第9話 夜束市の魔族と田中さん
美羽にパートナーの返事をしてから2日が過ぎた。
昨日と一昨日もパトロールを行ったが、夜束市で生活している魔族や人外たちの数は、マキナが思っっている以上に多いのかもしれない。シャルにネットで調べてもらった紙を頼りに不思議な噂が流れているポイントを回ったのだが、何ていうか、かなり微妙な感じで人間の生活に溶け込んでいる。
まずは、住宅街の外れにある多目的グランドを猛スピードで周回して、夜間にジョギングに来ている人たちを驚かせているターボ婆ちゃん。
こいつはマキナと美羽がグランドに着いた時点で、すでにトラックの周りを時速100キロ以上のスピードで周回している最中だった。ジョギングに来ていた人たちがドン引きしてトラックの周りで固まっていたので、大声で「おーい! ちょっと話があるんだけど」「止まってくださーい!」と呼び止めたが、聞こえていないのか、無視して走り続けるので、マキナはターボ婆ちゃんの足を引っかけて盛大に転ばせた。土煙を撒き散らして派手に転んだターボ婆ちゃんはブチ切れていたが、マキナは「ちょっと来い!」と言って、ターボ婆ちゃんの髪を掴んで人気が少ないグランドの隅まで引っ張っていった。
すると、ターボ婆ちゃんは怒りが頂点に達したらしい。大声でマキナを罵倒しながら文句を言ってきたが、美羽が「すみません。すみません」と頭を下げたことで溜飲が下がったらしく、その後は美羽を中心にマキナが捕捉を入れるという感じで話し合いをした。
ターボ婆ちゃんが猛スピードでグランドを走っているのは趣味らしいので、誰もいないときは全力でグランドを走っても良いが、それ以外のときは周りのペースに合わせて走ること。という形で話の決着がついた。
話し合いが終わってから、ターボ婆ちゃんは美羽のことが気に入ったらしく、「今度ウチに遊びにおいで」と美羽のことを可愛がっていた。ちなみに、マキナはターボ婆ちゃんに親の仇を見るような目で思いっきり睨まれたが。まあ、足を引っかけた自分が悪いので仕方がない。
ターボ婆ちゃんの他にも、小人みたいな姿をしたピクシーと呼ばれる妖精の集団が、墓場でダンスをして夜束市の住民たちから人魂と間違われていたり、頭が犬で体が人間みたいな姿をしたコボルトと呼ばれる魔族の少女が、人間に化けて商店街の片隅で露店を開き、人前で自分の能力を使って鉄くずをアクセサリーに変化させてから、それを売るといった感じで商売をしていたり、他にも様々な形で魔族や人外たちが人間の生活に入り込んでいた。
しかも、そのどれもが悪さってほどではないが、魔族や人外の特性が微妙に出ているせいで、夜束市の住民たちの間で変に噂になってしまっている。
ということで、マキナはパトロールで出会った人の話を聞かない魔族や人外たちに、ワザと反感を買うような行動を取って美羽に話し合いをさせるためのきっかけを作っていった。そのせいで、マキナは結構な数の魔族や人外たちに恨まれたが、美羽が退魔師としての仕事をちゃんとこなして、自信を持ってくれるなら、特に問題はない。魔界では、他人に恨まれたり蔑まされたりすることはしょっちゅうだったので、マキナは慣れている。
それよりも、少し気になることが。マキナと美羽は、人が殺された、もしくは、人が行方不明になった。と、いったようなヤバそうな噂が流れているポイントも幾つかパトーロールをしたのだが、こういったところでは、魔族や人外の姿を全く見かけなかった。最初は、魔族や人外たちの目撃情報が多い街だから、ありもしない不穏な噂が流れているんだろうと思っていたが、それでも全ての場所で何も引っかからないのはちょっとおかしい。もしかしたら、御影かブラド辺りが何か関係しているのかもしれない。御影は神魔管理協会の関係者と言っていたのでともかく、ブラドが関わっているとしたらかなり厄介だ。マキナとしても、ブラドの件は出来るだけ早く片づけたい。なので、シャルには引き続きパソコンで、夜束市の不思議な噂と一緒にブラドの情報を探ってもらっている。
そんなワケで、2日が過ぎて本日は土曜日。アパートで家事をこなしていたマキナのところへ、午後になって美羽が手提げ袋を持って訪ねてきた。
パトロールは、いつも通り夜からのはず。
玄関で扉を開けたまま応対するマキナは疑問に思って、「パトロールまで、まだ大分時間があるけど。どうしたの?」と美羽に聞いてみた。すると美羽は、「せっかくのお休みなんで、先輩に稽古をつけてもらえたらなぁと思いまして……」と、少し申し訳なさそうに言ってきた。
掃除や洗濯も終わって、残ってることといえば夕飯の準備くらいなので、マキナとしては美羽に稽古をつけるのは構わないが、
「俺が教えられるのって、実戦的な戦闘方法くらいしかないけど大丈夫?」
マキナは基本的にデモンドライバーの能力以外は使えない。魔族の中には自分の体内に流れている魔力を使用して多彩な魔法を使うモノもいるが、マキナは違う。ドライバーの能力以外で使えるといったら、母親から徹底的に叩き込まれた体術と魔界で培ってきた実戦的な戦闘術くらいのものだ。とてもじゃないが、美羽に退魔術の手ほどきなんて出来ない。
「はい。それでいいので、お願いします!」
「オ、オーケー。わかった」
美羽がやる気に満ちた顔をしているので、マキナはとりあえず稽古の先生役を引き受けたのだが、どこで稽古をするかが問題だ。誰かに見られて大の男が小学生の女の子をイジメてると勘違いされるのも嫌だし、出来ればあまり人目につきたくない。
「まあ、アパートの裏庭を使えば問題ないか」
マキナが住んでいるアパートの1階は、ベランダの変わりに裏庭になっていて、その向かいには民家が並んでいるので、人通りはない。よほど大きな音を立てなければ民家に住んでる人が出てくることはないだろうし、近所迷惑にならないための対策も一応は考えてある。
「とりあえず、靴を持って部屋に入って」
「は、はい!」
マキナは、少し緊張気味の美羽を部屋の中に招き入れてから、リビングのソファーに座ってノートパソコンで調べモノをしているシャルに声をかけた。
「シャル。美羽ちゃんと!組手の稽古をするから、固定結界で裏庭を囲って欲しいんだけど」
固定結界は、シャルが使える魔法の1つで、術者の周りの空間や物質に魔力の膜を張ってその場に固定することが出来る。本来は相手の動きを封じたり相手の干渉を阻んだりする魔法なのだが、裏庭全体を固定結界で囲えば、美羽が退魔術を使ったとしても魔力の膜に阻まれて、アパートや周りの民家に被害が及ぶこともほとんどない。今から稽古をするマキナと美羽にとっては、うってつけの魔法と言える。
「わかった」
パソコンから手を離したシャルが頷いたので、マキナは美羽を連れて裏庭に出ようと考えたのだが。
「あの……稽古をする前に着替えてもいいですか?」
美羽に言われてマキナは思いとどまった。マキナは朝から家事をしていたので、上下黒のジャージというラフな格好だが、美羽は天啓学園の制服を着ている。外にいる時なら仕方ないが、今から稽古をするのだから動きやすい服装の方が良い。おそらく、美羽が持っている手提げ袋には、着替えが入っているのだろう。
そう思ったマキナは、リビングの隣にある部屋の扉を開けた。
「着替えるんなら、この部屋を使って」
「はい」
美羽が隣の部屋に入ってから、扉を閉めて待つこと5分。扉が開いて、ちょこんと顔を覗かせた美羽が申し訳なさそうに苦笑した。
「すみません。お待たせして」
隣の部屋から出てきた美羽の服装は、天啓学園の体操服に変わっていた。紺色の半パンに白色のTシャツ。胸元のゼッケンには、『4年1組。神代美羽』と書いてある。両手で手提げ袋を持ちつつ、背筋を伸ばしてシャンッとしている美羽の立ち姿は、健康的で品があって、とても可愛らしい。以前、美羽が体育の授業を受けている時にも見たのだが、こうして間近で見るとちょっと見とれてしまいそうになる。
「あの……先輩?」
照れているのか、頬を朱色に染めながら見上げてくる美羽に呼ばれて、マキナは「ハッ!」とした。
いかん! いかん! いつの間にか見入ってしまっていたようだ。
「あ、ああ……ゴメン。どうやら、着替え終わったみたいだし、裏庭で稽古しようか」
このままではマズいと思ったマキナは、美羽を連れてリビングから裏庭へ移動した。裏庭は1階の各部屋ごとに白いフェンスで仕切られているが、それなりに広い。美羽と2人で稽古をするなら充分だ。
まずは、これから稽古をするのに邪魔な物干し竿を民家の塀側に寄せる。洗濯物は午前中に取り込んであるので、簡単に物干し竿を運ぶことが出来た。
これで一応稽古をする準備が整ったので、マキナはシャルに、固定結界を裏庭に張ってもらおうとリビングの方へ目を向けた。すると、先ほどまでリビングでパソコンを使っていたシャルが、窓を開けて裏庭に足を投げ出す感じでリビングの床に座っていた。しかも、膝の上にパソコンを置いて何事も無かったように調べモノをしている。
通常なら、魔法を使うためには詠唱が必要だったりするのだが、シャルもマキナと同じく魔王の子供。シャルにとって、固定結界くらいの魔法なら、詠唱を必要とせずに指を鳴らすだけで使うことが出来る。ついでにいうと、詠唱が必要ない魔法に関して、指を鳴らして行使するというのは魔界で昔から行われている手法らしい。はっきり言ってシャルなら、リビングでパソコンを使いながら、固定結界で裏庭を囲うことくらい簡単なハズだ。
「シャル。お前まで、何で裏庭に?」
気になって呟いたマキナに、シャルはパソコンから目を離さずに言った。
「べつに……にぃにと退魔師が、組手するのを見にきただけ」
「そ、そうか」
言い方に少し間があったので、おそらくは、マキナと美羽が稽古をしている間、シャル1人だけがリビングにいるのは、仲間外れみたいな感じがして、寂しいと思ったのかもしれない。だから、窓際までやって来たのだろう。その証拠に、「見にきただけ」と言っている割には黙々とパソコンで調べモノをしている。まあ、シャルが窓際にいたとしても、稽古の邪魔にはならない。
美羽もシャルを気にすることなく、ストレッッチをしながら体をほぐしている。準備のためとはいえ、美羽をあまり待たせるワケにもいかない。
「シャル。固定結界を頼む」
「わかった」
マキナが声をかけるとシャルは指をパチンッ! と鳴らした。それだけで、裏庭の空気が一変し、マキナたちがいる裏庭だけが、別の空間に閉じ込められたような、そんな錯覚に陥りそうになる。
「これ、結界ですか……? なんていうか、水の中に放り込まれたような感じがして、ちょっと息苦しいかも……」
「大丈夫。すぐに慣れる」
不安げな様子で周囲を見回す美羽に、シャルが声をかけたのを見届けてから、マキナは確認のために小石を拾って民家の方へ軽く投げた。
マキナの投げた小石は、プロ野球のピッチャーが全力で投げたボールすら遥かに凌駕するほどのスピードで民家の窓に迫る。だが、途中の空間で小石はゴムのようなモノに包まれたみたいに、その動きを変えた。一応は窓ガラスに当たる寸前で中空に留まっているものの、弓の弦を限界まで引っ張ったようなギギギッ! と音が聞こえてきそうな感じで微妙に動いている。
「おいおい……これ、ヤバくないか……?」
嫌な予感しかせずに、冷や汗を流しているマキナの不安に応えるかのように、小石は弓で射た矢の如き速さで地面に向かって跳ね返ってきた。そのまま、マキナのすぐ足元に直撃したが、小石は弾かれたように隣の部屋の窓ガラスにぶち当たって、バァアアンッ! と物凄く大きな音を響かせた。
「……」
「……」
幸いにもガラスは割れていないが、この状況はさすがにマズい。隣の部屋の住人も、さぞかしビックリしていることだろう。美羽も呆気に取られて、ポカーンとしたまま言葉を失っている。
「……固定結界を張ったのに……何で?」
マキナは、思わず絶句しそうになるのを堪えてシャルに訊ねた。
「にぃにが馬鹿力なだけ。物を投げても魔力の膜で覆われて邪魔されるから、普通は今のようにはならない」
と、いうことらしい。シャルの言葉を聞いたマキナが、「くそうっ……俺のバカ……俺のバカ」と己自信に嘆いていると、隣の部屋の窓がガラッ! と勢いよく開いて、中から、ビキニのようなきわどい上着とジーパンを纏った若い女性が出てきた。女性はポニーテールに結んだ赤色の髪を揺らしながら、目をキッと釣りあげると、背中から生えている鷲みたいな翼を広げて羽ばたかせた。一瞬でフェンスを飛び越えてマキナの前に到着する。
「あ、あははっ……どうも……すいません田中さん」
マキナは、隣の部屋に住んでいる鳥女という魔族の田中さんに、笑顔で謝った。だが、田中さんが今にもブチ切れそうなので、マキナの顔は引きつっている。自分が起こした不祥事で、他人に迷惑をかけてしまったので、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ついでに言うと、ご近所さんなので今後の付き合いも考えて仲良くしておきたい。そう思って出した苦肉の策なのだが。すでに怒っている田中さんには、全く通じそうにない。
「すいませんじゃないわよっ!」
大声で叫んだ田中さんは、マキナの胸倉を思いっきり掴んできた。しかも、固定結界を何事も無かったように、突破してきただけあって、その力はかなり強い。
「何してくれてんの!? ビックリしたじゃない! この前、お店から叩き出した男たちが、腹いせに爆弾でも投げてきたのかと思ったわよ!」
「……」
いやいや、アンタこそ何やってんの!?
マキナは心の中でそうツッコんだが、もとはといえば、小石を投げた自分が悪いので何も言えず、田中さんの怒りがおさまるまで、黙ってこの場をやり過ごすことにした。
それから、約20分くらいの間、マキナは田中さんに文句を言われ続けた。とはいえ、本当に文句を言ってきたのは最初だけで、後はずっと仕事の愚痴を聞かされただけだが。
話によると田中さんは、夜束市の商店街の片隅で営業しているキャバクラでホステスをしていて、指名も結構取れているらしい。そして、2、3日前に、ガラの悪い男が数名お店にやってきて、店の女の子や他のお客さんに絡んでメチャクチャしていたらしい。頭にきた田中さんは、男たちを全員叩きのめして店の外に捨てたそうだ。そしたら、先ほどの騒ぎがあって、男たちが復讐に来たんじゃないかと思って本気で焦ったらしい。
他には、最近のお客さんは金払いが悪いとか、ベタベタ触ってくるお客さんがいて気持ち悪いとか、さんざん愚痴を聞かされた。
その間、美羽は遠い目で稽古前の準備体操を。シャルは黙々とパソコンで調べモノをしていて、2人ともマキナや田中さんとは、一切目を合わそうとはしなかった。まあ、田中さんはちょっと酒臭いし、酔っぱらっているみたいだから、美羽やシャルに絡まれても困る。なので、目を合わさなくて正解だったのかもしれない。
「それで、アンタたちは何をしてるわけ?」
さんざん愚痴をこぼしてスッキリしたのか、田中さんは少し落ち着いた様子でマキナに訊ねてきた。
「いや、してるというか、これから、その子と組手の稽古をしようかと……」
マキナが目線を美羽の方へ向けると、田中さんがギョッとした感じで美羽を二度見する。
「えぇっ!? あの子ってまだ小学生でしょ?」
「何か問題でも?」
「いやいや、問題ありそうだから言ってんの。ケガとかしたらどうすんのよ」
田中さんはマキナの返事に納得がいかないのか、準備体操をしている美羽を凝視した。すると、何かに気づいたように「あっ!」と声をあげてから、美羽を手招きする。
「えっと……美羽ちゃん。ちょっとこっちに来てくれる」
「あっ、はい」
田中さんに呼ばれた美羽は、準備体操を中止してマキナと田中さんの傍へとやって来た。
「なんでしょうか?」
「ゼッケンに神代って書いてあるけど、ひょっとして、お父さんの名前って、連也?」
「えっ? お父さんを知ってるんですか?」
「まあ、知ってるというか、アタシが働いてるお店にちょくちょく顔を出してたからね」
「そうだったんですか?」
全く予想もしていなかったところから身内の話が出たせいか、美羽は驚きながら、瞳を輝かせている。
「ええ、そうよ。アタシの働いてるお店って」
「ちょっと待った!」
「……何よ?」
マキナに話を邪魔されてしまい、田中さんが不満そうにした。だが、マキナとしては、どうしても確認しておかなければならない。
「その先って、美羽ちゃんに話しても大丈夫なのか?」
「はぁっ!? 大丈夫って何がよ?」
「いや、その……」
もしかしたら、美羽ちゃんのお父さんが、キャッキャ! ウフフ! してたかもしれないだろ?
「にぃに。いま、エッチなこと考えてる」
言いよどむマキナを、窓際に座ってパソコンで調べモノをしているシャルが、援護してくれたのだが、今の発言はマズかった。田中さんのマキナを見る目が冷たい。まるで、ゴミを見るような目をしている。
「バカじゃないの! ウチは健全なお店なの! 美羽ちゃんのお父さんが来てたのだって、ウチのお店がアタシや店長を含めて、魔族の従業員やお客さんが多いから、様子を見に来てただけよ! お酒だって、頼みはするけど一滴も飲まなかったんだからね!」
「そ、そうなんだ」
「はい。ウチのお父さんお酒飲めないんで」
田中さんにジト目で睨まれて、マキナは冷や汗を流した。
美羽は気づいていないみたいだが、勘違いで危うく美羽の父親を汚してしまうところっだった。誤魔化すためにも話題を変えないと。
「それにしても……この街って、かなりの魔族が入り込んでるんだな」
話題の軌道修正を試みるマキナに対して、田中さんは訝しそうに首を傾げる。
「まあ、いいわ……夜束市って、地磁気の高低が変動しやすい土地だから、街全体がパワースポットみたいな感じになってて、その影響で門が開きやすいのよ」
「ああ、それでか」
魔族や人外が人間界にやって来るには、門と呼ばれる空間の歪みを通らなければならない。通常は、魔法や能力を使って門を発生させるのだが、この方法は昔から研究されていて、門を発生させることが出来る魔族や人外は意外と多い。マキナとシャルも魔王の子供の1人に門を開いてもらって、人間界に来ている。
そして、この門だが、何らかの原因で、一部の場所の磁力が変動すると、大気中の魔力も一緒に増減し、周囲の磁力や魔力もそれを修正するように変動する。その過程の中で、稀に空間が歪んで異世界に繋がる門が自然発生することがある。当然だが、この現象は人間界に限らず、魔界や神界でも起きている。
世界各地で語り継がれている神話や神隠しも、自然発生した門が関係していることが多いのだが、夜束市は特にその傾向が強いのかもしれない。ようは、魔族や人外たちが、簡単に集まりやすい土地なのだ。
そう考えてマキナが納得していると、田中さんが再び語り始めた。
「そうよ。それで、夜束市の魔族を取り締まっていたのが連也さんなんだけど……」
だが、すぐに口を紡いでしまう。どうやら、美羽のお父さんが行方不明になったことを言いかけてしまったようだ。
「ごめん……配慮が足りなかったわね」
「いえ、気にしないでください」
謝る田中さんに美羽はニコッと微笑んだ。おそらくは、美羽なりの田中さんへの配慮なのだろう。
それでも、田中さんがバツの悪そうな顔をしているので、マキナは話題を変えることに。
「それより、田中さん。黒いコートを着た吸血鬼について、何か知らないか?」
マキナが訊ねると、田中さんは腕を組みつつ上を向いて唸った。
「うーん……吸血鬼かどうかは知らないけど。黒いコートを着た男の人なら、お店で見たことあるわよ」
「本当に?」
「ええ。2週間くらい前に来たんだけど。幼女が何とかって気持ち悪いこと言ってたから、覚えてるわ」
間違いない! ブラドだ! マキナはそう確信する。
「そいつ、他には何か言ってなかった?」
「さあ、一緒にいたお客さんたちと薬がどうとかって話してたみたいだけど。会話の内容まで知らないわよ」
「そっか」
田中さんはキャバクラのホステスをしていて、そこにたまたまブラドが客としてやってきただけ。お客同士の会話なんて、ほとんど聞いていないのは当然かもしれない。それよりも、ブラドに仲間がいるらしいことがわかっただけでも収穫だ。
マキナとしても、これ以上田中さんに質問ばかりするのは気が引ける。
そう思って会話を切り上げようとしたところで、美羽が申訳なさそうにしながら、マキナの袖を軽く掴んで引っ張ってきた。
「あの……先輩、そろそろ稽古を」