夢の続き
「土方先生が……戦死されました……!」
なんだ……? この悪夢は。これは単なる悪夢だ。
「そんな……っ! 土方さん!」
知らせにきた田村銀之助も、同じ病室で無為の時を過ごしていた春日左衛門も、肩を震わせて嗚咽する。
待ってよ。信じちゃうのかよ。
俺は信じない。真っ平ゴメンだね。
歳さんが、あの歳さんが敗けるわけない。
信じない。
俺を置いて……我が子みたいに大事にしていた新撰組隊士達を置いて、死んでしまうわけがない。
信じられないよ。
志半ばで、死ぬなんて。
「二人とも……おかしいよ……なんで泣いてんの?」
笑っちゃう。
敵の罠なんじゃないの? 俺達の戦意を失わせる為の。
だとしたら、効果抜群だ。
「伊庭さん……」
そんな涙目で見られても困るよ。それよりも。
「銀之助、君は歳さんの元小姓だろ? 早く行ってあげなよ。きっと若い兵士の力が必要な筈だからさ」
俺はこんな腕しててまた撃たれちゃったから、役に立てそうもないんだ。
――……
「俺は、伊庭だけは羨ましい、とか思っちまうんだ」
――……
なんで急に聞こえるんだよ、十年以上も前の声。
どれだけ嬉しかったんだっけ? 本当に、悲しくなっちゃうよ。
「へぇっ?」
俺の声がひっくり返ると、歳さんはもう後悔気味に、恨めしげに睨んできた。
いくら怖い顔されたって、ほっぺが赤くちゃ効果はないね。
「うわぁマッジで? どこが? やっぱ顔? いやいや、歳さんもイケてるって!」
照れ隠し? ううん、違うんだ。
「あとはぁ、モテッぷりとか? だってほらぁ、俺って歳さんと違ってめっちゃ優しいしぃ」
あーあ、すごい眉間の皺。
「つかさぁ、宗次郎とかにバラしてきてもいい? 涙流して喜ぶよねっ」
うん、逃げたかったんだ。
「……わかってる癖に、誤魔化すな」
俺は、歳さんにだけは、そう言われたくなかったよ。
周りからの羨望と好奇の目は、物心付いた頃からの慣れっこだった。
江戸三代流派の一つ・北辰一刀流道場の跡取り。幼少からの恵まれた環境。
だから俺は、できて当たり前の人間だった。違うな……できなければいけなかったんだ。
誰も、俺を名前では呼ばなかった。
“伊庭道場のご子息”
それが俺の役割だった。
“小天狗”とか異称されるくらいの剣技を身に付けたって、褒められるのは“血筋”だけ。
羨ましがられるのも妬まれるのも、いつものこと。だから歳さんには言われたくなかった。
「今日もサンナンと言い合いになっちまって……どうも性に合わねぇんだよ」
「え……?」
歳さんは首の後ろを掻きながら捻ってる。溜息を吐きながら続けた。
「お前の半分でも愛想ってもんがあればなぁ」
「……アイソ?」
繰り返す俺の声で大失言を実感しちゃったのか、耳まで真っ赤にしてる。こんな盛大な口説き文句は初めてだよ。
「ヤメだ! 帰るぞ!」
空中でやたら手を振ると、さっさと先に行ってしまった。わざと顔を見えなくしてるのがバレバレなんだけど。
講武所の剣術師範の話、請けようと思う。
身分とか家柄とか、くだらない壁を取っ払って仲間にしてくれた試衛館のみんなは、春には上洛してしまう。
こんな上っ面なんかもういらない、全部捨てて一緒に行きたいって、何度も思ったけど、それもヤメにしよう。
俺にはこの“表面”を被って生れてきたわけがあるはずだ。
進む道は違っても、志が一緒だから……真っ直ぐに歩いていけばまた繋がれる気がするんだ。
「歳さん! ありがとう!」
「うるせぇバカ! 早く来い!」
旧幕府軍、降伏の朝。
白く霞む五稜郭は幻みたいだ。
ついにこの床を離れることができなかった。
「榎本さん、悪いけど」
榎本武揚は、一点の汚れもない、まっさらの軍服で身を包んでいる。声を掛けるとあからさまに頬を歪めた。
「俺はさ、官軍とやらの手に掛かるくらいなら死んじまった方がマシだな」
田村はギュッと口を結んで頷いたけど、榎本は野蛮なものでも見下げるように、取り出した短刀に待ったの手を出した。
「そんな姿で腹を切られては痛々しくて見ていられない。どうか、これを……」
痛み止めでも、量を間違えれば二度と目を開けない。
やっと、みんなにお別れを言わなくて済む。
いつもの、夢の続きだ。
了




