プロローグ 少女×悪魔
昔から、数多くの民話や伝承が語り継がれる街ーーーー夜束市。
古い町並みと新しい街の風景が混ざり合うこの街では、現在も幽霊や妖怪の目撃情報、不思議な体験談が後を絶たない。そして、その中でも特に奇妙なのが、
怪物から人々を助ける悪魔の存在。
神代美羽は早く一人前の退魔師になって、街の平和を守れる立派な人間になりたいと思っていた。
だから、4年1組の教室で一緒に給食を食べていたクラスの女の子が、
昨日の夜、塾の帰りに狼男が人を襲っているところを見てさあーーーー。
こんな話をしていた時は、自分が何とかしたいと気合いが入った。
それなのに……それなのに……。
空に浮かぶ満月の下、神代美羽は住宅街の道を必死に走る。額には大量の汗。息も苦しい。天啓学園初等部の制服が、傷だらけの肌に張り付いて痛い。
後ろからゆっくり追いかけてくる人狼の足音。
「退魔術が効かないなんて……」
まさに悪夢だ。神代美羽は目に涙を浮かべた。
住宅街の道をひたすら走る。交差点の角から誰かが出てきてぶつかった。
「きゃっ!」
「うわっ!?」
お互いに尻餅をついた。そのままの状態で、神代美羽はすぐに謝る。
「ごっ、ごめんなさい」
街頭の光で浮かび上がった相手の姿は、天啓学園高等部のブレザーを着た優しそうな感じのお兄さん。
「痛てて……」
お兄さんは痛そうにお尻をさすりながら、
「いや、こちらこそ、ごめ……ん?」
何故か頬を赤くして、そっと目を逸らした。
「えっ?」
神代美羽はも自分が脚を開いていることに気付いた。天啓学園の制服のスカートは短い。お兄さんに下着が見えてしまっている。
「ご、ごめん! ホンッとごめん。何にも見てないから……白いのなんて何にも……」
「え、ええっと……」
お兄さんが照れているので、自分も何だか恥ずかしくなってスカートの端を押さえたが。
背後から聞こえてきた足音に「ハッ」とする。
そうだった。こんなことしている場合じゃない。振り向くと、人狼がこちらに近づいてくる姿が確認出来た。
「あれは……最近噂になってる狼男……?」
どうしよう。どうしよう。このままじゃ、2人とも殺されてしまう。お兄さんだけでも逃がさないと。
神代美羽は、震える足を無理やり立たせて人狼と向かい合う。
「なるほど……あいつから逃げてたのか」
呟く声がして、隣に並んだお兄さんが頭を撫でてきた。
「もう大丈夫だから安心して」
意味がわからずにキョトンとしている神代美羽の頭から手を離すと、お兄さんは人狼を睨み付け、
「俺が、この悪夢を終わらせる!」
両手を広げて腰の横で構えた。お兄さんの腰に、機械的な長方形の白いバックルが出現。ベルトの左側に備え付けているカードケースのような箱から、1枚の赤いカードを取り出してバックルにスライドさせる。
「変身!」
『超変身ーーーーッ!』
電子音声が鳴り響いて、お兄さんは眩い光に包まれた。一瞬で光は収束し、再び現れたお兄さんは別の姿に変わっていた。
黒いボディスーツみたいな手足に、胸には生物的な赤い装甲。蝙蝠をシルエットにした感じの頭部は、フルフェイスマスクを思わせる。そして、羽の形に合わせた黄色の複眼。全体的にどこか禍々しいその姿は、まさしく悪魔。
「悪魔のヒーロー」
夜束市で、悪い魔族から人々を守っている正義の味方に違いない。
思わず息を飲んだ神代美羽に頷くと、悪魔は疾風の如く駆け出した。
一瞬で間合いを詰められた人狼が慌てて腕を振り回す。だが、悪魔は襲い来る相手の攻撃を素早い動きで次々とかわして拳や蹴りで反撃。攻撃をくらいながらも、相手の体を切り刻もうとする人狼の鋭い爪を制していく。
「す……すごい……!」
あまりにも華麗に戦いう悪魔の姿に、神代美羽は目を離せない。
僅かな時間で何度も繰り返される攻防。
『能力強化ーーーー衝撃』
悪魔の拳をくらった人狼が、舗装された地面を転がり立ち上がった。しかし、体はフラフラと揺れていて、もう限界のようだ。
それを見た悪魔が、
「これで終わりだ!」
カードケースから、1枚のカードを取り出してバックルにスライドさせる。
『必殺技ーーーー悪夢の破壊』
電子音声が鳴り響き、体勢を低くした悪魔は、力を解放するようにして空高く舞い上がった。満月を背景に空中で蹴りのポーズを作り、人狼に向かって急降下。悪魔の必殺キックが人狼に炸裂する。
凄まじい勢いで後ろに吹き飛び地面を転がった人狼は、もがき苦しむようにして立ち上がると爆発した。
「ふぅっ」
揺らめく炎に照らされた悪魔が変身を解除。天啓学園高等部の制服を着た優しそうなお兄さんの姿に戻った。
小柄で華奢な体。一見すると女の子みたいなその姿からは、先程人狼を倒した圧倒的な強さは感じない。でも、これはコレで、
「素敵かも……」
それに比べて自分はまだまだ子供だ。
神代美羽は、人狼相手に何も出来ずに逃げた自分を恥ずかしいと思い、助けてくれたお兄さんのようにみんなを守れる力が欲しいと強く願った。