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第二話 グレイス様


 バルドア大森林――体長五メートルを優に超える体躯を誇るダイアウルフや、凄まじい膂力と残忍性を持つオーガなどが跋扈(ばっこ)する、適正レベル50を超える高難易度エリアだ。バルドア大森林の最奥地、切り立った崖の上に(そび)え立つのは、この地には相応しくないほど立派な巨城。僕はそこへ向かって森林の中を進んでいた。


 僕は生まれた時からグレイス様の配下だった。何百匹と存在するスライムの中の一匹で、グレイス様の道具として使われるためだけに生まれてきた。

 しかし、この地に生息するモンスター達は違う。原生モンスターとして大森林に生息していた彼らを、グレイス様が配下として手懐けたのだ。愚かにもグレイス様に反抗したモンスターはグレイス様が力尽くで黙らせた。身の程を知らぬ愚者を生かしておくとは、グレイス様はなんと慈悲深い御方なのだろうか。


 話を戻すが、大森林のモンスターは配下としてグレイス様に従っているが、忠誠を誓っているわけではない。グレイス様の命令に渋々従い、陰では彼の方に対する愚痴まで溢しているのだ。僕としては彼らは死ぬべきだと思うのだが、生かしておくのがグレイス様の御判断ならばそれが正しいのだろう。

 僕はグレイス様に対して無礼な態度を取る彼らを面白くないと思うのだが、どうやら彼らも僕のことをよく思っていないらしい。その証拠に僕の行く手を塞ぐように巨大な狼が現れた。


「おお、赤いの。久しいではないか。ラビにでも食われて死んだかと思うたぞ」


 ダイアウルフ・リーダー。大森林のダイアウルフを率いる上位種モンスター。頭から尾の先まで八メートルはありそうな身体は灰色の体毛で覆われており、口元からは一本一本が僕の体と同じくらいの大きさの牙が覗いている。最近の弱っちい人間なんて丸呑み出来そうなほど大きな口腔もまた、本能的な恐怖を煽る。

 彼は何かと僕に絡み、僕を馬鹿にしてくる。とはいえスライムの僕がまさかダイアウルフ、それも上位種をどうにかできるとも思えなく、いつも適当に流している。そもそも、同じくグレイス様の配下であるのだから、敵対などするわけにもいかないが。


「そうか。悪いけどグレイス様のもとへ参上するところなんだ」


(うぬ)も相変わらずつまらんのぅ。そんなだからうちの若いもんが萎縮するんじゃ。もっとふれんどりぃにできんのか?」


 そう言われてダイアウルフ・リーダーの後方を見やる。そこには隠れてこちらを窺うダイアウルフ達がいた。ダイアウルフ・リーダーが訳の分からないことを口にするが、彼らは影から覗いて僕を馬鹿にしているのだろう。


 僕はダイアウルフ・リーダーの言葉には答えず、彼の足下を通って再び城へと向かった。






 この世界では現在人類と、魔王が率いる魔王軍が戦争をしている。人類側の構成は純粋な人間であるヒューマンを筆頭に、精霊との親和性が高いエルフ、手先が器用で筋力もあるドワーフ、部分的に獣の特徴を持つビースト、強靭な巨躯で敵を屠るジャイアントの五種族だ。

 対し、魔王軍の構成種族はさらに多岐に渡る。まず、トップの魔王はこの世に一人しかいないとされる現人神。その直属の部下、魔王軍幹部はドラゴンやヴァンパイア、デーモンなどとそれぞれ異なる種族だ。そして、最も数の多い一般兵士が僕達モンスターとなる。

 厳密に言えばドラゴンやデーモンもモンスターの一種だが、幹部に至る彼らの実力は同種族の中でも逸脱した存在だ。


 そして今、僕の目の前で玉座に座られているのは魔王軍幹部序列二位、『開闢と終焉の吸血鬼』と呼ばれるグレイス様――僕の偉大なる(あるじ)だ。


「……スラインか。其方(そなた)、如何様でここへ参った?」


 スラインとはグレイス様が僕のためにつけてくださった名だ。たかだかスライムごときに名を与えてくださるとは、なんと器の大きな御方なのだろうか。

 グレイス様は銀に輝く長髪を後ろへと流し、美しい紅蓮の瞳で僕を見やる。


「グレイス様。例の街の勇者を下して参りました。その報告へと参った所存です」


 グレイス様は一瞬考えるような仕草をすると、思い至ったのか僕へと言葉を投げ掛けてくださった。


「……ああ。北ラグマの街か。ふむ、よぅやった。褒めてつかわすぞ」


「ありがたき御言葉」


 おお、なんということだ。グレイス様が僕なんかを褒めてくださるなんて。

 僕はぷるぷると体を震わせながら、(あるじ)の御言葉を待つ。


「……あー、うむ。では次の仕事を任せるとしよう」


 また僕に仕事をくださるようだ。期待されている、なんて無い口が裂けても言えないが、グレイス様の望みとあらば命を賭して叶えて差し上げよう。

 僕は心持ち姿勢を正し、下される命令を待つ。


「……あ、ああ、あれじゃ。リーナの街でな、とある勇者が頭角を現し始めたそうじゃ。お主にはそれをなんとかしてもらいたい」


「かしこまりました」


 グレイス様は一瞬目を細めると、これで話は終わりだと言わんばかりに瞑目し、そのまま動かなくなる。

 僕は「失礼します」と玉座の間を出て、その足で次の仕事場まで向かうことにした。


 リーナの街……そこまで遠い所ではない。迅速に仕事を終わらせるためにも、ここは走って行くことにしよう。

 走る足はないが、僕はリーナの街へと急ぐのだった。


スライン「グレイス様とダイアウルフ・リーダーの口調が似ている気がするけど、多分ダイアウルフ・リーダーが愚かにもグレイス様の真似をしているんだろう」

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