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07 鶏カシュ




何処までも眼下に広がるのは、紺碧の海。


陽光煌めく海面に潮風が吹き渡り、岸に着けられた商船の帆の群れは大小鮮やかに翻る。


ここは、港の喧騒すら届かない、高台の閑静な高級住宅地……




……からは程遠い、真っ昼間から罵声と嬌声で溢れる歓楽街。


「マスター、エール3杯。あと鶏カシュ大皿で」


「あい、任せときな」


甘ったるい蜂蜜のような声に、店主のガラガラ声が答えた。


ここは『ドンパチ亭』。

普段レイラが一人でよく出入りしている場末の荒くれ酒場である。


「ほれ、エールお待ちどう」


店主シャンディガフは大柄の中年男だ。

カウンター内を忙しそうに動き回る度、ビール樽のような腹が揺れている。

頭にちょこんと被ったボロボロの海兵帽の間から覗く、すっかり薄くなったショウガ色の髪も同じように揺れている。


「サンキュ。……じゃあ皆、アンバーエンジェルの栄光を称えて、乾杯!」


首領の音頭と共に、女盗賊の一味はグラスを高々と掲げた。


ここ、ドンパチ亭に集まる客といえば、日雇い作業者に、浮浪者。また、ちょっとしたお尋ね者。

囚人上がりや盗賊の類、闇商売に走っている者など、顔ぶれは実に様々。


こんな店に華麗な少女(盗賊の類ではあるが)などそうそう訪れないので、レイラはウインク1つで男衆からの奢り酒が飲める特権身分となってしまった。


勿論、客層が客層なので、中にはレイラを襲ってしまおうか、拐って人売りに出してやろうかと企む輩がいないわけではなかった。


しかし、それらは早々にレイラ本人、もしくは、いつの間にやら常連客によって結成された『我らが天使 レイラ・アンバー親衛隊』なる組織に叩きのめされるハメになった。


先日、喧嘩騒ぎに巻き込まれた際には、レイラは得意の飛び蹴りを披露した。

『可愛い上に骨のある、大したヤツだ』と店主シャンディガフにも気に入られて、もうすっかり常連客の仲間入りを果たしている。


しかし、今日のレイラは男衆(ファンたち)の輪から外れ、カウンターの隅に陣取っている。


店主に仲間を紹介しようと、初めてシャロンとカノペペを連れてきているからだ。




「……聞けば、天使なんですってね、キャプテン。毎日のように姿を現し、男性方のテーブルを飛び回る天使だとか」


「悪魔の間違いなのに」


「まあまあ、良いじゃない。私たち、アンバーエンジェルなんだからさ。それより、そろそろどっかでっかいとこ襲おうよ」


二人の冷ややかな視線をよそに、早速グラスを傾けるレイラ。


「襲うのは構わないのですけど、情報集めの方はどうなりましたの?」


「え? シャロンがやってくれてるんでしょ?」


「わたくしは、このところずっと詩作に耽っていましたわよ。潮風と戯れ、夕凪の海を眺め……

それと、刺繍なども嗜んでいましたわ。市場で良い絹糸を見付けましたの」


高尚な趣味を存分に楽しんで満足そうなシャロン嬢。

――遠回しに『やっていませんわ』と告げるシャロン嬢。


「わたくしは、てっきりレイラが……」


「私はちゃんと本職に依頼したんだよ?たっぷり前金掴ませてさ。でも、あいつったら全然連絡寄越さないの!」


情報屋トンガリ・ブーツに調査を一任した(要するに丸投げした)レイラだったが、未だ何の報告もないらしい。


「ってなわけだから、しっかり頼んだよ、シャロン嬢」


「あら、わたくしだって、前金がなくては働きませんわよ? ……それにキャプテンだって、夜遊びのついでに噂話の一つでも聞けるのではなくて?」


「それはあれだよ。遊びと仕事はメリハリがあれだからさ、だからシャロンが……」


「いやいやキャプテン、ご冗談を……」


「糖蜜酒、ロックで」


ねちねちと不毛な論争を繰り広げる二人を横目に、お下げ髪の短剣使いは早くも2杯目を煽った。


因みに、この論争にカノペペが巻き込まれることはない。

彼女に頼んだところで、毛布に引きこもるのは目に見えているからだ。


「……真っ昼間からこんなとこで犯罪計画を練るつもりか?全く、恐ろしいお嬢さんたちだぜ。震えが来るな」


話を盗み聞いたシャンディガフが、ふざけて腹の贅肉をブルブル震わせたのを見て、レイラは笑ってしまった。


彼女が女盗賊の頭を張っていることは、初来店の時に告げている。

この店はそういう客の落とす金で成り立っているのだから、少々物騒な話をしても特に問題ない。


「犯罪計画なんて大袈裟な。いつもみたいにちょっと遊んでみたくなっただけだよ」


「人々が汗水を流して蓄えてきた金品を盗み尽くし、積み上げてきた努力と夢と希望を一夜にして破壊するのが盗賊(わたくしたち)の義務ですものね」


「……上手く殺る」


「何だか分からんが、レイラもお仲間もイカれてるってことはよく分かった。流石はお尋ね者ってか? ……はい、鶏とカシューナッツのソテー、お待ちどう」


「サンキュ。でも私たち、まだこの都市じゃ手配されてないよ。だからこそ、でっかい略奪(こと)もやり易いの」


香ばしい鶏肉とナッツを咀嚼しながら、レイラは目を光らせた。




ここ、ガレオット連邦国は、24の都市から成る国家である。

都市は、それぞれ立法、司法、行政権を有しており、独自の警察組織や、都市防衛軍を持っている。


連邦国を構成する24都市は、元はそれぞれ独立した小国だった。


約30年前、侵略戦争を仕掛けてきた北の大帝国に対抗するため、24の弱小国同士が軍事同盟を結んだのがこの国の起源なのである。


さて、そんなガレオット連邦国の警察は大きく2つに分けられる。

国全体を脅かす政治犯罪や大規模な凶悪犯罪を取り締まる連邦警察と、24都市がそれぞれ有する都市警察だ。


各都市の都市警察は小国時代の憲兵組織や治安維持部隊の流れを引いているものが多く、それぞれが24の組織として独立している。


故に、都市警察同士の連携は薄い。

何せ、ほんの30年前まではいがみ合う敵国同士だった都市すらあるのだから。


だからこそ、アンバーエンジェルは捜査の手が強まる前に都市間を移動して、新天地で略奪に勤しめるのである。


結局、ドルエンセントで事件を起こさない限り、他都市のお尋ね者をドルエンセント都市警察が捜索することはまずないということだ。




「あ、ところで」


少し酒が回ったのか、頬を上気させたレイラが、思い出したように口を開いた。


「襲撃のことなんだけどさ。私、この前高台の方に豪華な家がいっぱい建ってるの見たんだよね。その中の、一番大きな建物はどうかなって。綺麗な白い石造りの……」


情報はともかく、獲物の目星だけはしっかり付けているらしい。


しかし、それを聞いた途端、シャンディガフは素っ頓狂な声を上げた。


「白い石造りぃ? やめとけやめとけ。そりゃ、モーレイのモンだからよ」


「モーレイ? 何それ」


「おっと、やっぱ知らねえか。ここらじゃ有名なんだがな。

『モーレイ海運』。この辺一帯の港で荷役なんかを手広くやってる、でっかい会社だよ。……表向きはな」


そこまで言うと、店主シャンディガフはニヤリと笑って、ぐっと声量を落とし始めた。







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