第15話 参戦
夜束市の至るところで、スピーカーから流れている非常放送が、繰り返し何度も聞こえてくる。
市民の皆様。現在、夜束駅前では、テロリストを名乗る集団が現れ、暴動騒ぎが起きております。警察が総力をあげて、対応していますので、市民の皆様は、絶対に近づかないで下さい! 繰り返します――――。
だが、放送内容とは裏腹に、パトカーはおろか、警察官が1人も駅前に向かっていない。スピーカーの放送で非常事態が伝えられるのみ。もしかしたら、神魔管理協会が動いて、裏から手を回しているのかもしれないが、そんなことはどうでも良い。今は退魔師として、自分の役割を果たしに行くだけだ。
立ち並んでいる民家の屋根から、小さなビルの屋上へと飛び移り、スマホを耳に当てた美羽は、夜束市にある建物の上を疾走する。
「もしもし。綾音さん。今からマキナ先輩のアパートへ、車で向かって欲しいんですけど」
「あの、クソ虫のところへ、ですか……」
通話の相手は九条綾音さん。表の一般的な仕事が忙しい母親の変わりに、退魔師の仕事の事務処理や、ついでに、家事などをやってくれている神魔管理協会の職員さんだ。
綾音さんは何故か先輩を嫌っているみたいなので、頼みごとを聞いてくれるかどうか、少し不安だが。
「ダメ、ですか……?」
「いや、まあ……美羽さんが持っているスマホのGPSの履歴を辿れば、行けないことはないですが……」
「だったら、お願いします!」
小さなビルの屋上から飛び下りつつ、美羽が強い口調でお願いすると、電話の向こうの綾音さんは一瞬沈黙してから、
「……わかりました」
渋々といった様子だが、了承してくれた。本当にありがたい。先輩が強いと言っても、ケガの治療を終えたばかりだ。目覚めてから、駅前に来るまでの間くらいは、少しでも休んでいて貰いたい。そう思って、無理を承知で綾音さんに頼んだのだ。
「ありがとうございます!」
綾音さんにお礼を言ったのと同時に、美羽は駅前に続く広い道に着地する。視線の遥か先では、バリケードが道幅いっぱいに並べられており、黒い服を着た人が自動小銃を構えて立っている。
通話を切ってスマホを制服のポケットにしまうと、美羽は駅前に向かって広い道を全力で走る。
「お、おい! ここは立ち入り禁止だ! 止まりなさい!」
猛スピードで走って近づいてくる美羽に気付いた黒い服装の人が、慌てた様子で制止を促してくるが、美羽は止まらない。そのまま走り続け、黒い服装の人が立っているところまで近づいてから、空高くジャンプ。空中で前転をしながら、黒い服装の人を飛び越える。
「なっ!?」
片手をついて着地した美羽が、首だけ振り返ると、黒い服装の人は、自動小銃を落としそうなくらいポカーンとした表情で、こちらを見つめていた。
「ごめんなさい! わたし、戦わなくちゃいけないんです!」
黒い服装の人に謝った美羽は、駅前の方向に顔を戻すと、再び走り出す。
美羽の視線の先では、黒い服装の人たちと、ホムンクルスの集団が、激しい戦いを繰り広げている。黒い服装の人たちは、自動小銃や拳銃で攻撃しているが、ホムンクルスたちは、なかなか倒れない。1体か2体のホムンクルスを倒すごとに弾を補充するこで、何とか敵を倒している。結構ギリギリな感じだ。
そんな中、正面のホムンクルスに向かって、拳銃を撃っている黒い服装の人に、右側から近づいてきたホムンクルスが、腕を振り上げて襲い掛かろうとしているのが目に入る。
「退魔術! 電光石火」
魔力を高めることで、瞬間的に身体能力を向上させた美羽は、力強くアスファルトの地面を蹴って、黒い服装の人を狙っているホムンクルスとの距離を一気に詰めると、
「はぁっ!」
気合と共に、片方の掌をホムンクルスに突き出した。
ドンッ! という衝撃音と同時に、勢いよく後ろへ吹き飛んだホムンクルスは、複数のホムンクルスたちにぶつかりながら、アスファルトの地面に滑り落ちると、泡になって消滅した。
それを確認した美羽は、掌を突き出した状態から、体勢を元に戻して自然体に構える。すると、美羽の左側で拳銃を撃ち終えて、ホムンクルスを倒したであろう黒い服装の人が、顔だけこちらに向けて、声を掛けてきた。
「また助けられちゃったね。小さな退魔師さん」
爽やかだが、どこか軽薄そうな感じがするこの人とは、人狼と戦った時に、一度会っている。だが、この人も含めて、黒い服装の人たちは、皆ケガをして地面に倒れていたので、美羽はほとんど会話をしていない。少なくとも、この人たちの前で、自分が退魔師であることを明かしていない。
「なんで、わたしのことを……?」
ちょっと馴れ馴れしい感じもあって、美羽が警戒心を強めていると、黒い服装の人は、再び近づいてきた新たなホムンクルスに向き直り、拳銃を撃ちながら素性を話してくれた。
「僕は御影悠真。神魔管理協会の職員で、普段は天啓学園の教師をしている」
美羽は、近くにいたホムンクルスが、腕を横に薙ぎ払ってきたのを、頭を低くすることで回避。ホムンクルスのお腹に掌底を叩き込んで、吹き飛ばしてから、納得する。
「あっ……それで、わたしのことを知っているんですね」
正直なところ、美羽は、この人たちの存在を知らないし、綾音さんから、それらしい話を聞いたこともない。神魔管理協会の主な役割は、人間界にいる魔族や人外の生活のサポート。実質的な治安の管理は、各地域にいる退魔師に委ねられていて、協会は、退魔師が仕事をしやすいように色々サポートしてくれている。
とはいえ、神魔管理協会は大きな組織だし、実際のところ、協会が何をやっているのか、詳しいことは美羽には分からない。だから、綾音さんが話していないだけで、御影さんと名乗った人たちが行っているような、魔族や人外と戦う仕事を、協会が独自にやっていても、おかしくはないのかもしれない。
まあ、それでも、自分が退魔師であることをいきなり当てられて、驚いたのは事実だ。
「ちょっと、びっくりしました……ははっ……」
「そうかい。驚いてくれて、何よりだ」
苦笑した美羽に、御影さんは、満足そうな様子でホムンクルスに銃を撃っている。
この人ちょっと苦手かも……。
心の中でそう呟いた美羽は、黒い服装の人たちとホムンクルスの集団が戦っているその向こう側で、数名の黒い服装の人たちが、黒い狼の怪人に対して、ショットガンや自動小銃の弾を撃ち込んでいる姿を目にする。
「あれは……!」
教会で戦っていた時は、ホムンクルスたちの相手をするのに必死だったので、、美羽はチラッとしか見ていないが、先輩と戦っていた吸血鬼が、黒い狼の怪人に変身したのを覚えている。
「撃てっ! 撃てっ! 撃てっ!」
黒い服装の人たちは、連携を取りながら銃を撃ち続けているが、吸血鬼には、攻撃が全く効いていないみたいだ。吸血鬼は平然としながら、銃を撃っている人の1人に近づくと、顔を掴んで投げ飛ばした。
「うわぁっ! ……かはっ!」」
アスファルトの地面に打ち付けられた仲間を誰も助けに行こうとはせずに、黒い服装の人たちは、吸血鬼に対して銃を撃ち続けている。もしかしたら、それほど余裕がないのかもしれない。
だからといって、自分が吸血鬼と戦っても絶対に勝てない。でも、これ以上街に被害が出ないように、吸血鬼の足を止めるくらいなら!
奥歯をグッと噛み締めた美羽は、拳をギュッと握ると、吸血鬼に向かって勢いよく駆け出した。御影さんを含めて、10名以上の黒い服装の人たちが戦ってくれているとはいえ、ホムンクルスの数はまだ多い。数体のホムンクルスが、美羽の前に立ちふさがって、行く手を阻んできたので、制服のポケットにある霊符に手を伸ばす。
教会で戦った時も使ったから、残りの霊符は3枚――――。それら全てを取り出して、立ちふさがるホムンクルスたちに向かって投げつけた。
「退魔術! 霊爆符」
轟音と共に吹き荒れる風と炎。爆発した霊符が、立ちふさがっていたホムンクルスたちを一気に消滅させる。
「な、何だ? 今の爆発は……」
爆発が止んで、視界を覆うほど広がっている煙の向こう側から、黒い服装の人たちの誰かが、驚きの声をあげたのと同時に、銃声が止まった。その間に、美羽は煙の中へ飛び込む。
空中を移動しながら、煙を抜けて、地上に目をやった美羽は、吸血鬼の姿を捉えると一気に急降下。
「はあぁっ!」
空中で全力の回し蹴りを放って、吸血鬼の頭に叩き込もうとした。だが、吸血鬼は、片腕で美羽の攻撃を簡単に受け止めてしまう。
「くっ……!」
自分の攻撃が通じないことは分かっていたが、こうも簡単に止められてしまうと、少しショックだ。
歯噛みした美羽は、反対の足で吸血鬼の鎖骨の辺りを蹴ると、その反動を使ってバク宙をしながら、吸血鬼から離れた。
アスファルトの地面に着地した美羽に、黒い狼の怪人の姿をした吸血鬼が、両手を広げて語り掛けてくる。
「これはこれは、美しいお嬢さん! 自分から私のコレクションになりに来てくれるとは、嬉しい限りです!」
「ちがいます!」
こうして、吸血鬼とまともに対峙するのは初めてだが、何ていうか、非常に気持ち悪い。
生理的嫌悪感を覚えつつ、吸血鬼の言葉をきっぱりと否定した美羽は、腰を低く落として戦闘態勢に入ると、敵に向かって疾走。一瞬で、間合いを詰めると、吸血鬼の腹に掌底を叩き込む。
ドンッ! という衝撃音と共に、確かな手応えは感じたものの、吸血鬼の体はビクともしない。
「クックックッ! まあ良いでしょう。だったら、あなたを殺して、無理矢理にでも、私のコレクションになって頂くとしましょうか!」
下卑た笑いを浮かべた吸血鬼が、両手を閉じて抑え込もうとしてきたので、美羽は後ろへ飛ぶことで回避したのだが。
距離をとって着地した瞬間に、吸血鬼が手の平をこちらに向けて、衝撃波を放ってきた。
美羽は咄嗟に両腕を重ねて、衝撃波を防ごうと試みるが。
「きゃあっ!」
結局は耐え切れずに、弾き飛ばされ、アスファルトの地面を滑るようにして、転がり落ちた。
「ぐうぅっ……!」
体中に走る痛みを堪えながら、起き上がった美羽を追撃しようとして、吸血鬼が前へ1歩踏み出す。そこへ。
「おい! 誰かあの女の子を援護しろ!」
「「了解!」」
吸血鬼の近くで、ホムンクルスと戦っていた黒い服装の人たちが、自動小銃やショットガンで吸血鬼を攻撃。
「ぬうっ!?」
無数の銃弾を受けて、体中から火花を散らした吸血鬼は、その場で足を止めた。
「嬢ちゃん! 大丈夫か!?」
駆けつけて来た黒い服装の人たちの1人が、声を掛けてきたので、美羽は吸血鬼から目を離さずに答える。
「はい! ありがとうございます!」
この人たちの仲間が銃を撃って、吸血鬼の足を止めてくれなかったら、自分は吸血鬼に追撃されて、やられていたかもしれない。そういう意味では本当に助けられた。
だが、無数の銃弾に襲われて、足を止めた吸血鬼の体には、傷が1つもついていない。
「おのれ! おのれ! おのれ! 虫けらどもが! 人が遊んでやっていたら、調子に乗りおってええぇっ!」
怒り心頭といった様子の吸血鬼は、自分に向かって自動小銃を構えている黒い服装の人に近づいて行く。
黒い服装の人は自動小銃を連射して威嚇するが、吸血鬼は全く怯まない。銃弾に撃たれながら、平然と突き進むと、腕を大きく振り上げた。
「ぐあっ!」
吸血鬼に攻撃された黒い服装の人が、空中で後方回転しながら、アスファルトの地面に倒れ落ちると、吸血鬼は後ろを向いて、ショットガンを構えている黒い服装の人に向かって歩き始めた。それと同時に、周囲の状況を確認した美羽は、「くっ!」と呻き声をあげながら、吸血鬼に向かって走り出す。
周りでホムンクルスと戦っている黒い服装の人たちも、数に圧倒されて、徐々に追い詰められている。すでに何人かは地面に倒れていて、全然動かない。ショットガンを撃っている人は、今にも吸血鬼に襲われそうだ。
このままじゃマズイ! 自分が吸血鬼の注意を引きつけないと!