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1話

 酒場では男たちが今日の疲れを忘れるように酒を飲んでいた。店内のいたるところから声が響き渡る。注文を受けたウェイトレスがせわしなく動き回る。厨房ではどんどん料理を作っていく。作られた料理はウェイトレスがすぐに運んでいく。

 ここは迷宮街にある酒場。

 今日は稼ぎ日だと、酒場の店長は休みの店員を急遽呼び、人数をいつもの倍にして客の対応をしていた。


 そのとき突然酒場の扉が勢いよく開かれた。

 客たちの笑い声や叫び声、それと注文が飛び交う中でバンッと軽く響いた。


 入ってきたのは左手に何本もの管が生えている黒い長方形の箱を左手に携えた黒髪の少年だった。いや胸の若干のふくらみが少年ではなく、少女であることを示していた。

 少女はまっすぐと進んでいく。

 ドンッドンッと足音を鳴らしながら進んでいった。

 その先にいたのはかなりの肥満体質な男だった。男はこの店で一番いい席で、一番いい酒を飲んでいた。両手にはきれいな女を侍らせ楽しんでいた。


「ん? どうしたんだクルム?」


 男は少女に気が付くと酒を飲みながらそう尋ねた。

 クルムと呼ばれた少女は足音からも分かる通り、かなり不機嫌な様子であった。


「どうしたじゃねぇ! なんなんだこれは!」


 そう言いながら突き付けたのは一枚の紙だった。そこには長ったらしく文章が書かれていた。あまりの文量のせいで、一つ一つの文字の大きさはあまりに小さかった。

 たった一枚の紙だが、進んでそれを読みたいとはならないというモノであった。


「なんだって……お前の解雇通告だよ? 学が無さそうなお前でも読めるように丁寧に書いてやったんだぞ」

「そんなのは分かってんだ! オレが聞きたいのはどうしてオレが解雇なのかってことだ!」


 クルムは叫びながら解雇通告をテーブルへ叩きつけた。男はそれを奇妙なモノを見るように見ていた。脇にいた女たちは面倒ごとにはかかわりたくないと、少し離れていた。


「どうして解雇……?」


 男はなぜそんなことを聞くのかとといった様子で首を傾けた。その態度でますますクルムの機嫌は悪くなった。だがそれを何とか抑えた。


「……ああそうだ」


 店内は叩きつけられた音が響いたことで皆の注目がそこに集まり、そして静まり返っていた。


「「「ギャハハハ!!!」」」


 だが静寂はすぐに笑い声に変わった。


「何がおかしいんだ!」


 クルムは睨みながら周りを見渡した。彼女を馬鹿にしたような目が注がれていた。

相変わらず周りの奴らは自分を笑っている。自分を馬鹿にしている。

 クルムは苛立ち、思わず自分の持つ箱へ右手が伸びそうになった。


「クックク、あんまり笑ってやるな。この哀れで生意気なクルムは、なんで自分が解雇されたのか分からない能無しなんだよ。ク、クッ……俺が今からちゃんと教えてやるから笑わんでやれ」


 そう言いながら男は笑い声を抑えながら、客たちを鎮めた。

 クルムは男の言葉に腹が立ったが、ここでなんか言っても話が進まないと舌打ちだけに留めた。


「チッ。それでなんでオレが解雇なんだ」

「それは、だな……まず俺らの収入源は何か分かるか?」

「魔石だろ、馬鹿にしてんのか」

「クック……してないしてない。クルムの頭のことを考えて話しているんだよ」


 どう見ても馬鹿にしている様子であった。


「まあ、それで、俺たち迷宮組合の収入源は迷宮での魔石、大量発掘だ。……大人数で迷宮入って、大量に魔石を発掘する、それにより多大な利益を獲得してきた。だが、迷宮には魔物がいたりするから発掘する奴らの護衛をする奴が必要だ」

「それでオレが護衛してたんだろ」

「そうだ。それでクルム、お前に護衛の一人をしてもらっていた。してもらっていたんだがなぁ、まあお前が必要なくなった」

「必要なくなったって」

「焦んなよ。まだ途中だ。

 お前は確かに強いぜ。お前の刀の腕はなかなかだ。そこは一応認めてる。

……だがなぁ、お前を組合に所属させていると新しく人が入んねぇんだよ。お前が、魔力ゼロの『ガラクタ使い』なせいで看板が汚れちまうからよ」


 魔力。

 この世界に存在する不思議なエネルギー。それは様々な今の世界を支えるエネルギー源にもなっている。

 そしてそんな世界でクルムは、人間なら誰もが持っている魔力がゼロであった。あまりにも少なく、誰にもあることに気づけない程度とかではなく、本当に、全く、僅かも、一切、魔力を持っていなかった。

 魔力を持たないということは、自身より力がある人や生物と戦う際、一歩――いやなん十歩も不利になる。その上戦う相手は自分とは違い魔力を使える。これではなん十歩どころではない何百、もしくはそれ以上の遅れとなってしまうのだ。


「魔力ゼロの奴を雇っている、そんな所の護衛は誰だって弱いと見るだろ。当たり前だろ。魔力がゼロなんだから。そうしたらそんな弱い護衛の所では安全に採掘できないって、新しい奴が入ってこない。そうしたら将来的には新人が入らず衰退しちまう…………うーん、これは解雇するしかないだろ」


 確かに理屈としては理解できる。

 理解できるのだが。

 だが、


「だけどそんなことオレを雇おうとした時から分かってたよな。なのになんで今更」


 そう。クルムが魔力ゼロなことは雇ったときから分かっていたことであった。そしてそれを踏まえた上でクルムは雇われていたはずであった。

 そして雇われてから現在に至るまでクルムは護衛を失敗したことはない。

 にも関わらず、なぜ今解雇にされるのか?


「そりゃ、お前が断ったからだよ」

「はぁ?」

「断っただろ。せっかくの俺の誘いを」

「チッ……そっちが本当の理由か……トプ」


 男は見た目と女を侍らせていたことからも分かる通り、女癖が悪い。持ち前の資金を使って多くの女性に手を出してきた。

 そしてそれはクルムも例外ではなかった。

 すべて断っていたが、それでも事あるごとに誘いを受けていた。


「そうだなぁ……まぁそうだよ。そうだよ! お前が断りさえしないでいればこんなことにはならなかったのにな!!」


 醜悪な笑みを浮かべながら、トプは興奮気味になって言った。

 クルムの解雇原因、それは腹いせによるものだ。

 自分が誘っているのに受けない。すべて断る。それがトプというその男の逆鱗に触れたのだ。まあだが、ある意味よく持っていたとも言える。クルムがトプの元で働いていたのは3年。その間何回も何回も断られていたが、腹いせで解雇にしなかったのだから。


 トプはビチャビチャと口から唾を飛ばしながら笑った。それに釣られて周りの客――迷宮組合に所属するクルムの元同僚たちも再び笑い出した。

 笑い声が酒場に響く。

 下品な笑い声が響く。

 蔑むような笑い声が響く。

 それらは全てクルムの癪に触っていた。

 クルムは血管が浮き出てきそうなほど苛立っていた。今度こそ左手に携えた、何本かの管が付いた黒い長方形の箱へ右手が伸びそうになる。その箱はただの箱ではなくクルムの商売道具である武器であった。

 たとえクルムの魔力ゼロだとしてもこれを使えば戦える。

 彼女の頭に浮かんでいたのは、自分を笑ってる、こいつ等全員の首を切り落とすことだった。

 黒い長方形の箱に線が走るように淡く赤く光りだす。


「おっ、それは抜くなよ。お前が俺たちを斬るのは簡単だろうが、斬ったら待っているのは全てを失っての監獄暮らしだぞ」

「……」


 その言葉で光はすぐに消えた。

 トプは満足そうにすると、


「ククッ……。それで良い。刀は抜くな。

 お前に残っている選択肢は二つだ。一つは解雇。こうなったら収入がなくなったお前はそのガラクタ刀のメンテができず、それは使いモンになんなくなるだろうな。そうなったらお前は、色んなものをどんどん失ってくかもな」


 ギリっと歯ぎしりの音がクルムから聞こえる。トプはそれをニヤニヤと笑いながら見ている。


「そして二つ目は、今、ここで、俺に、土下座して、誘いを断ったことを謝って、今晩の相手をさせてくださいって言うことだな。そうすれば解雇は取り消してやるよ」


 金が無く、貧乏なクルムにとって、職を失うというのは致命的であった。そのため、たとえ恥を忍んでも二つ目にするべきだったかもしれない。


「どうするのが賢明か、分かるよなぁ」


 クルムは箱を振り上げ、テーブルへ叩きつけた。テーブルに乗っていた酒や食事がこぼれた。食器は割れ、散らばっていく。


「なら一つ目で良い。……お世話になったな、このクソ野郎」


 そう吐き捨てたクルムは後ろを向き、自分の来た道を戻っていく。

 トプはクルムが一つ目を選んだのに驚いた顔になったが、すぐに先ほどのように戻り、


「そっちを選ぶのか! クッ、クック、クハッハハ。馬鹿か、学がないとは思ったがそこまで馬鹿か。……じゃあ良いぜ、お前は解雇、クビ確定だ」


 クルムは笑い声、馬鹿にする声を背に浴びながら酒場を出ていった。

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