足音はそこに
怖い話、ですか?
そうですね……私、一つだけあるんですよね。
ずっとそれが気になってて……。あ、今は別になんともないんですけど。
でも……ちょっと聞いてくれますか?
これは、私が地元にいた時の話です。
今でこそ、小さなショッピングモールもできて、まぁまぁ栄えた駅なんですけど。
当時は何だか垢抜けない、とっても暗い駅でした。
そこは乗り継ぎも悪くて、本当に地元の人しか使わない所。ホームへの階段も1つしかない、少し寂れた駅です。錆びた看板をぼうっと見ながら、電車を待つような。
この駅、ちょっとカーブがあるような駅で。
土地の買収が上手くいかなかったとかで、無理やり建てたらしくて。見通しが悪いんですよね。
まぁ電車が来たら音で分かりますから、特に問題はない、はずなんですけど……。
何故だか、人がよく線路に落ちるんです。
確かに、暗い雰囲気の駅ではあるんですよ。さっき言ったように看板も錆びてるし、ちょっと外れかけてたりしてたし。
あと上に囲いがあるっていうか……日当たり的な問題かな?
地下でもないのに、なんか暗いんですよね。
陰鬱としてるというか。
でも別に自殺の名所って訳でも……ほら、そういうのって、ちょっと人が多いところの方が、あるじゃないですか。
それに比べてうちの地元の駅って、本当に地元の人しか乗らないから、そもそも閑散としてるんですよね。
人がそんなにいなくて、いつもホームにいても、私以外は1人か2人いるかなって感じで。時間にもよりますけどね。
でも多くても2桁はないかなぁ。各駅停車しか止まらないですから。
風の音が、泣いているみたいに聞こえる駅です。
今まで私は噂では聞きつつも、実際には見た事なかったんですよ。
電車で帰ってくる時に、止まったとかはあったんですけど。
でもその日はーー遭遇しちゃった。
最初はもうすぐ電車が来るなーって、ケータイを見てたのかな、たしか。
その時に、コッコッコッて、右側から音がしました。 足音ですね。
そう、丁度ローファーとか革靴とか、そういうもので歩く足音。私も履いてたので分かります。聞き慣れた音です。
特に不思議でもない音なので、私はそのままケータイを見てました。
いやぁ、本当に何もないので暇なんですよね。
足音はそのまま、後ろを通り過ぎて行きました。
しばらくして、電車のガタンガタンッという音が聞こえ、カーブを曲がりながら駅に入ってきます。
私はなんとなく、後ろの車両に乗るのが習慣だったので、その日も私より右には人がいなかった。
つまり私が一番最初に、電車を見る位置にいました。
プォーと音を出して、風が髪を揺らします。この時の風の音が、うわぁぁぁんと高い音なので、泣いているようだと言われるんですよね。
私はケータイから目を離して、電車の方を見ました。
でもなんか、変だったんです。
その日の電車。
今思えば急ブレーキをかけてたんでしょうね。
いつもは鳴らない、キキーッていう、金属を擦り合わせる嫌な音が耳に届きました。思わず目を瞑って、耳を押さえました。
……しばらくして、電車が停まった気配がします。プシューって音がして、風が止んだんです。
だから、目を開けてみました。電車が止まってます。
けど、ドアの位置がズレてる。
ん? と思って耳から手を離して、何事かとキョロキョロし、不審に思って電車の前の方へ歩いていくと、乗務員さんが慌てて降りてくるところでした。
そのまま焦ったように、「大丈夫ですか⁉︎ 生きてますか⁉︎」って声をかけてるから、あぁ人身事故だって分かったんです。
電車は止まってしまって、私もホームから出されます。
ホームにいたの、私だけだったんですよね。
私はさっき聞いた足音の主が、線路に落ちたって思いました。
見てなかったけど、気付いてぞっと……背中が冷たくなりました。
後から聞いた話だと、その時落ちたのはサラリーマンだったみたいです。
やっぱりなって思いました。
だってあの足音、革靴系の音だったから。
仕事が大変だったのかなって、時間が経ってしまえばどこか他人事でした。
だけど事故があったからって、日常が変わる訳じゃない。
その日はかなり待ったけど、普通に学校へ遅延証を持っていって、授業を受けました。
クラスメイトに同情されましたね。
朝から災難だったねって。
私もそう思いました。
まぁでも、こんな事もう起こらないだろうと、もう2度と遭遇しないだろうと思ってました。
その日の帰りも別に問題なかったし、何日もその駅を使っているうちに、私の中でそれは色褪せていきました。
だってその駅使わないと、学校に行けないんです。
日常の繰り返しの中で、そんな事は忘れたかのように、慣れてしまいました。
そんな折に、ある話を聞きます。
「あの駅では、電車の1番ドアの位置からしか、人が落ちない」
誰が言ってたのかなぁ。
噂好きの妹ですかね……あっそうそう、妹ですね! 思い出しました!
妹から、私はそんな噂を耳にしたんです。
ただの噂じゃんって、そこでは笑ったんですけど。
そういえばあの日人が落ちたのは、ホームの結構前の方だったんじゃないか?
ふと……忘れかけていた、その記憶を思い出して、そんな考えが浮かんだんです。
あのサラリーマンが落ちた時、私がその場にいた事。
実際、落ちた所を見た訳ではないんですけど。なんか気になっちゃったんですよね。
それは怖いもの見たさ、というか、興味本位だったと思います。
次の日の朝、私はその1番前のドアの位置を、覗きに行きました。
その時ホームには私しかいなかったから、ちょっと悪戯を隠すような気持ちですかね。見られてないからいいかなって。
まぁ当たり前なんですけど、別にその場所に何かある訳じゃないんですよね。
乗車位置の印を眺めても、線路を眺めても、特に他のところと変わったようには見えません。
強いて言うなら、なんかよく分からない黒いシミはあったけど。
でもそのくらい、他のところにもありそうだし。
なんだか私はガッカリして、そこで待ってたって同じなのに、わざわざいつもの位置までホームを歩きました。
その時、私と同じ歳くらいの女の子とすれ違いました。
私とは別の学校の制服ですね。
あそこ制服は可愛いのに、靴下と靴が白指定なんだよなーと思いながら、歩いてました。
今時白ソックスに、白スニーカーはちょっとダサいなって。
いつもの位置にわざわざ戻ってきた私は、やっぱり電車が来るまで暇です。またケータイをいじります。
友達から「やばい! 宿題やってない!」って連絡が来てて、バカだなーって思い、コッコッコッっていう足音を片隅に聞きながら、返信してました。
やがてガタンガタンッと、いつもの電車の音がします。
あー電車来たな、と思って顔を上げました。曲がってくる電車が見えます。
なんとなくその日は、電車の先頭、顔の部分みたいな所を眺めて視線で追いました。
プォーと音がして、ブワッと風が来て。
うわぁぁんうわぁぁぁんと、泣き声のような音が鳴る。
いつも通りです。
いつもと違うのは、私がわざわざ電車を視線で追ってるくらい。ホームに入ってきても、なんとなく見てました。
ホームはカーブを描いているので、目に見えるホーム内に人はいません。
あの子は多分、先頭の方に行ったんでしょうね。そうするとギリギリ見えないので。
その時、キキーッと、あの不快な音を立てて、電車が急停車しました。
電車が、揺れる。中の吊り革が、揺れているのが見える。……また、ドアの位置がズレた所で、電車が止まったんです。
前の方を見ても見えないから、混乱してバッと右側の方を……電車が来た方を見ました。
当たり前ですが、電車がホームに入りきらずに停まっています。
その時私は、初めて気付いたんです。
右側から靴音が響いていたのは、おかしいって。
こんな小さな、寂れた駅です。
ホームへ降りてくる階段は、中央にあります。それが1つだけ。
私は電車の最後尾の位置に並ぶので……。
そもそも後ろを歩く人、いないですよね?
そして私はさらに気付きます。
さっきの女の子。
ローファーじゃなくてスニーカーだった。
私はこの事故の直前に、ホームに他の人がいないのをこの目で見ました。
だからそもそも不自然ですけど、足音がしたとしたらその子しかいないはず……ですよね?
でも私はさっきすれ違って見てます。
あの子は、白いス二ーカーだった。
靴音……するはずがない!
それも最前列から、こっちに来るはずがない……!
怖くなった私は、バッと後ろを振り返りました……もちろん、誰もいません。
乗務員さんとか駅員さんの声が聞こえる、ただのホームです。
ほっと胸を撫で下ろしました。
その時、風が吹いて、耳に残るあの音が届きました……。
「次ハ、ぉ前ノ番ダ」
私はその後親に必死に頼み込んで、車で送ってもらうようになりました。
あの後1度も、地元の駅は使ってません。
今も怖いんです……だってあそこに行ったら。
次は私だから。