前編
フィクションです
どうもこんにちは。悪の幹部の秘書課所属の一社員です。名は、只働 寺内と申します。寺内さんと呼んでください。
悪の幹部は今日も今日とて、たくさんの悪いことを企み、実行し、次にもっと悪いように改善させていきます。Plan Do CheckいわゆるPDCサイクルというやつですね。企業の鏡です。やることはすべて悪いことに限るのですが。
この世界では、悪の陣営と善の陣営が存在します。ニンゲンは基本的に善の陣営です。悪の陣営はマジンたちが主です。
善の陣営の先頭にはユウシャと呼ばれる正義の心と力を持った者たちがおり、悪の陣営には悪の心と強大な力を持ったマオウが頂点に君臨しています。
私は悪の陣営の幹部、シテンノウのひとり、ヨバーメ様の秘書をしています。ニンゲンなんですけどね、私。
はい、悪の陣営にもニンゲンはいますよ。もちろん。
マジンは基本的に数が少ないので、下働きなどは周辺のニンゲンの住民を雇って運営しているのです。
私なんかは中途半端に雑用ができたので、秘書なんてものにつかされています。気がついたら悪の陣営でも上のほうになってました。
え、悪の陣営に加担するなんて、ニンゲンの裏切りですって?
いえいえ、高いお給料の前にはそんなものは霞ですよ。
ええ、もちろん、善の陣営のユウシャ共に見つかったら、善の陣営に連れられていきます。悪に捕まっていた憐れなニンゲンを救出した、という名目のもとに誘拐されますね、きっと。そうなったらどうしましょう。私の生活を保護してくれる人はいないわけで。
でもまあ、なんとかなると思います。給料はある程度溜め込んでおりますので、ご心配なさらず。
てなわけで、今日も今日とて……このくだりはもうやったので省略します。
悪の陣営はユウシャたちに嫌がらせをしたり、心を折りにいったり、物理的に戦いにいったりします。
私はその記録や他の事務的なもの、または気持ちよく悪いことをできるようにサポートをしたりします。
なかなかこれが大変な仕事なのですよ。たとえば、マジンたちは夜に行動するのが好きな傾向があるので、残業なんてものはしょっちゅうですし。残業代はしっかり出ますが、体力的にキツいものがあります。
私の上司のヨバーメ様は、シテンノウの中では戦いが上手ではないので、入念な準備の元、ユウシャたちを罠にかけたり、悪どいことをします。
その準備、誰がやってるとお思いですか? 私です。
悪の幹部の秘書課には何人ものマジンが所属しているのですが、ヨバーメ様の担当は私だけなのです。激務です。これ以上に忙しくなったら労働法違反で訴えますよ。
ユウシャを惑わすための噂話を広めるの、誰がやったかって? 私です。何軒もの酒屋で酔っ払いのフリをしてがんばって広めましたとも。途中、ナンパがウザくて何人かの股間を蹴りました。女ってだけで近寄ってくるやつは死すべし。その節は申し訳ありません。
ユウシャを落とし穴に落とすための穴は誰が掘ったか知ってますか? それも私です。次の次の日、全身筋肉痛でした。歳を感じます。
ヨバーメ様は穴にはまったユウシャの前に姿を現して、ユウシャを馬鹿にしながら、悪そうに大声で笑うだけですからね。
思いつきだけの策をその日のうちに実行させるの、やめてもらってもいいですか。
まあ、そんなのは下っ端にやらせることもできます。ときどき、急ぎで私がやらなければならないときがあるというだけで。本来は労働員はもっと体力のある人たちがいます。あの日は丁度皆が出払っていたために私がやるしかありませんでした。とほほ。
私はその悪いことをやるための企画書や下調べ、手配と実行現場の指示出し、監督、マオウへの報告書と反省文の提出などなどをやっています。時折、ヨバーメ様へのお茶出しもします。
「おーい、寺内ーお茶ー」
うるさいなヨバーメ様は黙っててください。私はあなた様の母親ではありません。
「ううぅ。寺内がいぢめるょ〜」
子守は面倒なのなんのって話。
でも、お給料は良いから許します。
悪の陣営万歳! です。
今日も今日とて……。
はい。
なんでしょうか、この状況は。
ただ今、いまをときめく一番人気のユウシャの腕の中におります。腰を抱かれて動けません。 筋肉ありすぎでしょうクソが。
輝かしいかんばせが近づいて……。
「オイ。お前、何をしている」
ああ、こずる賢い悪どい顔をしたヨバーメ様が今はちょっとだけ格好良く見える。これはなかなかの重症。
精一杯凄んでいるヨバーメをチラリと見て、すぐに秘書のほうに視線を戻すユウシャ、タロウ。
「プリンセスには礼儀として口説かなければならないからね。当然のことながら僕の特別な口づけを贈るところだよ」
「「あ゛ぁ???」」
ヨバーメ様と私の声が重なりました。
善ってなんだっけ? 正義ってなんだっけ?
「プリンセスなんてここにはいないぞ」
ヨバーメ様、そうではありません。
「プリンセスならいるじゃないか。僕の腕の中に。フフ、震えて可哀想に。僕の口づけがそんなに待ち遠しいんだね」
震えているわけではありません。逃れようと踏ん張っているだけです。
ちょ、マジで、その顔を近づけないでください。ヨバーメ様! ヨバーメ様! たーすーけーてー!
ヨバーメ様が筋肉タロウの腕を引っ張っていますが、ビクともしません。使えないな。
「痛っ!」
はい、私の必殺ピンヒールかかと落としです。これには筋肉バカも足の甲の痛さにケンケンしています。拘束が外れた今のうちに、距離を置きます。
「ヨバーメ様、今です! ヤっちゃってください!」
超小声で言いました。私はまだ悪の陣営の裏切り者とは思われていないようなので。
「いつのまに、俺に指示を出すくらい偉くなったんだコイツは……」
ぶつぶつとどうでも良いことをぼやきながらも、ヨバーメ様はちゃんと戦いに行ってくれました。
はい。この間に私は逃げます。ヨバーメ様、あなたのことは忘れません。ニンゲン遣いの荒いひどい上司だったと記憶に残しておきますので、骨も残らないくらいに消滅させられてください。 骨を拾うのは面倒なので。
仕事場の城の下層のほうに来ました。ここは主に下働きとして雇われているニンゲンたちがいるところです。ここなら見つからないでしょう。
下働きと言っても、不当に働かされているとかはないです。仕事の内容も量も普通くらいで、労働法に則ったものです。近隣では潰れない安定した就職先として人気です。ただ、マジンでないと、出世は難しいので、出世欲のあるニンゲンは来ません。私は出世欲もないのに何故か上のほうに来ちゃったんですけどね。
ニンゲンのブラック企業とかいうモノよりは断然良いと思います。まあ、秘書になると雑用で休む暇がなくなるのですが、その分給料が高いですから。
息を切らして逃げ込んできた私に元同僚たちがわらわらと集まってきました。
「寺内さんどうしたの? もしかして急に侵入してきたとかいうユウシャ、タロウ関係かい?」
「ハァ。よくわかりましたね。そうです。筋肉バカタロウです」
「うわぁ、大変だねえ。こっちはその話で大慌てだよ。今、どんな感じだい?」
「そろそろヨバーメ様が塵になっている頃だと思うので、他のシテンノウを向かわせたほうが良いと思います」
「「……塵?」」
「おい、誰が塵になったって? 寺内?」
「あれ、生きていらしたのですか、ヨバーメ様。あの筋肉はどうなりましたか? ヨバーメ様の強大なお力でミンチにできたのでしょうか」
思ったよりも早くヨバーメ様が来ました。てか、何故お前もここに来るんだ。ここは城の裏だぞ。とりあえず、その無駄にデカイ手で私の頭を潰そうとするな。いや、しないでくださいヨバーメ様。
「ああ、ミンチにしてやろうと思ったが、途中でサンバーメが来たからアイツに任せた。俺は食堂に行く予定だったから近道のこっちを通り抜けようとな。そうしたら、寺内が何やら俺のことを塵にしようとしてたから」
食堂に行くくらいで裏道を通るとか小狡賢いヨバーメ様々ですね。
「イヤ、アレはキキマチガイでゴザイマス」
「そうかそうか、そういうことにしておこう」
仕方がないので、一緒に食堂までついていき、奢ることにしました。部下から搾り取ろうとする悪の上司とはヨバーメ様のことだ。なんてマジンの鏡みたいなステキな悪なのでしょう。
サンバーメ様は大丈夫でしょうか。ヨバーメ様は私と同様に逃げて来たということですから。
などと、心配せず、のほほんと昼食を上司ととっていたら、食堂勤めの同僚が教えてくれました。
「サンバーメ様がユウシャ、タロウを追い返してくれたらしいですよ。今夜は祝賀会ですね」
「ケーキは出ますか?」
「うーん、今から手作りケーキは難しいだろうから、代わりに取り寄せのお菓子になると思います。他の豪華な料理は今からたくさん作りますので、寺内さんもヨバーメ様も食べに来てくださいね」
「うむ。美味しい酒を期待しておく」
「お菓子ですか。それも良いですね。甘味処ハッチーのお菓子とかオススメなので是非取り寄せてください」
「あらあら、寺内さんのオススメなら間違いないですね、意見上げておきます」
ニコニコと同僚を見送る。
「寺内はケーキやお菓子が好きなのか?」
「はい、そうですよ」
ヨバーメ様は不思議なモノを見る目で見て来る。
「あの鉄人寺内と呼ばれているクールでマジンに負けない体力で手際も頭も良い寺内が? 甘甘な? ケーキを?」
「どこか問題がございますか?」
にっこりと笑う。ヨバーメはマジンをも殺せそうなその眼光に怯みながらも、
「守銭奴で嫁の貰い手もいない寺内が?」
とのたまった。
「セクハラで訴えますね」
「いや、待て、嘘だ。今のはちょっとした冗談だ」
「残念でした。録音済みでーす。あーヨバーメ様はお可哀想に、セクハラでシテンノウ引退ですかー。皆が狙っているシテンノウの席がひとつ空きますね。他のマジンたちが喜びます。ありがとうございました」
「待て、待て待て待て」
にっっこりと笑ってやる。
「ま、待ってください。寺内様」
「はい、なんでしょうか、セクハラ様」
「あぁ?」
「ん?」
録音機を目の前で揺らす。
「あ、いえ、録音を消していただけないでしょうか。先程のは完全な失言でした。この通り」
ヨバーメ様の少し薄くなってきた頭皮を見遣る。
「しかたないですね。ほら消しましたよ。ヨバーメ様。頭をあげて下さい」
「ふぅ。危なかったー。マジンよりも怖いと言われるだけあるな」
「おっと、軽いお口でございますね、そんなお口はチャックしたほうがよろしいのでは。私がチャックしてあげましょうか、物理的に」
いい加減見飽きた可哀想な頭皮とまたご対面しました。
「さて、ヨバーメ様弄りは充分したので、そろそろ仕事場に帰りましょう」
「……コイツ、ニンゲンとか絶対ウソだろ」
「あ?」
「さて、仕事に戻るぞ。午後も元気に労働だ」