せんぱい
ツンツン、と肩に硬いものが当たる。
ふっと斜め上を見ると大好きな顔があった。
「せ、んぱい」
5分前から考えていた笑顔で私はわざとひらがなで先輩を呼ぶ。
先輩が私を小突いたスマホをポケットに滑り込ませる。
私は、その指をじっと見ていた。
指をたどって、先輩を見る。
指の先から、バレないように、ゆっくり、先輩の顔をまでたどる。
指先、腕、肩、首、顔。
先輩はいつものくしゃっとした笑顔で私を見る。
「待たせて、ごめんね」
ああ先輩だ。
私は、待っていた間考えていたセリフを言う。そのために、わざと2分前の先輩の「ちょっと待ってて」には返信しなかった。
「せんぱいへの返信...考えてたら、先輩の方が、先に来ちゃった」
先輩はニッと笑うと、
「カワイイな、この」
そう言って、また、スマホでちょんと私を小突く。
スマホから、先輩の体温は伝わらないんです。
ほんとは手で、触れてほしいな、 ほら、人間のあったかさって、特別じゃないですか。
言いたい言葉をそっと飲み込んで、私は先輩の後を歩く。
サークルのみんなとの合流先まで、最寄りが一緒の私たちはいつも一緒に行っている。
周りの人たちは、私たちをカップルだと思ってるかな。
その人たちの記憶の中だけでいいから、カップルになりたいな。
先輩の彼女に、なりたいな。なりたかった。
先輩には彼女がいる。
知ったのは、昨日のサークルの飲み会だった。
汚い居酒屋。
そんな、全くロマンチックじゃないところで、私の恋は、終わったのだ。
しゅわしゅわとなるビールの泡と一緒に、私は先輩への思いを飲み込んだ。
先輩はいつも、私のこと、可愛い妹っていうね。
相談は深夜だろうと乗ってくれたし、飲み会の時は「絶対飲むなよ」と釘を刺して、いつも隣にいてくれるね。
いつも笑って、私の話聞いてくれる。テスト前の勉強会では、つきっきりで教えてくれたね。
先輩、私、先輩にもらったルーズリーフ、使わないでとってあるんだ。
でもね、先輩。
...やっぱりいいや。
ごめんね、先輩。
キスの妄想も、それ以上の妄想も、した。私だけ、好きだった。
私だけが先輩のことを、汚してたんだよね。
作った言葉、作ったそぶり、私だけが真っ正面に、先輩にむきあってなかった。
ごめんなさい。ごめんなさい、先輩。
でも私、まだ懲りてないの。
まだ、どうやったら先輩に可愛いって思われるか、考えて、作った行為をしちゃうの。
「どうしたの」
先輩が私の方を振り返って、微笑む。
「待って、せんぱい」
私は小走りで、先輩の方に駆け寄った。