勢になるのが気になるが――そういえば、某ヒーローもそうやって飛んでいた気がする。ヒーロースーツのかっこよさに誤魔化されてダサさに気づかなかった――速度さえ気にしなければどんな姿勢でも宙に浮かんだ状態を維持できるということが分かった。
逃げ回るマルコを捕まえて飛んでみたところ、人間1人くらいならなんとか背負って飛べることも分かった。
ただでさえ悪かった兄弟仲が更に悪くなった気もするが、まぁもともと好感度ゼロだったものはいくら引いてもゼロなので、いいだろう。
マイナスという概念はそこにはないはずだ。
一通り屋敷の周りを周ってから、マルコを降ろしてやる。生まれたての小鹿のようになっていた。
何だよ、高いところ苦手なら最初に言えよな。
しかし、飛べるようになったのは僥倖だ。
万が一アカリちゃんを待たせてしまった時にも、3時間も待たせなくて済むかもしれない。
「待った?」「今来たとこ~」で済むレベルの遅刻なら、まぁ、許容範囲だろう。
「……ん?」
そう考えながら一歩踏み出すと、足の裏に妙な感覚があった。
確認すると靴底に大穴が開いていた。
靴だけでなく靴下も貫通して、俺の素足が見えている。
まぁ、そうなるよな。火が出てるんだもんな。
底がほぼ消失した靴を眺めて、俺はしばらく途方に暮れた。




