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第六話 違和感

作者は『章管理』を習得した!


 運が良かった、としか言いようがないだろう。オーガとの戦闘で疲れていたのか振り抜かれた剣は(のろ)く、僕の触手でも挟み取ることができた。もし万全の状態で戦闘になっていれば、オーガを討ち取るほどの一閃、僕は斬られたことにも気付かずに真っ二つになっていただろう。斬撃に耐性のあるスライムとはいえ、ダメージは受ける。許容量を超えるダメージを与える一撃ならば、それが剣による攻撃だろうと死んでしまうのだ。

 不意の一撃で勇者が失神したのも幸運だった。隙をつけたとはいえ、とっさに放ったあの一撃にはそこまでの威力はなかったはずだ。もしかしたら殴り飛ばした時に頭を打ったのかもしれないし、華奢な見た目通りに打たれ弱いのかもしれない。どちらにせよ、あそこで態勢を整えて再び攻勢へと回られたら、今度はやられていたかもしれないのだ。今僕が立っていられるのは、幾重にも重なった奇跡の賜物だろう。

 立つ足は無いのだが。


 思考が落ち着いたところで、百メートルほど先に転がっている勇者のもとへと向かう。勇者が通ったところに生えていた樹々は余すところなく吹き飛び、辺りに木屑が舞っている。周囲の樹々も余波で折れており、かなり酷い状態だ。


 土がむき出しになって這いやすくなった道を進み、勇者のそばへと寄る。相当安かったのか古かったのか、勇者の装備していた防具は粉々に粉砕し、人間達の着る肌着という衣服があらわとなっていた。

 仰向けに倒れる勇者の胸はゆっくり上下しており、彼女がまだ存命であることを示していた。やはり、あの程度の一撃では大したダメージにはならなかったのだろう。せめて僕にオーガの半分でも攻撃力があれば、少しは違ったのかもしれない。


 勇者の肩口あたりまでの長さの茶髪は木屑や土煙で汚れている。肌は透き通るかのように白く、触れれば壊れてしまいそうに思えた。こうして意識を失っている状態の彼女を見ても、勇者独特の刺すような気配はともかく、とても戦いに身を置いているようには見えない。

 しかし、その実力は勇者の名に相応しく、剣一本でオーガをも斬り伏せる。レベルが高くなれば強くなれるこの世界では外見と実力が一致しない者もいるが、彼女がまさにそれだろう。弱そうだと油断したら化け物だった、なんて敵からしたら笑い話にもならないと思う。


 さて、僕はこの勇者をグレイス様のもとへと連れて行くことにした。勇者をひっくり返すように無い背中で背負い、連れて行く、というよりは運んで行く。僕が勇者の胸のあたりを背負っている都合上、彼女の足がずるずると引き摺られているが仕方がないだろう。






 ステータスについて説明したいと思う。

 ステータスとは、対象の肉体的・精神的な能力を数値化したものだ。生物には必ずあるもので、モンスターの僕にだって存在する。


 ステータスを各項目ごとに纏めると、八つに分けられる。


Lv(レベル)』――強さの段階を表す項目。種族ごとに同レベル帯の強さは異なる。


STR(ストレングス)』――肉体の筋力を表す項目。徒手や武器を用いた攻撃の際に、その威力に関係する。


VIT(バイタリティ)』――肉体の生命力を表す項目。物理的な耐久力、および肉体治癒能力に関係する。


MGI(マジック)』――魔力の強さを表す項目。魔法の威力に関係する。


MEN(メンタル)』――精神力の強さを表す項目。魔法や精神汚染への耐性に関係する。


AGI(アジリティ)』――俊敏性を表す項目。移動速度および機動力に関係する。


INT(インテリジェンス)』――知性を表す項目。思考能力や集中力に関係する。


DEX(デクスタリティ)』――器用さを表す項目。これが高ければ、LvとDEX以外の各ステータスの能力を効率よく引き出すことができる。


 各項目はその中でさらに明細化されており、STR――つまり筋力ならば身体の各部位の筋力、といった感じになっている。スライムの場合は部位などないので、かなりシンプルなステータスとなっているが。


 さて、八つの項目が数値化されるステータスだが、それを全て見れるのはあくまでも自分のステータスだけだ。他者のステータスを覗くには専用のスキルが必要で、それがなければ相手のレベルしか見ることができない。

 そして、レベルの高さというのははっきり言って参考程度にしかなり得ない。レベルとはあくまでもその種族における強さの段階であり、異なる種族間でレベルを比べたところで意味がないのだ。

 言うまでもないことだが、最弱と言われるスライムはレベルが上がっても弱い。僕の場合はかなりの高レベルに至っているわけだが、所詮はスライムだ。スライム界隈では強くても、一歩外に出てしまえばたちまち最弱へと押しやられてしまう。


 たかだかスライムに過ぎない僕に、背負っている勇者を殺せる自信はなかった。僕の脆弱なステータスでは殺す気で殴っても、彼女を揺り起こす結果に終わるだろう。その後は目が覚めた彼女に斬り刻まれ、グレイス様から与えられた仕事を失敗することになってしまう。

 そういう理由で、あの場で勇者を処分することを諦めた。さすがにグレイス様の御手を煩わせるわけにはいかないが、僕の手に余るようならグレイス様の御指示を仰いだ方がいいはず。そう考え、僕はグレイス様のもとへと勇者を運ぶことにしたのだ。


 ところが、森の中を移動すること小一時間、勇者の口から小さく「うう……」と呻き声が漏れたかと思うと、閉じられた彼女の瞼がほんの少し持ち上げられた。不味いと思いながらも手の打ちようがなかった僕は、勇者の次の行動を黙って待つ。グレイス様の配下として逃げ出すなどの恥は晒せない以上、勇者が再び僕を襲おうとすれば応戦する他なかった。


 しかし、当の勇者は少しの間僕を見つめ、ほんの僅かに口元を緩める。その行動に戸惑った僕は彼女を無い瞳で見つめ返すが、彼女はまた眠るように意識を手放した。

 僕は勇者が起きていないか触手でつついて確認してみるが、なんら反応はない。完全に意識がないと判断し、いつのまにか止めていた歩みを再開させる。


 そのまま森を抜け、バルドア大森林の方角へとひたすらに進む。この分なら問題なくグレイス様のもとへと行けそうだと思う僕だが、先程から小さな引っ掛かりを感じていた。

 勇者が一度意識を戻したことはどうでもいい。僕が引っ掛かりを感じているのは、その時に浮かべられた彼女の表情だった。


 僕はこれまで、数え切らないほどの勇者と相対し、その悉くを倒してきた。スライムの僕に油断してかかってきた者、警戒しながら武器を向けてきた者と様々だったが、一つだけ共通していたことがあった。


――死の間際、僕に見せる表情だ。


 僕を恨めしそうに睨む者、スライムに負けたのかと驚愕する者、悔しそうに唇を噛みきる者……皆一様に僕に敵愾心を抱いた表情で死んでいった。


 もちろん、今回は状況が全く違う。確かに僕は彼女との戦闘に勝利したが、それは幸運に幸運が重なった結果だ。それに、僕は普通のスライムだ。スライムごときに殺されることはないという安堵からきた微笑みであったのであれば、納得できないこともない。


 それでも、いや、だからこそ違和感が残る。先に述べた通り、勇者は死の間際まで僕に敵愾心を燃やしていた。真にモンスターを憎み、人間達のために命を懸けて戦う――僕にとっての勇者とはそういう生き物だ。

 しかし、彼女は違った。偶然とはいえスライムである僕に負け、意識を失っていたところをぽよぽよと背負われているのだ。勇者という生き物の性格を考えると、屈辱的だと憤りそうなところである。ところが、彼女は憤るどころか安堵して笑ったのだ。勇者として見るならば、明らかに異常な反応だっただろう。


 それだけではない。感情、すなわち心を持たない僕ゆえにわかることがある。あの時、微笑んだ彼女の瞳には――――。


 へんてこな違和感を残したまま、僕はグレイス様のもとへと急ぐのだった。


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