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03 カノペペさんは毛布がお好き

 



 カウンターの内側にある扉の奥。そこは物置部屋だった。


 レイラは軋む扉を開けて、陰気な室内に一歩踏み入れた。その瞬間、


 ヒュッ、と一直線に空を切って、レイラの眉間に白い光が飛んできた。


 咄嗟に身を屈め、避ける。


 と、その白光は――白くぎらつくナイフは、レイラが後ろ手で閉めかけた木製扉にザシュッと突き刺さった。


「ノックくらいして。……びっくりした」


 狭苦しい物置部屋の薄闇に、気だるげな声が沈む。

 散らかった床の上で、声の主――陰気そうな少女は毛布にくるまっていた。


「ごめんってば。ただいま、カノン」


 カノン、と呼ばれたその少女は、猫のような間抜けた欠伸で返事をした。

 それから、長い黒髪を梳かしもしないで左右に分け、のんびりと三つ編みにし始めた。


 レイラはその作業が終わるのを黙って待っていた。

『びっくりした』だけで仲間にナイフを投じた彼女を咎めることもなく。


「……で、何の用」


 黒髪お下げのその少女は、寝転んだまま、ジトっとレイラを睨み付ける。


「何って、仕事だよ。起きて」


「やだ」


 即答の後、彼女は再び毛布を頭から被って、何やらむにゃむにゃと呟いた。


「朝は二度寝のじかん、昼は昼寝のじかん、夜は寝るじかん……」


「こらっ、起きなさい。キャプテンの命令だよ! カノペペ・チーノ・ペペロン――」


 その刹那、毛布の隙間から手が伸びて、二本目のナイフが飛んできた。


 レイラは再び身を躱す。


「本名で呼ぶな。……次は殺す」


 カノペペの黒い瞳は、黒曜石の矢尻のごとく尖ってレイラを射竦めた。


 彼女は南西王国(がいこく)風の名に強いコンプレックスを抱いているのだ。故に、人には『カノン』の愛称でしか呼ばせない。


「ごめんごめん。まあ、許してよ。多分楽しい仕事だからさ」


 カノペペをからかうのにもそろそろ飽きてきたらしい。レイラは懐から先程盗った、ルビーの嵌まった短剣を取り出し、彼女の前でちらつかせた。


 途端、カノペペは、ねこさん柄の毛布を跳ね上げ飛び起きた。


 枕元に放られていたトレードマークの黒縁メガネを掛けると、カノペペの気だるげだったジト目が、瞬時に冷徹な短剣使いの眼光を宿す。


 引ったくるように短剣を受け取ると、彼女は徐に刀身を検め、柄に埋め込まれたルビーを確かめた。


「どう、使えそう?」


 暫しの沈黙の後、カノペペは首を横に振る。


「……実践向きじゃない。飾る分にはまあまあ良い。」


「どのくらいで売れる? 5金貨?」


「もっと、ぼれる。きちんと磨けば」


 無表情だったカノペペの口角がほんの僅かに上がった。

 研ぎもこなせる彼女は、大人しそうな見掛けによらず、なかなか強かだ。


 銃器を忌み嫌い、刃物と毛布をこよなく愛する腕利きの短剣使い。

 勿論、彼女も盗賊一味の仲間である。


 "山猫のカノペペ" の名の通り警戒心が強く、一人でいることを好む、攻撃的で怠惰な、扱い難いことこの上ない変り者。


 そんな彼女すらも一戦闘員として受け入れるレイラの度量の広さは賞賛に値する。


 "化け猫のシャロン" 、"山猫のカノペペ" 、そして、"琥珀色の悪魔" レイラ・アンバー。


 富と快楽を求めて都市を渡り歩く彼女たちこそが、盗賊一味『アンバーエンジェル』である。


「……じゃ、早いとこ盗品商を探して売ってしまおうかな。手入れよろしくね、カノン」


「……」


 レイラがそう言ったとき、カノペペはもうとっくに短剣を研き始めていた。


 こうなると返事が帰ってこないことを知っているレイラは、そっと部屋を後にした。




 物置部屋から出ると、何やら良い匂いがした。

 シャロンが朝食に即席のサンドイッチを作っているのだ。


 バケットの切れ込みにハニーマスタードを塗り、厚切りのハムをサンドする。そこに、炙ってとろけたチーズを贅沢に乗せる。


「レイラの分も作りましょうか?」


「今はいいや。あ、昨日近くに美味しそうなパスタの店を見つけたんだ。お昼に行こうよ」


 レイラはガラクタの中から比較的綺麗なソファを引っ張り出してきた。

 その上に、バサッと大きなシーツを広げる。


「カノンはどうなのかしら。もう起きていますの?」


「剣研いでるよ」


「それなら暫くは何も食べないでしょうね……」


 そんな呆れ声を聞くともなく聞きながら、レイラは全身に纏っていたショールを脱ぎ始める。


 身体を覆う余計な布を全部取り払って、彼女は清い柔肌の、生まれたままの姿になった。


 そのまま、どさっとソファに身を投げる。

 素肌を包む真っさらなシーツが心地良い。


 時の立つのを無視して、毎日夜通し遊び回るレイラ。

 そんな彼女も、この朝の僅かな時間だけは全てを忘れ、静かに微睡む。


「――おやすみなさい」


 穏やかなその声をぼんやり聞いたのを最後に、琥珀色の悪魔は朝の眠りについた。






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