攻略対象の溺愛~最愛にして唯一の彼女~
峠岬の書く溺愛系って、一歩ずれるとヤンデレ系?
自分の思考に不安しかない作者が、婚約者溺愛の男の子視点を書いてみた。
『悪役令嬢の独白~ゲーム スタート前の葛藤~』の続篇です。
人気があったかは、分からんかったけど、ストックとして置いとくのは邪魔なので、投稿しました。
隙間時間の暇潰しに、どうぞ!
僕─雪城明兎─には、『最愛の女性』がいる。
彼女─有栖川苺花─に出会ったのは、まだ男女の別が曖昧な時期。
∵∴∵*∴∵∴*∵∴∵
(回想)
出会いは、三歳になった少し後、毎年春に行われる、年に一度の親類会合でだった…と思う。
正直、当時の事は、あまり良く覚えてはいない。
その頃の僕の関心は、未だ母親にあったし、同年代の子供自身より、遊びその物や玩具、其処に用意された食べ物にこそ興味があった。
毎年、親類が一堂に会するその会合は、同年代の子供や少し歳上の小・中学生、既に成人に近い高校・大学の学生なども参加していて、賑やかだがほんの少し堅苦しい。
僕は兎も角、五つ離れた兄や三つ歳上の姉は、嫌々参加していた様に思う。
母親は、一個下の妹に掛かりきりで、僕はほんの少し不機嫌だった。
「どうちたの? かなちちょう…」
誰にも気付かれる事無く不機嫌だった僕に、最初に話し掛けてくれたのが、多分…彼女だったと思う。
「……かなしくなんかない…ただ…」
「? しゃびしぃの?」
「……いもうとができてから、かあさんがかまってくれない…」
不機嫌の理由を尋ねられ、自分でも自分の気持ちが分からず、言葉を濁した僕の思いを、彼女が言い当ててくれた気がした。
「………いもうと……きらい?」
「! そんなことない! いもぅとは、かわいぃんだ!
キライじゃない! …キライじゃない…けど…」
唐突に訊かれた言葉に、咄嗟に反発したけど、何処かに『母親をとられた』様な嫌な気持ちがあった。
黙り込む僕に、彼女とは違う方向から声が掛けられた。
「…なら、君がお母さんを手伝ってあげたら?」
「…てつ…だう?」
「そう。君は、お母さんを手伝ってあげている?
お母さんには、やるべき事が沢山あるんじゃないかな?
妹さんの世話も、そのひとつでしょ?」
「…うん。かあさん、いつもいそがしそうで、ごはんもいっしょにたべられない…」
「沢山やらなきゃいけない事があるのに、妹さんは君より小さいから、君ができる事さえできず、お母さんが世話をしなくちゃならない。
なら、妹さんにはできなくても、君ならできる事を、君が手伝ってあげれば、その分だけお母さんは他の事ができる。
妹の世話を終えてから、しなきゃいけない事があったお母さんは、君が手伝ってあげることで、しなきゃいけない事を先に終わらせられる。
そうすれば、手伝っていない今よりは、お母さんも君と話す時間が作れるようになるんじゃないかな?」
「おにぃしゃまは、わたちをいっぱい、たしゅけてくれゆのよ?」
少し歳上らしい男の子は……彼女の兄だったらしい。
僕に分かりやすく説明しようと、ゆっくり丁寧に話してくれた。
彼女が兄を誇らしげに見つめ、そんな彼女を兄も大切そうに見つめて、そっと優しい手つきで彼女の頭を撫でた。
「…ぼくに…できる?」
「僕にできてるから、大丈夫じゃない?
できる事、できない事は、人それぞれだから、断言はできないけど、自分にできることをやってみたら良いよ。
失敗しても、何度でも挑戦してみなよ。
やってみてダメなら、やり方を変えればいいと思うよ?」
二人を交互に見つめ、不安を口にする僕に、彼女の兄は「まずは行動!」と、するべき事を教えてくれた。
会合から戻った後、僕は積極的に母親を手伝ってみた。
実際、妹と一つしか違わない僕に出来ることは、そう多くはなかったけれど、それでも母親は「助かるわ」「ありがとう」と言葉を尽くして、僕を誉めてくれた。
父親は誇らしげに頭を撫でてくれたし、兄や姉も一緒になって手伝ってくれた。
僕に出来ない事も、兄や姉が手伝ってくれるおかげで、母親が妹の世話に追われる事が少なくなり、家族の団欒に母親が戻り、妹も加わった。
いつの間にか、僕の中にあった嫌な感情は、小さく小さくなって消えていった。
次に彼女達兄妹にあったら、感謝を伝えよう♪
名前もちゃんと訊かなくちゃ。
そんな気持ちで過ごし、ほぼ一年が経とうとしていた、その年の冬。
豪雪を遣り過ごし、ホッと安堵した処で、もたらされた情報に、僕は愕然とした。
∵∴∵*∴∵∴*∵∴∵
(現在)
久し振りに苺花の自己否定を聞いて、頭に登った血は、苺花に深く口付け、薄紅に染まる彼女を堪能し、さらに自分が血迷った場合の排除を聡さんに頼み、承諾されて漸く落ち着いた。
「今日の予定は?」
腕に苺花を抱き込んだまま、第三音楽室の机に腰を預けた。
恥ずかしさから、全身をほんのり桃色に染める苺花を堪能しつつ、彼女の兄であり、尊敬すべき未来の義兄、聡さんに尋ねてみる。
苺花の時間に空きがあるなら、是非とも確保しなくては!
「家族での入学祝いは夜だよ。式が終われば、特に予定は無いんじゃないかな?」
「はい。これといった予定はありませんわ。
我儘を言わせて頂けるなら、僅かでも…明兎さんと過ごしたい…です。
駄目…でしょうか…」
「───っ。全っ然、我儘じゃないよ! 一緒に過ごそう♪」
聡さんの説明に、腕の中の苺花がこくんと頷き、はにかむ。
控え目に伝えられたおねだりと、不安げな上目遣い─身長差故の無自覚─に、僕の心臓は暴れだす。
愛しい苺花を抱き締めて、彼女の天辺に頬擦りする。
あぁ、甘い花の香りがする。
∵∴∵*∴∵∴*∵∴∵
(回想)
朝食の席で、父さんが満面の笑顔で婚約決定を告げたのは、沈丁花薫る春。
相手は、二年前に出会い、その年の冬に失うかも知れなかったあの子。
突然婚約を告げられたせいで、一瞬頭が真っ白になったけど、相手を聞いたら、じわじわと嬉しさが沸き上がった。
勿論、満面の笑顔で婚約を了承したとも。
五歳という幼少期に決められた婚約とはいえ、相手があの子なら、僕に否やは有り得ない。
初めて会った時は知らなかったけど、僕に助言してくれたあの兄妹は、父さんの従兄弟の子供達だった。
兄と妹の二人兄妹で、家族仲がとても良い事で有名だったんだ。
あの事故が報道された時、父さんの慌てようが凄くて、呆然としたけど、それ以上に父さんが叫んだ台詞に驚かされた。
今でも覚えてる。
『苺花ちゃん!? 聡の娘じゃないか! ほら! 前に会っただろ!? 明兎が手伝いを始める、切っ掛けになった男の子の妹だ!』
最初、何を言われたか理解出来なかった。
ゆっくりと父さんの言葉を呑み込み、理解した途端、世界から色が消えた。
感謝をつたえる前に、彼女がこの世から居なくなるかも知れない。
それを実感した時、僕の感情は全ての事柄を拒絶した。
その感覚が絶望だと知ったのは、ずっと後ではあったけど。
婚約は内定したけど、外部には漏らせない。
それは、僕を守る為─僕を失脚させれば、再び婚約者の席が空く─だから、婚約発表までに、護身術や自己保身の術を叩き込むという父さんの宣言に、僕は確りと頷いた。
彼女を─苺花ちゃんを守るのは、僕だという想いに駆られて。
∵∴∵*∴∵∴*∵∴∵
(現在)
今日から、新学期が始まる。
早生まれの僕にとっては、学年が上がっただけだけど、苺花にとっては、環境が変わる。
先達である僕が、多少なりとも力になりたいよね♪
“苺花が高校を卒業するまで”が、僕達の婚約の仮契約期間。
苺花が高校を卒業して、その時もお互いに他に想い人が居らず、気持ちが固まっているのであれば、僕達の婚約は本物となり、半年の準備期間を経て、籍を入れる事になる。
結婚式自体は、その更に半年後。
つまり、高校卒業後から半年で婚姻、一年で式の準備を調える訳だ。
僕達は、二十歳を迎える前に、夫婦となる。
婚約を発表してから五年。
恋人になってからは三年。
僕は彼女を愛しているし、彼女も僕に想いを寄せてくれている。
「苺花、苺花。幸せだ。早く高校卒業したいね。
そうすれば、僕は苺花のモノになれるし、苺花は僕だけの花嫁さんだ♪」
入学式を控えている今、三年後の卒業を思うのは、気が早い事この上無いが、僕にとっては待ち焦がれるしかない目標だ。
漸く、残り三年。
彼女と過ごす時間は、足りないと思うほど早く過ぎるのに、彼女の総てを手に入れるには、待つ時間が長過ぎる。
身体を繋ぐのは、婚姻後と決めていても、彼女を抱き締めるたび、彼女を欲する激情を制御するのに、かなりの困難を擁する。
性に興味を持つ年頃の男の子としては、不健全かも知れないが、彼女以外が対象になった事は、一度として無い。
まぁ、彼女だけが対象だという状態は、僕に罪悪感を抱かせもするけれど、他で治めようとは思えないので、遠の昔に諦めた。
僕には、「苺花」が居れば良い。
「もう、明兎さんたら…。…でも、私も早く明兎さんのお嫁さんになりたいです…」
僕の言葉に呆れつつ、それでも小さな声で、苺花は僕との未来を望んでくれる。
時々、自分を卑下する癖はあるけど、苺花はやっぱり可愛くて素敵な、“僕の唯一”だね。
∵∴∵*∴∵∴*∵∴∵
(回想)
「聡は、まぁだ納得してないのか!?
苺花ちゃんを守るには、他に方法無いだろうに…。
後手に回る前に、手を打っておきたいって言ったのは、あいつだぞ?」
婚約が内定してから五年。
僕が十歳になった頃。
婚約披露の会場、その控え室で、父さんが溜め息混じりに呟いた。
有栖川のおじさんやおばさんだけでなく、その親(彼女の祖父母)にまでも溺愛されている苺花は、有栖川家の唯一無二の弱点にもなり得る。
有栖川の女性陣は、直系である男性陣の最愛故に、その傍を離れる事自体が稀で、例え離れる事があっても、影に日向に多くの護衛が付く。
有栖川の男性陣は、「自分の身は自分で護れてこそ一人前」との、有栖川家直系男児に課せられる家訓があり、害されようとも、実力で排除が可能。
大分幼い頃から、実戦的な体術や武術を仕込まれるらしい。
その為、他の家族に比べ、邸にて療養を余儀無くされる苺花は、外部からの接触や干渉は完全に排除できても、内側(身内)に入られてしまえば、簡単に餌食となる。
苺花は、事故以来、本来の丈夫さを失い、些細な原因で体調を崩す程、弱々しくなった。
苺花さえ「婚姻」という形で確保してしまえば、彼女を人質に、有栖川を乗っ取る事も、不可能では無い……だろうな。
苺花の家族は、彼女を溺愛しているし、実力主義の有栖川家において、家の格式や血筋、権力なんかは「どうでも良いモノ」にカテゴライズされてるみたい。
苺花を害されるくらいなら、有栖川の持つ実権を総て放棄し、新しく事業を立ち上げるくらい、どうという事も無いんだろう。
それに見合う財産も実力も、有栖川の直系男児には、十分に備わっているのだから。
まぁ、責任とか信用とかの問題はありそうだけど…。
つまり、婚約者に求める理想は、どこまでも高くなるし、出来るなら、婚約なんてさせたくないんだろうね。
それこそ、苺花が好意を寄せる相手であっても。
「おじさんは、成人するまで無理かも知れないけど、聡さんは許してくれたよ?
苺花ちゃんを大切にしてる僕になら、『任せても大丈夫だね』って、笑ってくれたし。
頭を撫でて、『義兄弟になれるのが楽しみだ』って言ってくれた。
僕が血迷った時は、聡さんが止めてくれるって約束もしたしね。
苺花ちゃんを泣かせる奴は、例え僕自身でも許さないよ」
笑顔で宣った僕に、一瞬驚いた後、父さんは得意気な雰囲気を纏って、「それでこそ俺の息子だな!」と意地悪な笑顔を見せた。
以前、婚約を急いだ内情を聞いたとき、母さんが酷く悲し気に微笑んだ。
母さんもまた、置かれた立場は違えど、苺花と同じ様に人質……というか、生け贄の様─実家でも同様─な扱いだった頃があったらしい。
苺花は家族に溺愛されているが、母さんは酷く疎まれてたみたい。
そこから助けたのが、父さんだと前に聞いたことがある。
母さんには、身内は僕達だけだと教えられているし、母さんを蔑ろにする様な相手は、どんな立場だろうと、敵以外にはなり得ない。
下心をもって近付いて来るのなら、排除一択だと思ってる。
母さんの措かれていた状況に憤り、「問答無用で、掻っ攫った!」と豪語する父さんにとって、僕の宣言は当たり前なんだろうね。
苺花との婚約話が出た時も、有栖川本家に賛同して、率先して報復活動に参加してたみたいだし。
あの当時、幾つか業績不振に陥った企業があったしね。
父さんの表情と機嫌の良さを見て、母さんは苦笑してたけど、兄さんや姉さんはちょっと引いてたっけ。
僕もちょっと呆れた……けど、まぁ、うん。
悪い顔になっても、仕方無いよね?
報復活動には、僕も賛成でした。うん。
兄さんや姉さん曰く、兄妹の中でも僕が一番父さんに似てるらしい…。
いや、僕はあそこまで理不尽な事はしないよ?
…しない…と思うよ? 断言は出来ないけど。
話は戻って、本日の婚約披露だ。
去年、今日の相談に有栖川邸に行った時は、苺花が体調を崩していた。
が、今日は絶好調だと、朝に会えた時、嬉しそうに笑ってくれた。
婚約が決まってから、早五年。
苺花は、愛らしくはにかむ美少女へと成長している。
今日の婚約披露が終われば、名実共に僕達は婚約者だ。
漸く、苺花を僕自身で守れる。
僕達の婚約は、基本的には仮契約的な物で、御互いに愛情を持てなければ、婚約の解消も可能。
話を聞いた時は、「これで彼女を僕が助けられる」という優越感と、「簡単に解消されるかも…」という自信のなさから来る不安とで、努力の方向性を決めかねた。
できるなら、彼女を守るのは僕でありたいし、ずっと一緒に居られる権利を手放したくは無い。
先ずは、仲良くなる事から始めようと思い立ち、今日の披露迄に、出来る限り苺花との交流を図った。
共通の趣味を見つけたり、一緒に何が出来るか模索したりと、手探りではあっても、少しずつ少しずつ仲良くなれたと思う。
突然だが、苺花は可愛い。
婚約者だとか、溺愛される末娘だとか、そんな立場に関係無く、苺花は可愛い。
早生まれの僕とは、一学年違いとはいえ、この年齢の平均より少し小さな身体に、ふんわりとした雰囲気を纏い、ふわりと動きに合わせて揺れる色素の薄い金茶の髪と、ビスクドールと言われても信じてしまいそうな、透明感のある白皙の肌に、愛らしく整った面差し。
外見は、老若男女を問わず、好意を持たれ易い─彼女自身の感情は無視されかねない─印象だ。
実際ストーカー被害も何度かあったし、僅かな外出時間でも、誘拐未遂が多発し、当時の苺花の精神をガリガリ削った。
内面は、恥ずかしがり屋でちょっと泣き虫。
何事にも一生懸命で、頑張り屋さん。思い遣りもあるし、気配り上手。
ぐいぐいと前に出て引っ張る事はしないけど、一歩退いて全体を見て、包み込む様な雰囲気を作ってる。
甘やかし上手なのに、甘え下手。
確りしてそうなのに、どこか抜けてる。
外見以上に、苺花の内面は、僕を惹き付ける。
僕達のデートは、家でのまったりデートが基本。
具合の悪い苺花を気遣いながら、苺花の傍で静かに過ごす。
初めて会った時から、変わらない愛しさを感じながら。
仮契約の様な婚約とは言え、苺花の相手に僕が選ばれた事は、幸運だった。
そして、婚約披露は滞りなく終わる。
*~*~*~*~*
婚約披露を終えてからは、頻繁に御互いの家を往き来し、僕と苺花は、少しずつでも確かに、今まで以上に打ち解けたと思う。
多少なりともスキンシップも増えた。
だから、気が緩んだのかな。
十歳になった苺花と、雪城邸で一緒に、宿題に励んでいたとき。
僕は、つい弱音を溢してしまった。
兄や聡さんの努力も知っているし、僕も兄の重責を少しでも軽減出来るならと、自分に出来ることは端から順に吸収して、己の研鑽に努めてはいる。
それでも、僕は要領の良い人間では無いと思う。
だからこそ、兄や聡さんを羨んでしまう。
飄々とした雰囲気で、他人に弱点を悟らせず目的を完遂する兄。
柔らかな雰囲気で、冷静沈着に物事を収束させてしまう聡さん。
どちらも素晴らしい才覚の持ち主だし、尊敬に値する先達だ。
有栖川も雪城も、二人がいれば安泰だろうと思う。
僕なんかが支えたいなどとは、烏滸がましいのかも知れない。
それに、少し前から始めた、デザインのスケッチ…。
母の仕事場で見せてもらったそれに興味を引かれ、僕自身でも描き始めてみたら、思いの外楽しくて、既に十数冊のスケッチブックが本棚の隅を占領している。
父や母、雪城の親族は、“兄のサポートをする僕”という未来を、当たり前として考えている。
勿論、僕としても、兄を支える事は、吝かではないし、進んでそうありたいとも思う。
だけど、母の様に、沢山の人の喜びを形にする、デザイナーという職種にも惹かれているのは確かで…。
僕は、どっち付かずの優柔不断な愚か者だ。
「お兄様は、緩急の付け方が、御上手なのだと思いますよ?」
「緩急?」
「はい。余計な事には耳を貸さず、必要な事だけを拾う。
取捨選択に長けている…と言えば良いのでしょうか…?」
思い悩んでいれば、言葉は丁寧だったが、苺花はすっぱりと要領が良いだけだと、言い切った。
あまりにも当然の様に断言されて、僕は苦笑するしかなかった。
尊敬すべき兄達も、苺花にすれば「兄は兄、それ以外の何者でもない」といった所なのかも。
御互いに苦笑しながら、どうして突然、僕がこんな事を言い出したのかと、苺花は不思議そうにしていた。
その数日後、将来の事で悩んでいる事を、苦笑混じりに苺花に打ち明けた。
苺花は、僕の『揺れ』すらも、普通に受け入れてしまいそうだと思えたから。
それを聞いて、苺花は「弱い所を見せてくださったのですね」と、驚いていた。
どうやら、母達の教えから、苺花の中では、「男とは年齢問わず、格好をつける生き物」だという認識が出来ていたらしく、女には弱さを見せないだろうと思っていたそうだ。
でも、隠すのではなく、弱さまでも見せた事は、僕と苺花の親密度を高めた。
苺花は、弱くても“強く在ろうとする姿勢”を認めてくれた。
そして、僕が好むデザインのモチーフが、実家のコンセプトからは、少々逸脱してしまっている事に悩んでいると知ると、少し考えた後で、提案してくれた。
僕達の婚約の建前は、『双方のブランドを混在させた、独自ブランドを展開させる為の下準備』だったはずだから、僕が好む“植物モチーフ”のデザインなら、多少解釈の幅があるかも知れないが、当て嵌まるのではないか…と。
この提案を聞いた時、単純であるが為に気付かなかった視点に浮かれ、普段落ち着いた対応を心掛けていることを忘れて、年相応の子供の様に興奮したのは、ちょっと恥ずかしい思い出だ。
そして、多分この時、僕は「恋」を自覚した。
僕と一緒に問題に向き合ってくれる、彼女のしなやかさに救われ、僕の言葉に一喜一憂する彼女の姿に、優越感に近い衝動を覚えた。
そう、優しさに溢れた彼女の心と仕草、思い遣りのある他人への接し方、彼女の有り様総てに、僕は最初から魅せられていたんだろうな。
自覚してからは、一時スキンシップが怖くなった。
好きな女の子には、嫌われたくないからね。
∵∴∵*∴∵∴*∵∴∵
(現在)
昔を思い出す程に、彼女への愛情が深まっていく。
心が、その全てで、苺花を欲する。
「苺花は、自分を卑下するけれど、何時だって誰にだって優しいよね。
ねぇ、苺花。僕は時々、とても嫉妬深くなる。
苺花に優しくされる対象に、それがどんなモノであれ、許しがたいとすら思ってしまう。
小さな子供やお年寄り、動物や植物だったとしてもだよ?」
「…明兎さん…」
「こんなに心の狭い僕が、善人であれるのは、苺花が僕を好きで居てくれるからだよ。
今の僕があるのは、苺花が居てくれるからだ。
苺花に相応しくあれるよう、努力を続けて来れたからだ。
ねぇ、苺花。微笑んでいて?
苺花を笑顔にするためなら、僕はどんな事でも頑張れるから」
苺花を掻き抱き、彼女の首筋へと顔を埋める。
甘い花の香りを吸い込み、胸を彼女への想いで満たす。
「…愛してる。誰よりも。……嫌わないで。何処にも行かないで」
僕の“唯一無二”。他には無い、ただひとつ。
苺花だけが、僕にとって、異性なんだ。
∵∴∵*∴∵∴*∵∴∵
(回想)
恋を自覚してから三年、中学生となった僕達は、それまで以上に親しく、親密になった。
その切っ掛けは、苺花からの告白だった。
ただし、『恋の』ではなく、『未来への不安の』告白だ。
3歳の頃の交通事故。
その時に見た、不可思議な夢。
ゆっくりと、でも確実に近付いてくる別れの場面。
不安に涙し、どこか諦めている苺花に、僕は真摯に想いを伝えた。
僕が苺花を愛している事。
何時からどんな風に、苺花に惹かれていたのか。
苺花を失う事を、どれだけ恐れているのか。
そして、もし裏切る様な事があったなら、死を選ぶことすら厭わないと。
命を軽んじる様な発言に思えるかも知れないが、僕にとって苺花は、この時既に、僕の命よりも大切な存在になっていたから。
僕の狂気にも似た恋情を、苺花は受け止めてくれた。
この時から、苺花は僕の婚約者である前に、最愛であり唯一の『恋人』になったんだ。
恋人として苺花に接する事のできる喜びは、僕を舞い上がらせた。
社交の場でのエスコートは勿論、デートに誘ったり、一緒に出掛ける際には必ず手を繋いだ。
苺花が体調を崩せば、心配で泊まり掛けで看病もした。
公私の区別無く、宝物を扱うかの様に、大切に接した。
勿論、スキンシップは適度にとったけれど、苺花を傷付けるかも知れない事や、苺花の嫌がる事など、絶対にしない。
僕の欲望なんて、苺花の為なら、斬って捨てる。
苺花を泣かせるなんて言語道断!
その上、嫌われて絶縁されたら、生きた屍と化すこと必至…。
男女差がハッキリして、照れが入ってしまう年齢ではあったけど、それ以上に苺花の笑顔が見たかった。
真摯に誠実に接っすれば、苺花は恥ずかしさに頬を染めつつも、素直に甘えてくれる。
僕と一緒のときは、苺花は常にはにかんでる。
この可愛らしい女の子が、僕の婚約者であることが、誇らしい。
「一生懸命装ったつもりですが……明兎さんの隣に並ぶのは、いつもちょっと緊張しますわ。
…明兎さん、格好良過ぎるのですもの…。
でも、明兎さんが私を望んでくださるのですもの!
私、頑張りますね♪」
成長して、一人前の淑女となった苺花は、時々僕をフリーズさせるほど、可愛い笑顔と言葉をくれる。
思わぬ瞬間に発せられる弾丸みたいなそれに、何度心臓を撃ち抜かれたか。
環境が変わったのを切っ掛けに、呼び方も「苺花ちゃん」から、「苺花」へと変えた。
家族以外で、苺花を呼び捨てるのは、僕だけだと聞いた時は、その優越感に酔いしれた。
桜が葉桜に変わり、梅雨入り前の穏やかな日。
五月の初め……苺花の十三歳の誕生日。
今日は観劇に誘ってある。
苺花を迎えに行って直ぐ、誕生日プレゼントを渡した。
街で見掛けた桜色の口紅。
僕達も中学生、公式の場へは、盛装しての出席が増え、女性である苺花は、多少の化粧をするようになった。
僕が贈った色を、苺花に身に付けて貰えば、僕が傍に居られない時でも、苺花に僕を思っていてもらえるかも知れない。
時々、酷い独占欲に煽られる僕としては、是非ともお願いしたいと思う。
照れを隠して、素直に伝えたら、苺花が赤くなった。
可愛いな。
「一緒に出掛けられて嬉しいよ♪」
「わ、私も…です」
頬に触れ、そっと頬を撫でれば、少し恥じらいつつも、僕の手に手を重ね、控え目に頬擦りする苺花。
唇には、贈ったばかりの桜色。
羞恥に滲んだ涙の幕越しに、苺花の瞳に映る自分を見る。
この綺麗な瞳に、僕だけが写り込める。
愛しくて恋しい、たった一人の女の子。
優しくして、大切にして、僕の想いに溺れる程に愛したい。
気持ちのままに、初めてそっと口付けた。
短く触れるだけの初めての口付けは、僕に最上級の幸せをくれた。
苺花は何が起こったのか、理解が追い付かないのか、キョトンとした可愛い顔をしていた。
僕は幸せに酔いしれ、可愛い苺花が瞬きをする、その仕草に惹かれ、再びそっと口付ける。
最初の口付けよりも長く、苺花の唇の柔らかさを堪能する。
逃げられない様に確り、でも強引にならない様に優しく、苺花の腰に空いた腕を回して、苺花の柔らかさ全てを、僕の全神経で感じ取る。
ふと桜の香りに気付き、口付けたまま、そっと目を開ければ、目の前にあの綺麗な瞳。
僕と目があって初めて、何をされたのか理解したのか、苺花は全身を桜色に染めた。
僕の好きな子は、どこまでも可愛い。
充たされた思いで離れ、湿り気を帯びた自身の唇を、親指で拭う。
親指の腹には、僕の贈った桜色。
そっと腕をほどき、苺花を解放する。
「ふふ。桜色の唇は、桜の香りがするんだね」
僕の贈った口紅は、この春の新作。
時季がずれるのを覚悟の上で贈った物だ。
『色と香りで想い出を染めよう』のキャッチコピーに惹かれて選んだのだけど、思いの外良い想い出ができた。
浮かれた気持ちで苺花を見つめる。
羞恥からか、目を合わせてくれず、赤くなって俯く苺花に、胸を締め付けられる様な愛しさを覚え、思わず再び抱き締めた。
腕の中に大人しく納まる苺花の香りを感じつつ、ふともうひとつの贈り物を思い出した。
「苺花、誕生日の贈り物とは別に、受け取って欲しい物があるんだ」
懐から、細長く薄い箱を取り出す。
鮮やかな藍紫の布張りの箱。
中には、深紅の天鵞絨に包まれる様に中央に収まる、真っ白な石をトップにしたペンダント。
苺の花をモチーフにした白い石。
それに寄り添うのは、ミントの葉を思わせる澄んだグリーン。
ペンダントを見た苺花が、気持ちが溢れたみたいに、溜め息を溢す。
僕が作った、苺花への想いを込めた、苺花だけの一点物。
苺の花は『苺花』を、ミントの葉は『明兎』。
母さんに聞いた、僕の名前の由来。
自分でも独占欲が過ぎるとは思うけど、苺花の胸元に僕の想いが揺れる様を見たい、僕の我儘な贈り物。
それを、苺花は嬉しそうに受け取ってくれた。
苺花の頬を滑る綺麗な涙に、愛しい気持ちが溢れだす。
苺花。僕の唯一。
どんな時でも、君を想うよ。
僕の全てを賭けて、君の全てを愛してる。
∵∴∵*∴∵∴*∵∴∵
(現在)
「あ。そろそろ時間だね。じゃ、また後で。
明兎、苺花を頼むね。クラスまで送ってあげて」
聡さんが扉に手を掛けたまま、僕達を振り返る。
「了解。放課後は、デートしようね♪ 苺花」
「有難う御座います、明兎さん。楽しみにしておりますね」
聡さんを見送り、苺花を誘えば、苺花が可愛らしく微笑んで承諾してくれる。
愛しくて恋しい、僕の唯一。
数時間離れるだけでも、想いが募る。
「じゃ、行こうか。で、ちょっとだけ、牽制させて?」
「まぁ。ふふっ。参りましょうか。でも、牽制なんて、何をなさるおつもりですの?」
新しい環境には、新しい害虫が沸く。
言い寄る男の駆除は、恋人の役目だよね♪
可愛い苺花を見せるのは癪だけど、入り込む余地がないと知らしめるには、仕方無いかな…。
「ん~。秘密♪ だって───」
ごめんね、苺花。
ちょっと恥ずかしいかも知れないけど、離してなんてあげないよ。
苺花の全部が欲しいなんて言わないから。
僕の全力を受け止めてね♪
苺花の見た夢を、現実になんてさせないよ!
ゲームなんて知らない。
僕の唯一は、苺花だけだもん。
*~*~*~*~*
─中庭─
「も~いや~、この学校、広すぎるよぉ~。ここどこ!? あ! お兄さん! 迷子なんです! 助けてぇ~~~っ」
Game Start ……?
前作よりちょこっと長い。
R15……一応いるよね?
作品のあらすじ……詐欺じゃないよね?
コレって溺愛? それとも、ヤンデレ?
作者には判断つかねぇ。
誰か感想お願いします。