11.二人の仲がいいと、俺が嬉しいってこと
「アカリちゃん、あんな意味の分からない言いがかりに惑わされちゃ駄目だよ」
「ま、惑わされて、っていうか……」
二人でお弁当を食べながら、俺はアカリちゃんに切り出した。
今日はハムとチーズのサンドイッチだ。味は良いのだが、パンがやたらフワフワしていて食べごたえがない。
育ち盛りの男の子なので、正直もうちょっと量が欲しい。
今度急いでいない時に食堂のおばちゃんにボリュームアップを頼んでみよう。
アカリちゃんは手元のパンに視線を落として、ぽつりと呟く。
「私が悪いのかもしれないし」
「いやだから、悪いわけあるか」
間髪入れずに否定した俺に、アカリちゃんが目を丸くする。
思わず強めな言葉になってしまったが、心底そう思っているのだから仕方ない。
「だってアカリちゃん全然悪くないもん。俺が保証するね」
「保証って何、もう」
あまりに強く言うのがツボだったらしく、アカリちゃんがくすくすと笑う。
アカリちゃん、普段は目立たないのだが、笑うとすごく可愛い。
イケメンがアカリちゃんみたいな子と付き合ったら、どうして付き合ってるのか理由を聞かれたときに「笑顔が素敵」とか答えるんだろうな。
イケメンめ、これ以上好感度を上げてどうするんだ。
「悪くないのに謝る必要ないよ。百歩、いいや百万歩譲って謝るとしたら、相手が何を悪いと思ったのか聞いてからでも遅くないと思うわけ」
「でも……」
「でももへちまもありません」
アカリちゃんのパンと俺のサンドイッチを勝手に交換する。
アカリちゃんが食べているパンの方が噛み応えがしっかりしていそうで、お腹が膨れそうだったからだ。
流されやすいアカリちゃんは、一瞬視線でパンを追いかけたが、されるがままだった。
ほら、そのままじゃこうやって、俺みたいなやつに搾取されちゃうよ。
いや、するなって話だが。
パンを千切って口に放り込みながら、続ける。
「だいたい、何が悪いか分からずに謝るのって、それはそれで不誠実じゃない? アカリちゃんだって『え? 俺また何かやっちゃいました? よくわかんないけどすみませーん』って言われたら腹立つでしょ?」
「それは……そうかも」
アカリちゃんにも腹が立つという感情があってよかった。
もしかしてイライラしたりとかしないのかと思っていたところだ。
「ね? だからすぐ謝るんじゃなくて、分からないことは聞けばいいし、嫌なことは嫌って言えばいいんだよ」
「……ルーカスは」
アカリちゃんが、サンドイッチを手に取った。
小さな口で一口、かぶりつく。
「ルーカスは、どうして私に優しくしてくれるの?」
「アカリちゃんに幸せになって欲しいからだよ」
俺もパンを食べながら、答える。
このパン、噛みごたえがあるのは良いがめちゃくちゃ口の中の水分を持って行かれる。
乾パンしかり、腹持ちのいいものは水分を持って行くのが世の常なんだろうか。
「だって、めちゃくちゃいい子だし。いい奴が幸せになった方が、なんかこう、希望があるじゃん。だからアカリちゃんには幸せになってほしいわけ。分かる?」
アカリちゃんが不思議そうな顔で俺を見ている。
分かっていなさそうな表情に思わず笑ってしまった。
まぁ当然だ。まだ出会って間もない人間に幸せを祈られたら、普通はその反応になるだろう。
仲のいい友達にだって、「幸せになってね」なんて言うのは結婚式ぐらいだろう。
パンを食べ終わって、膝の上のパンくずを払う。うーんと伸びをした。
「そんでさぁ、ジャンにも幸せになって欲しいんだよね。ああいう、なんていうの、当て馬的な? ずっと1番近くで見守ってきたのに、報われないとか。無いでしょ、フツーに」
「あてうま……?」
アカリちゃんが首を傾げる。
都合の良い時だけ耳が遠くなるところを見ると、本当に「ヒロイン」なんだなぁと実感する。
俺はへらへら笑いながら、答えた。
「二人の仲がいいと、俺が嬉しいってこと」




