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夢の続き

作者: 春羅
掲載日:2019/08/20


「土方先生が……戦死されました……!」


 なんだ……? この悪夢は。これは単なる悪夢だ。


「そんな……っ! 土方さん!」


 知らせにきた田村銀之助も、同じ病室で無為の時を過ごしていた春日左衛門も、肩を震わせて嗚咽する。


 待ってよ。信じちゃうのかよ。


 俺は信じない。真っ平ゴメンだね。


 歳さんが、あの歳さんが敗けるわけない。


 信じない。


 俺を置いて……我が子みたいに大事にしていた新撰組隊士達を置いて、死んでしまうわけがない。


 信じられないよ。


 志半ばで、死ぬなんて。


「二人とも……おかしいよ……なんで泣いてんの?」


 笑っちゃう。


 敵の罠なんじゃないの? 俺達の戦意を失わせる為の。


 だとしたら、効果抜群だ。 


「伊庭さん……」


 そんな涙目で見られても困るよ。それよりも。


「銀之助、君は歳さんの元小姓だろ? 早く行ってあげなよ。きっと若い兵士の力が必要な筈だからさ」


 俺はこんな腕しててまた撃たれちゃったから、役に立てそうもないんだ。


 ――……


「俺は、伊庭だけは羨ましい、とか思っちまうんだ」


 ――……


 なんで急に聞こえるんだよ、十年以上も前の声。


 どれだけ嬉しかったんだっけ? 本当に、悲しくなっちゃうよ。



「へぇっ?」


 俺の声がひっくり返ると、歳さんはもう後悔気味に、恨めしげに睨んできた。


 いくら怖い顔されたって、ほっぺが赤くちゃ効果はないね。


「うわぁマッジで? どこが? やっぱ顔? いやいや、歳さんもイケてるって!」


 照れ隠し? ううん、違うんだ。


「あとはぁ、モテッぷりとか? だってほらぁ、俺って歳さんと違ってめっちゃ優しいしぃ」


 あーあ、すごい眉間の皺。


「つかさぁ、宗次郎とかにバラしてきてもいい? 涙流して喜ぶよねっ」


 うん、逃げたかったんだ。


「……わかってる癖に、誤魔化すな」


 俺は、歳さんにだけは、そう言われたくなかったよ。


 周りからの羨望と好奇の目は、物心付いた頃からの慣れっこだった。


 江戸三代流派の一つ・北辰一刀流道場の跡取り。幼少からの恵まれた環境。


 だから俺は、できて当たり前の人間だった。違うな……できなければいけなかったんだ。


 誰も、俺を名前では呼ばなかった。


 “伊庭道場のご子息”


 それが俺の役割だった。


 “小天狗”とか異称されるくらいの剣技を身に付けたって、褒められるのは“血筋”だけ。


 羨ましがられるのも妬まれるのも、いつものこと。だから歳さんには言われたくなかった。


「今日もサンナンと言い合いになっちまって……どうも性に合わねぇんだよ」


「え……?」


 歳さんは首の後ろを掻きながら捻ってる。溜息を吐きながら続けた。


「お前の半分でも愛想ってもんがあればなぁ」


「……アイソ?」


 繰り返す俺の声で大失言を実感しちゃったのか、耳まで真っ赤にしてる。こんな盛大な口説き文句は初めてだよ。


「ヤメだ! 帰るぞ!」


 空中でやたら手を振ると、さっさと先に行ってしまった。わざと顔を見えなくしてるのがバレバレなんだけど。


 講武所の剣術師範の話、請けようと思う。


 身分とか家柄とか、くだらない壁を取っ払って仲間にしてくれた試衛館のみんなは、春には上洛してしまう。


 こんな上っ面なんかもういらない、全部捨てて一緒に行きたいって、何度も思ったけど、それもヤメにしよう。


 俺にはこの“表面”を被って生れてきたわけがあるはずだ。


 進む道は違っても、志が一緒だから……真っ直ぐに歩いていけばまた繋がれる気がするんだ。


「歳さん! ありがとう!」


「うるせぇバカ! 早く来い!」



 旧幕府軍、降伏の朝。


 白く霞む五稜郭は幻みたいだ。


 ついにこの床を離れることができなかった。


「榎本さん、悪いけど」


 榎本武揚は、一点の汚れもない、まっさらの軍服で身を包んでいる。声を掛けるとあからさまに頬を歪めた。


「俺はさ、官軍とやらの手に掛かるくらいなら死んじまった方がマシだな」


 田村はギュッと口を結んで頷いたけど、榎本は野蛮なものでも見下げるように、取り出した短刀に待ったの手を出した。


「そんな姿で腹を切られては痛々しくて見ていられない。どうか、これを……」


 痛み止めでも、量を間違えれば二度と目を開けない。


 やっと、みんなにお別れを言わなくて済む。


 いつもの、夢の続きだ。







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