13.要するに死ななきゃOK
大穴に呆然としていたが、我に返った先生が土属性の魔法であっという間に修復してくれた。アカリちゃんにも気にしないでねと言っていた。
先生曰く、急に魔力量が増えたりすると稀によくあることらしい。
ちなみにザオリクとかレイズとかあるのか聞いてみたが、死んだ人を生き返らせるという魔法はないようだ。
が、怪我を回復する魔法や壊れたものを修復する魔法はあるらしいので、要するに死ななきゃOKということだ。
それなら多少アカリちゃんの魔力が暴走しても問題ないだろう。
アカリちゃんは良い子なので、人に向けて魔法を打ったりはしないだろうからな。
メテオの一件から、アカリちゃんへの周囲の反応は大きく変わった。というか二極化した。
全属性の魔法が使え、なおかつ魔力量がものすごく多いと言うことで、アカリちゃんに近づこうとする奴らが現れたのだ。
その一方で、アカリちゃんを妬んでか、より一層嫌悪を露わにする奴らも現れた。
後者はコソコソ悪口を言う程度なのでまだマシだが、前者の方が問題だった。
俺とジャンが必死でガードしているが、それも万全ではない。
アカリちゃんには一刻も早く、NOと言えるようになってもらわなくては。
このままだとちょっと目を離した隙に何かよくわからない契約書とかにサインしていそうな危なっかしさがある。
今日もジャンが囮になってくれているが、逃げてきた先で気づいたらまたシエルに話しかけられていた。
そうはさせるかと俺が長い話攻撃で応戦する。
「昔々あるところに齢60を過ぎたおじいさんと姉さん女房のおばあさんがいました。ある日おじいさんは使い慣れた鎌と自分で編み上げた籠を持ってその日の炊事に使用する芝を手に入れるため山へ芝刈り(※山の所有者の許可を得ています)に、おばあさんは昨日雨で干せなかった洗濯物を片付けるために近所の川へ環境に配慮した直接川に流しても害のない洗剤を持って洗濯に行きました。おばあさんが洗濯物を……」
「ぐー」
よし、ようやく寝た。
俺はやれやれと息をついて額の汗を拭う。
何度も相手をするうちに、俺の方もどんどん長話のネタが尽きてきてしまっている。今日はとうとう桃太郎に手を出してしまった。
前回はやたら詳細にカレーの作り方を説明するというので乗り切れたけど、そろそろ抜本的なネタ切れ対策を講じなくてはならないだろう。
「ルーカス、ありがとう」
アカリちゃんはそうお礼を言ってくれたが、どうにも元気がない。
急に周囲の反応が変わってしまって――そして姉ちゃんの廃課金デッキのせいで自分のパラメータも異常成長してしまって――戸惑うなという方が無理な話だろう。
なのに、アカリちゃんは弱音を吐かなかった。ジャンにも相談していないらしい。
いけない。友達に悩みを相談できないようでは、どこかから出て来た怪しい男にちょっと優しくされただけできゅんとしてしまう可能性がある。
ダメダメ、その男はヒモになるよ、絶対働かないよ。アカリちゃんの財布からお金を抜いてパチンコに行ったりするよ。
「アカリちゃん」
俺は隣を歩くアカリちゃんに声を掛けた。
アカリちゃんは立ち止まって、俺を見上げる。
「困ってるなら、困ってるって言ってほしいな」
「え……」
「助けてって。どうしようって。そう言ってくれたら、俺は俺の出来る全力で、アカリちゃんのことを助けるからさ」
アカリちゃんが目を見開く。こげ茶の瞳が揺れていた。
「ど、どうして?」
「だって、言われたら俺も嬉しいもん。ほら、頼られてるなって感じ? 俺基本的に頼る側だからさ。めったに頼られない分、頼られたときはどーんと、気合入れちゃうかもよ」
どんとわざとらしく、自分の胸を叩いて見せる。
心理学のナントカ効果によると、お願いというのは、する側がお願いを聞いてくれた相手に感謝する関係に見えて、実際のところは受ける側のほうがお願いをしてきた人に対していい印象を持つことが多いのだという。
印象がいいからお願い事を受けるのか、お願い事を受けるから印象がよくなるのか。
そのあたりの因果関係はにわとりたまごとも言えるだろうが……いわゆる「私がいないとダメなんだから」という関係だと思えば腑に落ちる。
アカリちゃんだってお願いを聞く側ばかりではなく、する側になっていいはずだ。
それで悪い印象をもつ人間なんて、実際のところ、そんなにいないのだ。
「何となく困ってるのは分かるけど、アカリちゃんがどうして欲しいかは、言ってくれないと分からないから。何もできないの、俺も歯がゆいんだよね。……だから、教えてほしいんだ」




