第五話 勇者
本日二話目。
戦闘シーンは難しいけど、書いてて楽しいです。
教会を後にした僕は、すぐさま勇者のもとへと向かうことにした。今回も城門を使うことはできないので、先程と同じように『擬態』を使って城壁を飛び越える。
無事に街から脱出できた僕は『擬態』を解き、スライムの姿に戻る。この姿なら全方位に視覚が働き、その上触手だろうとなんだろうと好きなだけ変形できるので、やっぱりこの姿が一番好きだ。
さて、先程のダグラスという人間の話では、勇者は東の洞窟という場所へと向かったらしい。ただ、問題なのは勇者の目的がオーガ討伐であるらしいということ。
もし、かの勇者にオーガを倒しうるほどの実力があるのであれば、はっきり言って僕の勝ち目は薄い。オーガの強さはあのダイアウルフをも凌ぐほどで、スライムなんか何百匹相手にしても余裕だろう。
一応、僕にも奥の手はある。これでも勇者という怪物を相手に死線を潜り抜け続けてきたのだ、スライムの中では結構強い方だと自負している。ただ、出来ればあの奥の手を使わないでいいなら使いたくはないが。
こんなところで油を売っていても仕方がない、と僕は東に向けて進み出した。
ぽよん、ぽよん、と進むことしばらく。少し前から森に入っていた僕は、ピリピリと刺すような存在感を感じ取った。これは僕にとってはよく知っている感覚で、神聖な力を多分に保有する勇者の気配だ。神聖とは相容れないモンスターゆえに感じ取ることができる。
東の洞窟がどこにあるかは知らなかった僕だが、この気配さえ感じ取れれば問題なかった。勇者がいるであろう方角へ無い足を向けて少し進むと、遠くから戦闘音や咆哮が聞こえてきた。どうやらこちらで間違いないらしい。
戦場から少し離れたところまで近付き、様子を窺う。そこには四メートルはあろうかという巨躯のオーガと、それに立ち向かう人間の少女の姿があった。
「ガアアアッ!」
オーガの雄叫びとともに振り下ろされた拳を避け、懐へと入り込む少女。持っていた剣で喉へと突きを放ち、しかしそれは間に差し込まれたオーガの左手に突き刺さるのみ。
即座に剣を抜き、軽快な足捌きで後退する。それを追って体当たりしてきたオーガだが、少女はとん、と跳躍、その下をオーガの巨体が通り抜ける。
すぐさま背後に裏拳を叩き込むオーガ、唸りを上げる拳はしかし、余波で突風を生み出しながらも空を切る。そのことにオーガの思考が停止したのは一瞬のことだが、その一瞬が命取りだった。
オーガの動きに合わせて死角へと回り込んでいた少女は、オーガの動きが止まると同時に剣を一閃――鋭い斬撃はオーガの首を捉え、振り抜く。
一瞬の静寂。オーガの首に赤い線が走り、それは血を吹き出しながらオーガの絶命を知らせた。首を切り落とされた身体は崩れ落ち、地面へとその身を沈ませる。
「…………」
オーガを屠った少女はその身を血で汚しながらも、特に目立った外傷はない。静かに剣を鞘へとしまう彼女の仕草は洗練されたもので、少女が剣士としての高みに至っていることを物語っていた。
一部始終を見ていた僕だが、彼女の剣の腕に驚いた。本来、オーガの頑強な皮膚と筋肉を斬るには相応の力を持って斬りつけなければ、ろくに傷を付けることも難しい。ジャイアントのような凄まじい膂力を待つ戦士が、超重量級の大剣で薙げば、同じように首を両断することも可能だろう。
しかし、彼女は見たところそこまでの瞬発力があるようには見えず、持っている剣も相応に細身である。これはつまり、彼女は技術のみでオーガの首を両断したに等しく、そんなことができるのは『剣聖』のスキルを得ている者くらいではなかろうか。彼女がそのスキルを習得しているかは不明だが、どちらにせよ最低でもその程度の実力があることは間違いない。
そして、およそ間違いなく、あの少女が僕の目的である勇者ということだろう、彼女から感じられる存在感はそれを如実に物語っていた。
まともに戦えば僕は彼女に勝てないだろう。せめてダイアウルフ・リーダーくらいの上級モンスターでなければ無理だ。
おそらく、グレイス様は僕にあれを倒すことを期待していない。思えば、あの時グレイス様は僕に「なんとかしろ」と命令を下された。あれはつまり、あれの手の内を調べるか、あるいは弱みを握ろとでもいう意味だったのだろう。
もちろん、それらを探るだけでも僕は命懸けだ。しかし、僕の命はグレイス様のもの、死を恐れる感情など持ち合わせていない僕は、ただひたすらにグレイス様のために行動すればいいのだ。
まずは情報を集めようと歩いていた勇者を尾行していると、唐突に勇者が足を止めた。気付かれたかもしれない、そう思ったのも束の間、勇者はどこからともなく取り出した短剣をこちらを見もしないで投擲してきた。
命中すれば必死の刃、僕はそれをとっさに回避する。しかしそれを読んでいたのか、勇者は一瞬で肉薄したかと思えば、抜剣した勢いで僕へと斬りかかってきた。
短剣に気を取られていたために対処が遅れ、回避不可能だと判断。二本の触手を伸ばして迫ってくる剣の腹を挟むことで斬撃を止める。
まさかこれを止められるとは思っていなかったのか、勇者は一瞬目を見開く。すぐさま剣を離して距離を取ろうとするが、一瞬とはいえ勇者は隙ができていた。僕は三本目の触手を出して勇者を死角から殴りつける。
踏ん張りも効かずに吹き飛ばされる勇者。さすがに不意の一撃は効いたらしく、そのまま勇者は意識を手放した。
勇者が起き上がらないのを確認し、僕は一息つく。突然の戦闘となったが、なんとか僕の勝利で幕を降ろせたようだ。




