先生に憧れる私
上村先生は診察が早い。
外来患者も入院患者も。簡潔かつ丁寧だ。殆どの先生が電光掲示板で遅れ遅れになっているにも関わらず、上村先生は時間ピッタリ終わり、余裕がある。
流石、東大医学部主席だ。
もっとも、じっくりと構って欲しい患者からすると、納得のいかない部分もある。
そんな外来患者の間では、「鬼姫」と陰で言われているが...。
先生は患者には淡白だが、スタッフには優しい。
上村先生に憧れる私。
かたや東大主席。かたや看護学部卒の凡人。比較できないほどの差である。
そう言えば、上村先生の家族構成がよくわからない。独身という事はないだろうが、指輪をしていない。貴金属はピアスだけ。時計も質素。いったいどうなっているのだろう。
ある日のこと。
日勤の私は、点滴している患者の浴衣に腕を通すため、介助をしていた。ちらりと患者の背中を見ると、大きな蕁麻疹が背中いっぱいに広がっていた。
この患者は、抗がん剤を使っている。
ナースステーションにいた上村先生に報告し、すぐに診察をしてもらった。そして、抗がん剤の投与は中止となった。薬疹だった。
点滴室には、たくさんの薬剤が置いてある。基本的には下にある薬剤部から届くのだが、緊急時には13階ある階段から2階の階段まで取りに行き、そして駆け上がる。
アンプルをパキッと割り、注射器で吸い取り、点滴を作っているときのこと...。
上村先生がひょこっと入ってきて、
「さっきはありがとう。じゃあね。」
と手を振って隣の呼吸器内科病棟へ行ってしまった。
ありがとうとごめんなさいが言える大人になりなさい、そう親に言われたのを思い出した。上村先生は人間としても立派だった。天は二物を与えるんだろうな、きっと。
ナースステーションで電子カルテに記載している時に、隣の病棟の男性看護師が私の方へ寄ってきた。
「お前、凄いな!」
「何だよ?」
「佐々木先生の次は上村先生かよ。モテ期到来じゃないか。」
「上村先生はそうじゃないだろ。」
「そうか?あの先生は最近、お前の事をじっと見てるぜ。」
私は胸を掴まれるような感じがした。案外、本人よりも周りの人が気づくことも多い。
「気のせいだろ。上村先生だって仕事中だろ。忙しいはずだ。」
「だからだよ。暇を惜しんでちょくちょくと絡んでくるわけさ…。ところでお前、熟女専門なのか?佐々木先生にしろ、上村先生にしろ。」
「何言ってんだよ。」
隣の呼吸器内科病棟の男性看護師は、私に散々絡むと去っていった。
上村先生が絡むとしたら、転生前の私だろうか?でも、最近というのが気になる...。