シュークリームローズ
御門間礼子はワイングラスに血を絞り出す。
ソムリエナイフはナイフと言いながらもワインボトルの亜鉛の封を切るためだけの鈍い刃しかついておらず、乳母車から拾ってきた乳幼児の首を切るために別にナイフを用意しなければならないのが面倒だった。
とっくに絞めてあるので、血は吹き出さずぽたぽたとグラスに落ちる。
グラスの中に赤黒い薔薇が咲いた。
グラスの外に零れた血も薔薇の形の染みになっている。
見えないし聞こえないもしないが、御使いのシュークリームローズがいる。
御使いではあるが、シュークリームローズは制御不能の存在だ。
昔々、ここではないいつかどこかで、もしくは友達が友達から聞いた話なんだけどで語られるべき猟奇事件があった。それは正しく、向こう側のリアリティが本質の事件だった。
だが誤って、校門に生首を飾った犯人は捕まってしまい、誤って報道されたためにここではないいつかどこかの事件はこちら側の事件になってしまった。
その反動で向こう側から這い出てきたのがシュークリームローズだった。
出所来歴は知れず、目的もなく自動的で、惨劇を振り撒く。
誰がどうやったのもいまだわからぬままで、日本どころか世界中を震撼させた猟奇事件があった。藤井石小学校の人間シュークリーム事件。
被害者の皮膚でできたシュークリームの皮を開けると、肉と内臓で作られた赤黒い薔薇が血臭とともに咲き誇りその中心には生首が飾られていた。
床や壁、天井にも飛び散った血はすべて薔薇の形になっていた。
執拗に報道されてもこちら側の解釈を拒み続ける事件だった。
誰かが、誤ってこちら側になってしまった事件を、ここではないいつかどこかの事件として語り直さない限りシュークリームローズは自動的に存在し続ける。
しかし、御門間のようにそれを知る者は語り直す能力を持たないし、どこかにいるであろう語り直せる者はそれを知らない。
シュークリームローズ。
シュークリームローズ。
シュークリームローズ。
名前を呼ぶだけでやってくる。
更に御門間はこっくりさんをアレンジしたシュークリームローズを呼び出す儀式を、玉城がドリームランドの噂を集めるために使っていた掲示板をはじめネットに拡散させていた。
最近のニュースを見ると人間シュークリームはあちこちで増殖していた。
誰かが英訳して流したらしく、アメリカのアーカムでも人間シュークリームが発生している。
惨劇のあった学校に慰霊のためと称してダーマー地蔵を寄贈したら、どんなことになるのだろう。
御門間は自分の思い付きにほくそ笑む。
眼帯で隠された右の眼科の奥で、小さな白い閃光が散る。
眼球を潰して打ち込まれボルトは脳にまで食い込み、摘出すると脳に取り返しのつかない損傷を与えるということで医者も手をつけられずそのままにされてあった。
御門間は薬指と小指が欠損した右手で冷やしてあったスペインのスパークリングワインのボトルをつかむ。
封を切り、コルクを飛ばそうとするが左手は薬指と小指しかないのでなかなかうまくいかない。
指だけではどうしても開けられず、ソムリエナイフのスクリューをコルクにねじ込みナイフごと引っ張って、コルクを飛ばした。
高い所から糸のように細くスパークリングワインを血のたまったグラスに注ぐ。
血は液体の中で無数の赤く小さな薔薇になって、泡とともにグラスの中で踊っている。
御門間は蛭にも似た厭らしい唇を薔薇とワインで湿らせて、笑う。