第8話 曖昧な答え
美羽を元気づけるためにパトロールを切り上げて商店街に来たのはいいが、夜の9時を回るとさすがに開いてるお店も少ない。アーケードの下を歩く人もあまりおらず、雑貨屋も全てシャッターが閉まっていて、少し歩いたところにある大型スーパーも営業時間は午後8時まで。開いてるお店といえば、飲食店かゲームセンターくらいしかない。
なので、マキナは飲食店にしようか悩みながら、美羽にお腹が空いてないか確認したのだが。
「すみません……パトロールをする前に食べてきちゃったんで……」
美羽に申し訳なさそうにされたので、飲食店は選択肢から消した。
そりゃそうだ。家に帰ってから晩御飯を食べる時間は充分にあったし、マキナも家で食べてきている。
というわけで、残った選択肢がゲームセンターくらいしかなかったので、マキナは美羽を連れてゲームセンターに入った。
マキナは人間界にやって来てまだ日が浅いので知らないが、通常保護者のいない16歳未満の子供は、夕方の6時以降はゲームセンターで遊べない。美羽もそうだが実はマキナも年齢が2カ月ほど届いていない。
当然だが、ゲームセンターに入店したときに店員にめちゃくちゃ睨まれたのだが、マキナは何か凄く睨まれてるなぁと額に汗を流しつつ、「どうも」と愛想笑いを浮かべながら軽く頭を下げて、店員をスルーした。
まずは太鼓のリズムゲームで肩ならしといこうか。そう意気込んでみたものの、マキナは太鼓を叩くタイミングが上手く掴めずにすぐにゲームオーバーになってしまう。逆に美羽は音楽に合わせてリズムを取っているのか、スムーズに太鼓を叩いて高得点を出していた。
続いてダンスのリズムゲーム。こちらもマキナはポーズを取るタイミングが掴めずにボロボロだったが、美羽は音楽に合わせて綺麗な感じで踊っていた。ちなみに、後ろで見ていた観客たちからは、どよめきの声があがり、ゲーム終了後は拍手喝采が起こっていた。
「美羽ちゃん。上手いね」
マキナも美羽の踊りに魅せられて称賛の言葉を送ったが、
「そ、そんなこないですよ。音楽に合わせて動いてただけなんで」
美羽は照れながら顔を赤くして、首と手を振りながら必死に謙遜していた。
その後は格闘ゲームや対戦型パズルゲームをして2人で楽しんだ。
今は店の入り口の近くにあるクレーンゲームにマキナは挑戦している。ケースの中にはカエルがデフォルメされたぬいぐるみが置かれていて、美羽が欲しそうに瞳をキラキラさせながら見つめていたので、マキナはカエルのぬいぐるみをゲットすることにしたのだ。ところが、これがなかなか難しい。マキナは500円ほどお金をゲーム機に吸い取られた。
「ク、クソッ……もう1回!」
「あ、あの……先輩。もう、その辺でやめといたほうが……」
マキナのストレスはすでにMAX! 隣で美羽が若干引いて心配しているが、ここで引き下がるわけにはいかない。アームが弱く感じようが、これ、絶対に取れないように設定してるんじゃね? と感じようが諦めるわけにはいかない。
マキナは、クレーンゲームにもう1度100円玉をつぎ込む。明るい未来のために全神経を集中してボタンを操作する。ぬいぐるみの位置、今までの経験からわかったアームの動きと誤差の修正具合。そういった事柄を全て演算し、そこから導き出される答えを逆算して正解のポイントをイメージしてアームを動かす。
これ以上失敗してたまるか! マキナの思いを受けたようにアームの先端がぬいぐるみの紐を捕らえた。がっつりと紐を挟んで取り出し口の方へ移動する。
「「おおっ!」」
感嘆の声をあげたマキナと美羽の期待に応えるかのように、アームの先端が開き、カエルのぬいぐるみが取り出し口に落ちた。
今までの努力が報われたことでテンションが上がったマキナは、その場でガッツポーズをする。
「よし!」
「やった!」
美羽もつられてガッツポーズをしたが、途中で我に返ったのだろう。「あっ」と手を引っ込めると顔を真っ赤にして俯いた。その光景が何だかおかしくて、マキナは「くすっ」と笑ってしまう。
「ご、ごめんなさい。つい……」
「いいよ。気にしなくて。美羽ちゃんが楽しんでくれたら、それで良いから」
そう言ってマキナは、クレーンゲームの取り出し口からカエルのぬいぐるみを回収して、美羽に差し出した。
「えっ?」
「いや、美羽ちゃんが欲しがってるんじゃないかと思ってさ。良かったら受け取って」
「……いいんですか?」
キョトンとして見上げてくる美羽にマキナは口元を緩めて頷く。
「もちろん!」
「……じゃ、じゃあ……!」
戸惑いながらゆっくり手を伸ばしてぬいぐるみを受け取った美羽は、ぬいぐるみをギュッと抱きかかえると、本当に嬉しそうな感じでニッコリ微笑んだ。
「ありがとうございます!」
相当嬉しかったのか、美羽はお礼を言いうと、カエルのぬいぐるみを大事そうに抱えたまま、肌触りを楽しむように頬をすり寄せた。
「えへへっ」
退魔師と言っても、やっぱり年相応の子供なんだな。
ここまで喜んでもらえると、ぬいぐるみを渡したマキナのほうとしても嬉しくなってくる。
「どういたしまして」
美羽の喜ぶ姿を見てマキナが満足していると、『22時以降は18歳未満の方のご利用は控えさせていただいておりますので、ご退場をお願いします』という店内アナウンスが流れた。
「何か店内放送で出てくれみたいなことを言ってるし、今日はもう帰ろっか」
美羽も元気になったみたいだし、後は帰りながら少し話をするだけだ。パトロールは明日から本腰を入れてしようと心に決めつつ、マキナは美羽を連れてゲームーセンターを出ることにした。
2人で自動ドアを通り過ぎて外に出ると、夜の10時を過ぎていることもあって、商店街に並んでいるお店のほとんどが閉まっていて、アーケードの下を歩く人も居るには居るが、ほぼ皆無に等しい。
そんな寂しくなった商店街の通路を歩きながら、マキナは美羽に声をかける。
「美羽ちゃん。楽しかった?」
「はい! とっても」
「そっか。なら、良かった」
まずは、当たりさわりのない会話で、話のきっかけ作りをしてから本題へ。
マキナとしては、少し不本意だが、お礼を言っておいて欲しいと頼まれているので、御影の話を持ち出して本題へ入ることにした。
「それでさ、話は変わるんだけど。今日学校で、人狼に襲われたって人に会ったよ」
「人狼って、おとといの?」
「うん。それでね。その人から、美羽ちゃんにお礼を言っておいて欲しいって頼まれたんだよ。助けてくれてありがとうって」
「えっ? でも……わたし、何もしてないですよ」
こちらを見上げてきた美羽の顔が戸惑っていたので、マキナは詳細を伝える。
「人狼の囮になって、ケガしてる人たちから遠ざけたんだよね?」
マキナと美羽が出会ったのも、ちょうどその時だったのだろう。今にして思えば、美羽の身体能力で歩いている人狼を振り切れないはずがない。人狼の注意を引きつけながら走っていたのだとマキナは確信する。
「退魔術がほとんど効かなかったから、それしかできなくて……ははっ……」
美羽が額に汗を浮かべながら苦笑したので、マキナは口元を緩めて、彼女の頭に優しく手を置いた。
「それしか出来なかったんじゃない。美羽ちゃんが人狼を引きつけたから、助かった人がいるんだよ」
もし、美羽が玉砕覚悟で人狼に挑んでいたなら、それは悪手にしかならない。美羽が殺された後に御影とその仲間も殺されてしまう可能性が高い。だからこそ、人狼の囮になってその場を離れた美羽の判断は間違っていなかったと思う。
「わたしが……助けた?」
戸惑いながら見上げてくる美羽にマキナは軽くうなずく。
「そう。美羽ちゃんが助けたんだよ」
美羽は人差し指を顎に当てて、一瞬何かを考えるように「うーん……」と唸ってから、頬を赤くしてはにかんだ。
「えへへっ。そう言ってもらえるとうれしいけど、なんだか照れちゃいます」
「まあ、照れるのはわかるけど本当のことだから。それに、俺は美羽ちゃんのことを立派な退魔師だと思ってるよ」
「わたしが、ですか?」
「うん。そうだよ」
神社で見せた戦闘能力の高さや小鬼の時に見せた優しさ、そして御影から聞いた状況判断の的確さ。どれをとっても能力的には申し分ないと思う。
「でも、さっきのゴブリンさんみたいに上手くいかないことのほうが多いですよ。ははっ……」
頬を朱色に染めながら苦笑する美羽が言うこともわかるが、それは仕方がない。美羽は小学生。話し合いに応じない魔族や人外も多いだろう。もしかしたら、力づくで従わせれば少しは上手くいくかもしれない。だが、魔族や人外たちから不満が続出するだろうし、ヘタしたらブラドみたいな危険分子をたくさん生み出す結果に繋がりかねない。それはそれで大問題だ。
「だったら、美羽ちゃんが困ったときは、俺が力を貸すよ」
「えっ? それって……」
目を丸くする美羽の頭から手を離したマキナは、苦笑いをしながら自分の頬を掻いた。
「いや、魔界との絡みがあるから、さすがにパート―ナーは難しいけど、美羽ちゃんを手伝うくらいはするから……」
パート―ナーの返事としては凄く曖昧だが、これがマキナの精一杯の答え。魔王の命令で人間界に来ている以上は勝手に退魔師と協力関係を結んで良いか迷う。かと言って、美羽のことも放っておけない。優柔不断で卑怯な答えだとマキナ自信もわかっているので、
「ちゃんとした返事を出来なくてごめん!」
両手を合わせてマキナが謝ると、美羽が「くすっ」っと笑った。何で笑われたのか疑問に思い、「へっ?」と間抜けな声を出したマキナを見て、美羽はさらに苦笑する。
「ははっ……すみません……先輩って、わたしが想像してた悪魔のヒーローと全然ちがうんで、なんだかおかしくなっちゃって」
「えっ? もしかして、イメージをぶち壊しちゃった?」
体中から冷や汗を流して訊ねるマキナに美羽は「うーん」と首を傾げた。
「悪魔のヒーローって、もっとこう、俺がこの街の平和を守るんだーっ! 的な熱くてカッコいいのとか、俺がこの街を守るから、キミはなにもしなくていい! みたいなクールなのを想像してたんですけど……」
「違った?」
「はい。先輩って、なんていうか、普通っていうか、少し頼りない感じが……」
「————ッ!?」
マキナは絶句した。小学生がイメージするヒーロー像をぶち壊したどころか、まさか頼りないとまで言われるとは……めちゃくちゃ申し訳なくて、心が痛すぎる。
胸を押さえて歩くマキナの横を中年のサラリーマンが「何だ? こいつ」みたいな顔をして通り過ぎていったが、マキナにはそんなことを気にする余裕はない。
「も、もしかして……幻滅した?」
おそるおそる訊ねたマキナに、美羽は首を小さく横に振って答える。
「幻滅っていうよりは、なんだかホッとしました」
「えっ? そうなの?」
「はい!」
美羽が満面の笑みを浮かべたので、マキナは目を見開いた。
頼りないのにホッとされるなんて予想外だ。
「どういうこと?」
「なんていうか、頼りない感じはするけど、先輩がお人よしで、真面目にわたしのことを考えてくれてるっていうのは、すごく伝わってきたんで」
流暢に話す美羽からは、今までのような変に遠慮した感じや、思い詰めた様子は一切感じられない。むしろ、僅かだが明るさを感じる。おそらくは、これが美羽の本来の姿なのだろう。
美羽は「だから」と付け足して、言葉を続ける。
「先輩が、悪魔のヒーローでよかったです」
言い切ってから、美羽は深呼吸をすると、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「えへへっ。自分で言ってて、なんだか恥ずかしくなっちゃいました」
パート―ナーの返事後は、美羽に押される形で話が進んでしまったが、美羽が吹っ切れたみたいにスッキリした顔をしているので、これはこれで良かったのかもしれない。
マキナは、今後の関係を確認するため、頬を緩めて美羽に声をかける。
「これからよろしく」
すると、美羽も自然な感じで返してくれた。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
とりあえず、パート―ナーの返事も落ち着くところに落ち着いた。後は、ブラドの件と夜束市の魔族や人外たちの調査。まだ残っているこれらの問題に集中するだけだ。
「明日からが本番だな」
何気にそう呟いたマキナは、美羽と一緒に商店街のアーケードを通り過ぎて、ビルの明かりと電灯が灯る薄暗い道路へと足を進めた。