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後編

初めのほうのシリアス臭がひどいですが、さらっと読み飛ばしても大丈夫です。



 無駄のない作りをした殺風景な私に与えられた部屋。出れない籠。窓から手も出せない。


 あーあ。

 私の人生ってどこにあるのだろうって、ときどき考える。

 両親も兄弟も恋人も夫も子供もいない。私には何もない。誰もいない。最初から。

 お金は少し貯めたけど、初めはそれすらもなかった。

 夢もない、やりたいこともない、やるべきことも何もない。

 希望も絶望もない。ただ平穏な毎日を甘受するのみ。

 私は気がついたら、そこに、いた。

 両親の記憶はない。

 マオウの城で、ニンゲンたちやマジンたちに囲まれていた。

 少しずつ雑用を教わって、少しずつ物事も教わって。

 そのうち、みんなと一緒に働くようになった。

 憶えているのかな。私に一番最初にお菓子を差し出してくれたのは、ヨバーメ様だった。

 小さいニンゲンに慣れていなかったのか、少し挙動不審で、それでも、私にお菓子を食べさせてくれた。

 あなたが、お菓子をくれたから、私はお菓子が好きになったんだよ。

 あなたが、お菓子をくれたから、城で働くニンゲンも、両親を殺したらしいマジンたちも、好きになったんだよ。

 あなたが、お菓子をくれたから、あなたが好きになったんだよ。あなたの元で働くのが好きになったんだよ。

 私には今でも何もない。

 私をかたどるのは、ヨバーメ様の秘書という職業だけ。それだけ。

 何かために生きているワケでも、何かをするために生きているワケでもない。

 私がヨバーメ様の秘書を辞めたら、私ではなくなる。

 空っぽの私は、あの怖いマジンたちが棲まう城でしか働けない。

 高いお給料が好きだったのも、私があの城で働いたという証を目に見えて貯めることができたから。

 私、あのお城に帰りたいの。

 私には幸せというモノがわからない。

 中身が空っぽだから、わからない。

 ひとつだけ、わかっているのは、私が居たいのは、ヨバーメ様の側だということ。お城で働いていたいということ。

 ニンゲンに害を成す、マジンたちのお世話を、ニンゲンの私はしたい。

 食べられない正義より、食べさせてくれたお菓子を、私はとる。

 いつか、迎えに来てくれるのを待ってる。待ってるくらいは、私でも、しても、いいよね。



 ハッ。いかんいかん、つい弱気になってしまいました。

 ダメですね。ヨバーメ様なんていう弱小マジンの助けなんて待っていては、何百年後になってしまいます。

 おばあちゃんを通り越して骨になってしまいます。

 ここはやはり自力でなんとかしたいところ。

 何か策はないのだろうか。


「シナイさんはどこ出身なんですか?」

 ハロウが口を開いた。

 寺内が提出した書類をチェックしながら、雑談でもしようかと。

「私ですか? ええと、そうですね、北のキータノホウ地方です」

 わずかに伏せられた瞳が、なんとなくハロウには気になった。

「キータノホウといいますと、悪の領域に接している領地ですね。あそこは冬が厳しいでしょう」

 そのとき、タロウが帰ってきた。最近はマジンたちの出没率が多く、ユウシャたちは交代で出ずっぱりだ。

「はい。ああ、懐かしいな……。お墓まいり、したいなあ」

 さらに伏せられた瞳。長い睫毛が哀しみをたたえるようだった。

 寺内のその様子に、タロウの鋭い視線がハロウに突き刺さる。

「お墓ですか?」

 どなたの? と続けたら、寺内は、

「母と父の……」と答えた。

 そのとき、ハロウとタロウは、ストンと腑に落ちた。

 寺内はビルにいられるというのに、しきりに外へ出る方法を気にしていた。外は危ないということは、ニンゲンであれば赤子でも知っていることなのに。

「シナイちゃんは、ご両親に会いたかったんだね」

 タロウがさりげなく彼女の肩に手を回しながら、慰めるように言葉をかける。

「やっとマオウ城から出られたのに、故郷へ帰れなかったのが、心残りだったんだね。……そうだ! 僕が一緒に行けばいいんじゃない。シナイちゃんのご両親に結婚のご挨拶しなければだもんね、僕のプリンセス」

 強引にそうのたまうタロウ。ハロウは呆れる。こいつは何を考えて生きているのだろうか。脳内お花畑か。

「タロウ、お前というやつは……。はあ、マジンたちの活動が活発なこのときに、そんな最前線の場所に連れて行く気ですか」

「僕がいれば安心だよ。ニンゲンの中で一番強いのは誰だとお思いで?」

 調子よくウィンクをかますタロウの手を、寺内はぎゅっと握る。

 今まで見たことのないほど、嬉しそうな寺内の様子に、タロウは得意げだ。そんな顔を見せられては、男としては手を貸さないわけにはいかない。

「タロウ様……本当に?」

「ああ、さっそく外出許可をもらってこようね、シナイちゃん」

 やれやれ、ハロウは準備をしてあげることにした。

「ええと、カロウが次にこちらに顔を出す日は……と」

 今日だ。

 ちょうど良く、カロウがエレベーターで上がってきた。

「おつかれー。はあ、みんな俺の人遣い荒すぎじゃね」

「おお! カロウ! いいところに!」

「はあ? タロウのテンションうざいんすけどーなんなの」

「シナイさんの外出登録をお願いしたいのです」

 カロウはうんざりとした顔をしながらも、ハイハイと結界の登録をイジる。

「もう、なんなんだかー。今やってるけど、理由はなんなの。この間はみんなして、その子の外出を反対してただろ」

 不機嫌なカロウと正反対にキラキラしているタロウは、寺内と故郷の両親へご挨拶に行くことを生き生きと話す。

「はあ。今、どこも忙しいってのに、お姫様はわがままだなあ。ほら、終わったよ。これで通れるようになったから」


 そのとき、階下で爆発音が響いた。


「何だ!」

 4人は身構えた。

「ふはははははは。案内ご苦労。我はマオウだ。愚かなユウシャ共よ、この建物は我らが占拠した。即刻、うちの寺内を返してもらおう」

 反射的に最敬礼を寺内はしてしまった。

 ああ、マオウ様はこんな敵の本拠地にまで乗り込んできてくれたのか。

 もしかしなくても、私のためですか。惚れそうです。

 先ほどまでクソタロウの嫁に勝手にされそうになっていた寺内である。渋カッコいいマオウ様にコロッといってしまうのもしかたがない。

「シナイさん、危ないから下がっていて」

 ハロウに言われるまでもなく、寺内はじりじりと階下につながるほうへと移動していた。

「マオウ! 貴様、どうやってここに入った! 俺の結界は破れてないのに!」

 カロウが新たな結界を繰り出しながら吠える。

「造作もないことだ。結界の登録をちょいちょいと誤魔化したのだ。優秀な我が配下がな。その後はそこのカロウというユウシャの影となって案内してもらってきたのじゃ。」

「ええ、こんなチョロい結界、結界なんて呼べるような大層な代物でもありませんとも」

 ヨバーメが姿を現した。

「そういえば、ヨバーメ様はマホウの細工が得意でしたね」

「その通りだ。寺内。元気にしていたか? ちょっと痩せたんじゃないか」

「いいえ、ヨバーメ様ほどではありませんよ。なんですか、そのお姿は。可哀想な頭皮がさらに可哀想になっていますよ」

「ははは。言うじゃないか」

 マオウはユウシャ三人を相手取っている。余裕がありそうだ。さすがはこの世で一番最強のお方。

「シナイだけでも! 逃げるんだっ!」

 タロウがマオウの攻撃によって空を舞いながら叫ぶ。

「はい。お気遣いありがとうございます。言われなくてもこんな牢獄からは、逃げさせていただきます。今までありがとうございました、ユウシャ様方」

 寺内は丁寧に頭を下げた。

「何を言っているんだっシナイっ」

 何が何だかわからないという顔のユウシャ。その顔と言ったら。笑ったら失礼でしょうか。

「寺内、帰ってきてくれるか」

 ヨバーメは眉を下げて、自信なさげだ。

「ええ、もちろん。ヨバーメ様、マオウ様、助けにきてくれて、ありがとうございます。でも、」


 遅いですよ。


 すまなかったな、もっと早く来たかった。


「私は、マオウ城に帰りたいんです。さあ、ヨバーメ様、グズグズしないでください」

「ああ、そうだな。みんなで帰ろう」

 なあ、善の陣営に連れ去られた寺内が、もう悪の陣営に帰りたくないなどというのではないかと、この俺が恐れたなんて、知ったら、どう思うだろうか。

 ヨバーメが姿を現したあの瞬間、寺内の顔は喜色に染まった。それを見たヨバーメの不安は一発で吹っ飛んだ。それがどんなに嬉しかったか。

「絶対に言わない」

「ん? ほら、ヨバーメ様も、マオウ様も行きますよ。早く早く!」


 階下でてきとーに暴れていた同僚のサンバーメとニバーメとイチバーメを回収して、ビルを出る。

 マオウとシテンノウの手にかかれば、安心安全なビルなんて、ただの箱であった。


 寺内の救助に、ここまで長くかかってしまったのは、善の領域にランダムに仕掛けられている感知結界にことごとく引っかかり、それに伴うユウシャへの対処に時間がかかったからだ。

 ビルへのルートを割り出すのにマジン総出だったそうだ。


「なあ、寺内、また婚期逃したんじゃないか?」

「はい?」

「だって、あの筋肉野郎にプロポーズされてなかったか?」

「見ていたんですか? 悪趣味ですね。あれはやむを得ない嘘というやつです。私、嘘は嫌いなんですけど、早く帰りたかったので、故郷まで偽ったんですよ」

「そうか? 本当に良かったのか?」

「何度も言わせないでください。私は結婚なんかするまでもなく、すでに手のかかる人の秘書を務めていますからね。これ以上、赤子はいりません」

「誰が赤子だ」

「頭皮が残念なベビちゃんですこと。ほら、私たちのおうちに帰りましょう」



 今日も今日とて、悪の幹部の秘書として、私は楽しく働いています。






おわり。

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