2話
迷宮街。
「底なし洞窟の大迷宮」と呼ばれる迷宮の周囲を取り囲むように建ち並んでいるその街は今日も賑わっていた。人々は迷宮内で採れる魔石や鉱物、特殊な植物などの資源を求めて、迷宮の中へ入っていく。
街の中心にある迷宮の入り口では今日も人が大勢いた。
ピッケルを持つ集団。
荷車を引いていく人たち。
修行僧のような格好の人。
それぞれがそれぞれの目的で迷宮へ入っていた。
街中では迷宮に入る人向けの商売をしている人がたくさんいる。
食堂、酒場、ピッケルや武具を売る店、露店、宿。
この迷宮街は、今日も迷宮を中心に成り立っている。
そこら中から人の声が湧いてくる。
そこら中を人が行き交っていく。
そんな人混みの中で少年のような見た目の黒髪少女――クルムは歩いていた。クルムは人にぶつからないように人の中をきれいに避けながら歩いている。
周りの騒がしさとは真逆、静かなものだった。
左手には商売道具を携えており、服装もいつもの仕事服であるポッケがたくさんついた服だ。だがクルムは迷宮の中には入らず、街を彷徨っている。
数日前に自分の所属していた迷宮組合を解雇させられ、迷宮内での護衛の仕事を失ったクルムは新たな仕事を探していた。
ただしその仕事探しも上手くはいっていなかった。
街を彷徨っていたクルムは行きつけの食堂に入っていった。
正面に立てられたデカい木の看板には「マゼマゼ食堂」と書かれている。
店内はテーブル席が4つ、カウンター席が8つとなっている。客は奥のテーブル席に座っている小さな女の子、一人だけだった。
カウンターに囲われている厨房では、ここ「マゼマゼ食堂」の店主であるマンプ・ゲモテが暇そうにしていた。
「相変わらず人いねーな」
「お、なんだ今日は早いな」
「飲まないとやってられないんだよ」
「はっは、そうかい。
注文はいつもの?」
「ああ。マゼ飲みとなんか安いヤツ」
「了解」
マンプは注文を聞くとすぐに料理を作り始めた。フライパンに油を敷いて、横にあるボールから適当な量と種類の野菜を掴み、放り込む。野菜たちはジュージューとフライパンの上で音を鳴らす。
マンプの頭の中にはメニューなど無く、適当に安い材料を放り込んで炒めているだけだった。この店の料理のすべてがそんな感じである。値段に合わせて食材を適当に混ぜて炒める、それがここ「マゼマゼ食堂」の料理だ。
クルムはここの常連客であり、小さい頃、まだ彼女の両親が生きていた頃からの客だ。そのためマンプのその適当さは当然知っている。そしてそれが微妙な味わいなのも知っている。
微妙な味なのになぜ来るのかと聞かれると、それは癖になってしまっているからだ。幼少期から食べてた微妙な料理、両親が死んでからはかなりの高頻度で食べていた料理。もはやこれを食べないと落ち着けないという感じであった。いわゆる日常の一コマとなってしまい、それが無いと少し落ち着かないというものだ。
ただしほかの客全員もそうというわけではない。大半が一度来て、次は来ないとなっている。そのため客は少なく、来るのはクルムのような物好きか初見の客となっている。
「ほいっ、お待ちどう。いろんな野菜炒め、それとビルモドキ」
炒めたものを皿に盛りつけクルムの前に置く。そしてその横にケミカルな色合いをした液体が入ったグラスを置いた。液体からはなんとも言えない匂いが漂っている。
ビルモドキ。
通称マゼ飲み。
ビルというアルコールを含んだ飲み物に似た感覚、ようは酔った感覚を味わうことができる「マゼマゼ食堂」特製飲料だ。アルコールは一切含んでいないため、まだビルを飲めないクルムでも飲むことができる。ただし味は見た目通り変な味をしており、どちらかと言うと不味い飲み物だ。
「いただきます」
クルムはマゼ飲みをガっと口に注ぎ込み、続いて野菜炒めを放り込んでいく。そして再びマゼ飲みを注ぎ込む。
マゼ飲みを注ぎ、野菜炒めを放り込む、そのループは止まることなく進んでいき、あっという間にグラスと皿は空になった。
クルムは顔を少し赤く染めて叫んだ。
「オヤジ、もう一杯!」
「もう一杯か? 珍しいな、いつも一杯だけなのに」
「解雇されて、仕事なし。仕事探しても見つからない。雇ってもらおうにも誰も雇わん。……これで飲むなと?」
「まだ見つかってないのか?」
「見つからん。どいつもこいつも、トプのクソ野郎に目を付けられたくなくてオレを雇ってくれん。てか話しかけてもこねぇ」
「そいつはまあ大変だな。
お前、金はちゃんとあるんだろうな」
「まだあるよ」
「そいつは良かった。じゃあグラスを寄こせ」
「ほい」
マンプは受け取ったグラスへ新たにケミカルな液体を注ぎ込んでいく。
「まあだけど、目を付けられたくないってのはしょうがないだろ」
「はぁ、なんで?」
「なんでってそりゃ、迷宮組合はこの街一の組織だぞ。そんなところトップがクビにした奴仲間にして、目を付けられてみろ、めんどいことになること間違いなしだ」
迷宮組合は組織の一番上であるアイク・トプの性格こそあまり良くはないが、それとは別に組織の規模自体は一番だ。そしてその規模の大きさを利用し、資源の採掘・採取を行っていた。それによりこの街ではかなりの影響力を持っていた。彼に目を付けられる、それだけでこの街で生活することが難しくなるほどに。
「オヤジも雇ったりしてくれねぇのか」
「俺個人としては良いが、その後が面倒だ。最悪この店を潰すってなるかもしれないからな」
「こんなに客いないのに、潰す潰さないなんか?」
「これでも意外と赤字にはなってないんだよ」
二人の笑い声が響いた。
クルムは新たに注がれたマゼ飲みをチビチビと飲んでいく。
そもそも自分のせいで誰かに迷惑をかけるということはしたくなかったクルムはこの店で働かせてもらおうとは考えていなかった。
「今からでも頭下げてきたらどうだ?」
「絶対やだ。そもそもあいつは昔からオレを変な目で見て、気色悪いって思ってたんだよ
てかオレは全く悪くねぇし」
「そりゃそうか。
だけど現実問題、一体どうすんだい。このままだと手元の金は無くなるだろ。仕事も雇ってくれるような奴は多分いないだろうし……。一人で迷宮入るのか?」
「……」
迷宮には魔物がいる。クルムはそれを倒すことのみを今までやってきた。
たまに資源の採取について勉強しようとしたが、その度にトプに邪魔されていた。そのためクルムが持つ迷宮内での知識は魔物のことだけであり、魔石や鉱物の採掘、植物の採取の知識はほとんどないため、現時点ではそれで稼ぐというのは難しかった。
時間をかければ金欠となり生活の危機だが、それらの知識は手に入り、再び稼ぐことはできるようになる。
だがそれはクルムの持つある性格のせいでできない。時間をかけることは決してできなかった。
それに加えクルムは魔力がゼロだ。そんな人間が一人で迷宮に入るのは明らかに危険。そのため最低でも2人くらいで迷宮には入りたい。だが一緒に入ってくれるような人はいない。
この街を離れるのも手ではあるが、そうはしたくない。
「あー! イライラする!」
クルムはケミカルな液体を一気に口へ注ぎこんだ。口の中に苦いような甘いような、変な味わいが変な匂いと共に満たされていく。
自分の選択肢が明らかに少なかった。
空になったグラスがテーブルへ叩きつけられる。マンプはそれを呆れながらも、少し同情しながら見ていた。
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