第三話 スキル
突然だけど、この世界にはスキルというものがある。日々の生活の中で磨き上げられ、洗練された様々な技能はスキルとして昇華される。
剣一本で数多の敵を斬り払い、剣士の頂点に至った者は『剣聖』のスキルを得ることができるらしい。
魔法を極め、あらゆる魔術に精通した者は『魔導』のスキルを得ることができるらしい。
スキルはどれを取っても非常に強力か、あるいは特殊なものだ。ゆえに習得には必然的に並々ならぬ努力を必要とする。
しかし、例外もある。ここまでに述べたのは後天的に習得できるスキルの話であり、中には先天的に習得している者も存在する。
とはいえ、それは種族固有のスキルであったり、血筋が関わってくるものだったりする。後天的に習得できるスキルとは違い、その強さもピンからキリまである。
僕はこの前、死んだ勇者達に『捕食』というスキルを用いた。これはスライムの固有スキルで、触れた非生物を自らの経験値に変換することができる。
非生物ならどんなものでも対象となるスキルなのだが、『捕食』する対象の希少性によって得られる経験値が変わるらしい。死体ならば、生前の能力が高ければ高いほど経験値が高い。残念ながら彼らから得られた経験値は微々たるものだった。
僕には他にもいくつかのスキルがある。
例えば『吸血』というスキルで、対象の血を媒体に魔力を奪うことができる。
本来、『吸血』はスライムが持っているはずのないスキルだ。しかし、僕はクイーン・ヴァンパイアであらせられるグレイス様と主従の関係として魂的に繋がっている。おそらくそれが原因で、ある日突然習得できたのだ。僕はこれをグレイス様からの勲章として誇りに思っている。
他にも、『擬態』というスキルを習得している。これもまたスライムの固有スキルなのだが、すべてのスライムが持っているわけではない。僕も最初は持っていなかったのだが、なぜかこれもレベルが11になった時に習得した。
このスキルは体を変形させ、別の種族などに成りすますことができる。やろうと思えばドラゴンなどの姿にもなれるが、あくまで姿形が変わるだけでステータスが変化するわけではない。僕がドラゴンに成りすましたところで、決して強くなるわけではないのだ。
さて、グレイス様の命令をこなすため、僕はリーナの街の近くまで来ていた。
城郭都市リーナ。街の周囲は三十メートルを超える城壁がぐるりと覆い、モンスターなどから街を堅固に守っている。城壁には北と南の二箇所に巨大な門が設置され、そこには数人の人間達が並んでいた。
僕からすればこの街の中に入るのは簡単だ。門の前にいる人間の兵士くらいなら蹴散らせるし、この高い壁だって難なく飛び越すことができる。
しかし、そんなことすればすぐに騒ぎとなり、街の中で勇者を探すのは難しくなってしまう。街中での戦闘となれば勇者が出張ってくる可能性もあるが、勇者が街の外に出てしまっていればそれは徒労に終わる。グレイス様からは勇者への対処しか命じられていないため、下手な騒ぎは起こさない方がいいだろう。
そこで、僕は『擬態』を発動した。
人間の膝ほどまでしかなかった僕の体はぐんぐんと高くなり、四本の触手のようなものが生えてくる。赤色だったそれらは次第に変色する。
人の形を取り始めた僕の、頭に相当する部位から銀色の髪が生えてきた。髪は足のようなものの付け根付近、いわゆる腰のところまで伸び、綺麗な光沢を放っている。
『擬態』による変身が終了し、僕の姿は丸みを帯びたスライムから、きめ細やかな肌を晒す銀髪の少女となった。顔立ちはどことなくグレイス様に似ているが、ヴァンパイアらしい鋭い牙はなく、瞳も碧色にしているので人間の雌にしか見えないはずだ。
ちなみに、僕が人間の姿に『擬態』する時、どうしてもグレイス様の凛々しい姿を模造してしまうため、このような姿となる。グレイス様を真似るなど畏れ多いが、この姿でいるとグレイス様をそばで感じられる気がするために気に入っている。触手が四本しかなく、視野も狭いため不便な身体だが、その程度なら特に問題ない。
そうしていざ街に潜入しようとしたところで、人間は服を着なければいけないことを思い出した。今の僕は衣服と言えるものを何一つ身につけておらず、これでは街中で目立ってしまう。
皮膚を一部変化させ、それの色を赤に染める。確か、ワンピースと呼ばれるひらひらしたそれを纏い、気を取り直して街へと向かった。
城門へとたどり着いた僕は、そこに並ぶ人間の列に続いた。僕の前には各々の武器を装備した三人組が順番を待っており、待ち時間の間雑談しているようだ。
「だからさライラ、俺が悪かったって。まさかオーガと遭遇するなんて思わなかったんだよ」
「ギルドであそこら辺にオーガが現れたって言われたし、私は散々危ないからやめようって言ったよね!? それを『だいじょーぶ、だいじょーぶ』て言って聞かなかったのは誰よ!?」
「まあまあ、落ち着けって。ジレスがちょっと怪我しただけで済んだわけだし、その辺でさ」
「マーク、下手したら死人が出てたかもしれないのよ! もっと慎重に行動を――」
三人組は仲間っぽいが、どうやら喧嘩の真っ只中らしい。話の内容からジレスというツンツン頭の雄がやらかして、そのことをライラという金髪の雌が怒っているようだ。マークという背の高い雄は二人を、というよりライラを落ち着かせようとしている。
話に上がっていたオーガとは、強靭な肉体を持つ人型のモンスターだ。頭部には二本のツノが生えており、腕は丸太のように太い。バルドア大森林で僕のことを影から嗤っていたダイアウルフよりも強く、凶暴だ。僕のようなスライムごときにも負けるほど弱くなった人間では、まず勝てないだろう。
さて、僕がわざわざ列に並んだのは情報収集するためだったりする。この列に並んだところで、身分を証明できない僕では通してもらえない。誰にも気付かれずに潜入するのは簡単なのだが、その前に街の中のことについても知っておいた方が効率がいい。そう思い、僕は目の前の三人組に話しかけた。
「ちょっといい?」
「こんなことじゃいつ死んじゃうかぁ、と。ん?」
「うわっ!? すげー美少女!?」
ジレスが突然吠えると、ライラが彼を睨みつける。その様子にマークが苦笑しながら、僕へと問いかけてきた。
「どうかしましたか?」
「この街のことを教えてほしい」
「へ?」
僕の質問を理解できないのか、素っ頓狂な声を上げるマーク。何がわからなかったのだろう? わかりやすいように簡潔にお願いしたというのに。
「えっと、この街の何を知りたいのですか?」
「……勇者のことを知りたい」
「勇者様? リーナの勇者様といえば、マキナ様のことですか?」
こいつ、質問ばかりで面倒くさいな。そう思ったが、僕が知りたいことにようやく行き着いたようなので頷いておく。どうやら勇者はマキナというらしい。
「ふむ、マキナ様はですね――」
「――マキナちゃんのことなら俺に任せろ!」
マークが勇者のことを話そうとしたところ、ジレスが突然割り込んで来た。先程までライラに小言を言われていたようだったが、勇者のことを聞いてこちらへやってきたようだ。
「マキナちゃんはね、リーナのアイドルなのさ! 単独でゴブリン・キング率いるゴブリンの軍勢を殲滅した戦闘力! 教会の司教様お墨付きの信仰心! そして何より! 男女問わず魅了してしまうその愛くるしい容姿! リーナにはマキナ・ファンクラブがあるくらいだぜ! もちろん俺もファンクラブの会員としてマキナちゃんを支えてんぜ! あ、でもでも、お嬢ちゃんもマキナちゃんに負けず劣らず可愛らし――」
「――うっさい黙れこのロリコン!」
「あひん!?」
ジレスの口から湧き出る熱を帯びた言葉の数々に僕が口を挟めずにいると、ライラが彼のお尻を思い切り蹴り飛ばした。奇声を上げてうずくまる彼を尻目に、ライラは僕に謝罪してきた。
「ごめんね、こいつ変態でさ。あなたみたいに可愛い女の子見るとこうなるのよ」
「構わない。それより、勇者がどこにいるか知りたい」
「マキナ様の家ってこと? それなら街の教会の宿舎で寝泊まりしてるそうよ。教会に行きたいなら案内しましょうか?」
「わかった。案内は必要ない」
勇者は教会の近くにいる、それがわかれば充分だ。教会なんてどこの街も似たようなもので、上から探せばすぐに見つかる。案内してもらうほど人間と関わり合いたくないし、そもそも城門からは入れないのだからこのまま流れに任せることもできない。
僕は一言礼を述べ、列から離れる。その行動を不思議そうに見る三人組だが、僕を呼び止める前に自分達の順番が回ってきたようだ。僕から視線が外れ、門番と一言、二言話して中へと入ってしまった。
さて、早速だが街の中に入ることにする。街に入る方法なのだが、城壁の上を飛び越しての潜入方法を取るつもりだ。しかし、この方法は経験上、どうしても人目について騒ぎになる。人間達に追われたところで何ら問題はないが、万が一にも仕事の障害となっては元も子もない。よって、僕は再び『擬態』を使うことにした。
細くて守りたくなるような四肢は少々たくましくなり、腰まで届く銀髪は短く、色も変わっていく。
僕はグレイス様以外の姿形はすぐに忘れてしまうためグレイスに似た姿にしか『擬態』できないが、見たばかりの人間の姿に『擬態』することくらいなら可能だ。
僕の姿は銀髪の少女からツンツン頭の男、先程話しかけた三人組の一人であるジレスの姿へと変身していた。
僕の作戦はこうだ。まず、この姿で城壁に飛び乗り、上から教会を探す。見つけたら街中に飛び降りるが、この時に誰かに見られる可能性もあるため、その後は路地裏などに身を隠し、三度『擬態』。そして何食わぬ顔で教会へと向かえばいい。これなら僕の行動に支障をきたすような問題は生じないはず。
僕はおもむろに城壁へと近付くと、ぴょん、と軽く跳躍する。立っていた地面には小さなクレーターが生じ、僕の身体は城壁よりもさらに高く、上空五十メートルほどまで浮き上がった。少しばかり力の加減を誤ったようだが、さしたる問題ではない。
予定通り城壁の上に着地し、リーナの街を見渡す。
高い城壁に守られている街、リーナ。そこに建ち並ぶ建物はほとんどが石材でできているようだ。中央に行けばいくほど無駄な装飾のある建物が多く、それを見た僕は「相変わらず人間は趣味が悪いな」と呟く。
しかし、街の一画には石材ではなく、木材や布でできた住居らしいものが密集するところがあった。貧しい人間が住むスラムと呼ばれる場所だろう。今回は関係のない場所だ、とすぐに興味を失くした僕は、様々な建物の中でも一際目立つものに目を付けた。
白を基調としたそれは屋根の一部が細長く尖り、へんてこな物体が打ち付けられている。あれはなんでも宗教的な象徴であるらしいが、僕にはよくわからなかった。
窓にはステンドグラスという、絵が描かれているかのようなガラスが貼られている。これは人間の作った物にしては結構綺麗だと思う。かつて大きな街の教会からあれを取ってグレイス様へと献上したことがあるが、その時グレイス様はとても喜んでくれた。
今回も時間があれば献上品として持って行こうか、と企んでいたところ、人間が近付いてくる気配を感じた。見れば城壁の上、僕から百メートルほど離れたところから人間がこちらへと向かってきていた。どうやら見つかったらしい。
とはいえ、教会らしい建物も見つけたので、僕はさっさと城壁から飛び降りる。着地地点は人通りの多い表通りで、そこに敷かれたレンガをいくつか砕いてしまった。しかし、この程度なら問題ないと判断し、唖然とする人間達の視線から逃げるように路地裏へと入り込んでいった。
ジレス「なんか嫌な予感がする……」
ライラ「馬鹿なこと言ってないで、早く歩きなさいよ」
マーク「うん? なんか衛兵がこっちに向かって来てるぞ?」