10.便所飯か不登校かと心配されやしないだろうか
その日は屋上ではなく中庭で弁当を食べようという話になった。
ジャンは先生に用事を頼まれたので少し遅れるそうで、今はアカリちゃんが一人で待っている。
念のため場所をシエルが出現したらしい屋上から変えたものの、早く合流するに越したことはない。
俺は食堂でサンドイッチを受け取るや否や、ダッシュで中庭に向かった。
俺も寮生だったら弁当を持たせてくれたものを、我が家が学園から馬車で5分という超好立地にあるせいで自宅通学だった。
家でシェフに頼んだら弁当くらい作ってくれるのかもしれないが、友達のいないデフォルトルーカスが弁当なんて頼んでいるのが知れたら、すわ便所飯か不登校かと心配されやしないだろうか。
結局それが心配で尻込みして今に至る。
せっかく魔法が使えるのだから、もっと早く移動できたらいいのに。瞬歩みたいな。
中庭のベンチが見えてきた。アカリちゃんのほかに、もう一人いる。
あのふわふわした白い頭は……シエルだ。
2人が並んでいる様子を見て、気づいた。
緑の溢れる背景にベンチ、アカリちゃんとシエル。
今回デッキに編成しているシエルのサポートカード「SSRまどろみの誘い++」のイラストとよく似ている。
カードはアカリちゃんがシエルに膝枕をしている絵柄だった。
「眠たくなった」とか何とか言うシエルに流されるまま膝枕をしてやった結果、熟睡するシエルを起こせないまま授業が始まってサボる羽目になるのだ。
男は膝枕って嬉しいものだけど、女の子側はどうなんだ。男の頭を太ももに載せて嬉しいのか。
やっぱりそのあたり、男に都合の良い展開に思えてならない。
かと言って男の膝枕は男女問わず誰一人として嬉しくない気がするから、どうすればいいのか互いに得なのか、もう分からない。
好き同士ならなんだって嬉しいんだろうけど。
シエルはアカリちゃんの隣に座って、肩に頭をもたれかけている。
膝枕秒読みだ。
アカリちゃんは完全に困惑しきった顔をしていた。それはそう。
たいして親しくもない相手に肩に頭を載せられた時点でその顔になるのはやむを得ない。電車じゃないんだぞ。
「ふぁあ。ボク、ますます眠たくなってきちゃった。アカリちゃんのせいだよー?」
「え、え? あの、私……ご、ごめんなさ」
「いやアカリちゃんのせいなわけあるか」
すぱんとシエルの頭を叩き落とした。
「いたた、もー、何するのー?」
「冤罪の防止」
不満げな顔でこちらを見上げるシエル。
さすが女性向けゲームだけあって、目が覚めるような美形だ。
最近ルーカスの顔面にはやっと見慣れてきたが、見慣れないイケメンは眩しさに目がチカチカする。ブルーライトカットの眼鏡を掛けたい。
限りなく白に近い金髪をふわふわした三つ編みに結わえている。瞳の色は金色だ。睫毛にまでツヤツヤのハイライトが煌めいている。
隣にいる普通の女の子のアカリちゃんが霞んでしまうキラキラ具合だ。いいのか、それで。
「眠いのを他人のせいにするなよ、1人で寝ればいいだろ」
「ボク、お気に入りの枕がないと眠れないんだよねー」
「じゃあ起きてれば?」
「えー」
俺の言葉に、シエルが頬を膨らませる。
そもそも、まだお前アカリちゃんの膝枕で寝たことないだろ。
お気に入りかどうかの判定はどのタイミングでするんだ。めちゃくちゃ硬かったらどうする気なんだ。
「だいたい、どうしてそんなに昼間っから眠いんだよ。夜ちゃんと寝てるのか? 朝ちゃんと決まった時間に起きてるか? 起きて太陽の光浴びてる? 寝る30分前にスマホいじったりしてない? 適度な運動してちゃんと湯船に」
「うーん、むにゃむにゃ」
ごろんとベンチの空いている部分に横になるシエル。
都合が悪いからって寝て誤魔化そうとしやがった。枕はどうした、枕は。
叩き起こそうかと思ったが、ふと良いことを思い付いた。
「いいか? 睡眠欲というのは確かに人間が生きるうえでは必要な欲求だ。だがそれを適切に管理できてこそ人間は人間足りうる。欲求に振り回されるだけではただの動物と同等。すなわちそれを管理できないということは人間ではなく自らが動物であるとかなんとか云々かんぬん」
「ぐー」
よし。小難しげな話をすることで寝かしつけに成功した。
俺も話していて後半自分が何を言っているか分からなくなって来てたけど。
「さ、行こうアカリちゃん。」
「え? でも、こんなところで寝たら風邪引いちゃうんじゃ……」
「天気がいいから大丈夫、大丈夫。屋上に避難しよう」
心配そうにシエルの方を振り返るアカリちゃんの背中を押しながら、俺は中庭を後にした。




