パレード
通りのかまびすしさ。赤や黄の色をした音の波に「急げよ」と起こされる。今日は男の待ちわびたパレードの日。顔を洗って、朝食の犠牲に祈りささげる。
体はざわつき、心根は不規則に波立てる。時計の針は8と9。反面、メカニカルに刻む。
窓の外には黒い息を吐くパレード車、あまねく青空を色づけるカラフル風船。追従するのはいかつい演奏楽団。ラッパを鳴らし威嚇して、おどけたピエロすら怯む。その様に白い歯をのぞかせる恍惚の群集、無数。
パレードが近づいてくると、人々はドアを蹴破り嬉々として飛び出してくる。楽しいパレードを逃すまいと。
パレードの盛況は人の織り成す影すらにじり消して、ゆっくりと、通りから通りへ、街から街へと無尽に行く。踏みにじった数多にも気が付かないで。
影を尻目に少年少女は無垢にはしゃいで、派手なメイクと衣装のピエロに風船をねだる。ピエロ、「さらばよ」と風船に別れを告げる。俄然はしゃぎ立てる子供たちにも手を振って答えた。男の顔もほころぶ。
聖者も盗人も足並み揃えてパレードの歌謡う。誰しもが流れる日々など夢だと信じて。
パレードは現の触手に断固たる処断を下す。ラッパの音で、ドラムの連打で、ブーツの靴音で、ピエロの笑顔で、歓声で完膚なきまでに打ち消す。
人の間を縫い歩く男。男の姿など誰も気に留めない。誰も彼もがパレードに釘付けで、隣にいる人間さえ知れない。みんなパレードの歩調に合わせて進んでいる。男の目にはその様子がナメクジの行進に見えた。ユーモラスで騒がしく、のろまなナメクジ。
パレードの中間、暗雲が立ち込めるも、群集はなお酩酊状態だった。狂乱し鼓舞する。そんな群集をあざ笑う、終幕の大雨。熱帯びた鉄を冷ますかのような雨が、ざぁざぁと降りしきる。雨音に混じり、耳を裂く轟音のアナウンスが警報のように響き渡る。それを皮切りに、群集は霧散して家路を急ぐ。みんな一様に表情は険しく、雨雲を呪う。
誰もパレードには振り返らず、ただ、夢の残骸を辿って家路に戻る。そして、このとき初めて気が付いたかのように驚愕する。道端の浮浪者、路地裏のバイヤー、凍りつく寒さに。ある人は見て見ぬ振りをし、またある人は嘆き悲しむ。
男はパレードと共に消えていた。誰も知らない間、活況の内に掠め捕って、笑う。「人は皆のろまなナメクジだ」と。