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色落ちおめかし 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おお、つぶらやくん。君の服もだいぶくたびれているねえ。

 確かに今日は清掃業務がメインだから、汚れてもいい格好にしてくれとは頼んだが……いやはや、いかにも生活感があふれていると思うよ、うん。

 ああ、気に障ったのならごめんよ。私の地元では、そういうくたびれた服というのは、特別な意味合いを持っていてねえ。それで嫌みではなく「いい服」だと思ったのさ。


 ――おや、その顔は私の言い分を、疑っているといったところかな?


 よろしい。それじゃ、私の地元に伝わる昔話をお聞かせしようか。

 ああ、聞きながらでもちゃんと手を動かしてくれよ。終わるまで帰ることはできないからね。


 服がくたびれているという表現、なかなか比喩がきいていると思わないかい? その理由はずばり、汗をはじめとする汚れにより、服が汚くなっているために起こる。私たちも他人が汗をかいているのを見て、疲労の指標にすることもしばしばだろう。

 だが、服にとってもう一つ、疲れ具合の大きな判断材料としては、「色落ち」があげられるだろう。それに関する話が、今回のメインさ。


 とある領地の隅に、領主が選りすぐった美男美女が住まう村が作られていたという。

 下は5歳から、上は50歳に至るまで、田んぼの検地が行われる際、現地に向かった侍たちによる審査を第一次とし、太鼓判を押された者は領主館に招かれて、直々に選別が成されたという。

 競争に勝ち残ったものは、納税、兵役を免除されて、その村に住まうことになる。

 かといって、ぐうたらと暮らすことは許されない。食料の配送もかねて、定期的に領主おつきの侍たち、侍女たちが訪れて、それぞれの男女の顔、体つきを確認してくるんだ。

 その際に基準を下回った者は、ただちに生家へ帰されることになる。互いの美貌を汚す争いごとに関しては、例外なく両成敗に処し、服装も領主たちが見繕ったものをまとう必要があったりして、拘束のある暮らしだったという。

 

 その服に関してなんだけれども、村で暮らすものに支給される服は、普段の生活では到底着ることのできない、色彩豊かな生地を持っているが、二ヶ月に一着のみ。次の交換の時が訪れるまでは、着たきり雀の一張羅で過ごさねばいけなかったという。

 交換が近づくと、大洗濯会が行われる。村の中央広場へ、中に家がまるまる一軒建てられるのではないか、という巨大な桶が力のある者が総出で運ばれ、汲んできた川の水が並々と注がれる。

 洗濯は何度かに分けて行われる、踏み洗い。老若男女を問わず、桶の中に次々と入り込み、もろもろの服たちを足踏みの刑にかけていく。まだ石けんが伝わっていないご時世では、このように刺激を与えないと、汚れがなかなか落ちなかった。

 夏場はいい。裸でいることに抵抗がない者は、脱いだ自分の服を存分に踏みながら、半ば水遊びに興じていた。

 しかし、冬場となると水の中は、潜った足先を四方から串刺しにせんと迫る、冷気たちの拠り所。服を脱いだ者はもちろん、当番以外はよほどの物好きしか足踏み洗濯に参加をせず、必然、時間がかかることになる。終えた時には、ほとんどの足が真っ赤になっていたという。

 

 村人全員のものを片付けるには、水の入れ替えを数回行う必要がある。いったん服を取り出す段になると、着ていた服たちのほとんどは色が落ちてしまっている。当然ながら水は汚れ、ほとんどの服たちはよそから移り住んできた色をその身に宿し、ちょっと人前には出せない、色の不調和ぶりをさらしてしまっている。

 服は侍たちが村に来た際に、替えの衣服と交換になるのだけど、洗った水の扱いに関しては特別な取り決めがあったそうだ。次の洗濯に取りかかるにあたり、服をいったんすべて桶の外へ退避させた後、水をたたえたまま桶を運ぶのだが、行き先は村はずれにある、かれ井戸なんだ。

 掘られてからかなりの年月が経っている代物。すでに水が出るどころか、自然に溜まった土と砂利たちに埋め尽くされて、いまや井戸の縁から底まで、子供の腰すら隠せないほどの浅さしか残っていない。

 そこへ様々な色を宿し、混ざり合った桶の水が、こぼれないよう慎重に注がれていく。桶が空っぽになる頃には、いっとき、あふれんばかりのかさになるかれ井戸だったが、ぐんぐん水を吸い取っていく。また別の組の洗濯を終えて戻ってきた時には、わずかに黒ずんだ色を残す井戸の底が見えるばかりで、新しい洗い水を受け入れることに、なんの支障もなかったという話だ。


 なぜ、わざわざ井戸の中へ、染まった水を戻さねばいけないのか? 村に住まう年少の者たちが、大人たちに尋ねたところ、彼らはこう答えたそうだ。


「この色はすべてねえ、神様がまとうものなのさ。昔は、人身御供だとかで、生け贄として選ばれた者が、選ばれた服を着て、神様の下へと捧げられたんだ。時には服を着せられたはしから刃物で肌を傷つけられて、血を服へ染みこませることも、行われたらしい。

 けれど、そのように民を犠牲にするのをよしとしなかったご先祖様たちが、今の形式に置き換えたとのことだよ。そして神様もまた、美男美女を好む。私らもあんたらも、好きでこのような姿に産まれたわけではないにせよ、神様には好かれる者と認められたらしい」


 年少の者も「はあ〜」と感心のため息をつきながらも、まだまだ規則で許されている範囲での遊び事に熱中したい年頃。下手に身体を傷つけるといけないので、全力での鬼ごっこなどはしなかったみたいだけどね。


 そして、冬がすっかり通り過ぎた、春のある日。

 その日は明け方からなかなか太陽が昇ってこなかった。空は別段、曇っているわけでもないのに、一同はまだ夜だったかと、勘違いする者もたくさんいた。

 しかし、規則正しい生活を続けてきて、いつも日の出と共に起きてきたという青年のひとりはいつも通り、川へ水を汲みに出かけようとしたんだ。

 それが、通り道にある、件のかれ井戸のところまで来て、「あっ」と声あげ、尻もちをついてしまう。駆け寄った他のみんなも、思わず自分の口に手を当てて、動けなかった。


 井戸の縁から、黒い影が這い上がってきていたんだ。ぬちょり、ぬちょりと人にそっくりの四肢を持った姿で縁を上がりきったそれは、そのまま地面へだらりと寝そべった。

 よく見るとその黒は、時々、桃色や青色、その他の色彩へ、しきりに変化を続けている。いずれも、村の住民たちがこれまで身につけて来た服のそれと、同じ染まり具合に思えたそうだ。

 だが、地面に這いつくばっていたのは、わずかな間だけ。そいつはむくりと上半身を起こすと、集まったみんなの方へおもむろに手を伸ばしてくる。最前列にいた者たちは、わっと蜘蛛の子を散らすように逃げてしまったが、比較的、距離が開いていた者は、更に驚くべき光景を目の当たりにした。

 影の手は、中空の一点でぴたりと止まったかと思うと、それ以上は自分たちへ伸びてこず、上方へ。もちろんそこには、何もないくうがあるだけのはずだった。

 それを影は、まるで壁があるかのように腕といわず、身体といわず、両足といわず、先ほど手をついた場所を起点に、ネズミを思わせる動きで登り始めたんだ。

 足が地面を完全に離れてからは、もっと早い。影の動きを追って全員が頭上を見上げた時には、すでに例の影は見えなくなっていたんだ。

 その代わりにのぞくのは、先ほどまで暗かった空に、もたらされた無数の色。

 空全体を染めるのは、普段、目にする青を基調に、桃色、黒色、黄色、緑色……それぞれが雲をかたどったかのように、ところどころにまぶされていたんだ。


「空が、服をまとった。おめかしをしおった」と、それを目撃した人たちは語り継いだとか。


 色落ちするのは、天が服の色を欲するからだ。私の地元ではそのように伝わっており、くたびれた服というのは、ある意味で良い意味を持つものといえた。

 しかし、いつの頃からかこの風習は姿を消してしまう。一説によれば、見目麗しい者たちが集まらず、また服を仕立てる職人たちも、従来よりも劣る年があったとか。

 その時にも影は現れたが、例の見えない壁を登る段で、唐突に落下して真下にいる者たちを直撃した。その時に地面へぶつかった影の跡は、大人とほぼ同じ大きさしかないものから広がったとは思えないほどの範囲に及び、村全体をほぼ覆いつくさんばかりだったという。

 巨大な水滴を落としたように、中心から枝分かれした影たちは、地面を伝って村の隅へと疾駆した。それに触れたものは、人も家も道具も、底なし沼にはまったように影の中へ沈んでしまったという。

 きっと天の神様が今回のおめかしが気に入らず、かんしゃくを起こしたのだろう、と生き延びた人々は語った。

 今なお、天のおめかしが行われているという話はないが、あれ以上のたたりも起こっていないらしい。もしかしたらその一件で、私たち人間は、天に見切りをつけられてしまったのかもしれない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです! この大洗濯会の発想は、現代で衣替えの時期とかに色々趣向を変えて行われたら、意外にもなかなか面白そうな行事(町おこしとか)にもなるんじゃないかと、ふと思ったりしました(笑) …
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