カケラを拾う
「神崎さん、これ食べてください!」
「え、あ。ありがとう。」
「あ、あのテニス頑張ってくださいね。」
「失礼します!」と言ってその子は走り去っていた。ポツンとその場に残された私。その手には先ほどの子が作ったであろうお菓子が持たされていた。また断れなかったな。とか考えながら教室へと戻る。こういった事は高校生になってから一層増えていた。顔も名前も知らない人からプレゼントを渡される。渡されるだけならまだしも、「好きです。」なんて告白される事もごくまれにあるのだから。「そもそも私もあなたも女でしょ。」なんて、この世界では通用しないのかもしれない。大きなため息を吐いて自分の席に着いた。窓の外は秋雨前線の影響で土砂降りの雨だった。今日の部活は筋トレか。せっかく打ちたかったのに。ますます憂鬱になってしまう。机の上に置かれた手作りのお菓子も土砂降りの雨も全部、私の中の憂鬱でしかなかった。
「神崎さん。」
「なに?」
「あ、あの・・・課題出してもらいたいんだけど。」
「ああ、ごめん。はい。」
「ありがとう。」
よほど私の憂鬱が顔に出ていたのか、課題を集めていたクラスメイトが怯えながら話しかけてきた。「ごめんね、怖かったよね」なんて、声には出さないけど、彼女に心の中で謝っておく。ちゃんと言葉にして謝れない私って最低だな。結局、お菓子の処理方法は思い浮かばず、そのまま授業に入ってしまった。
「やっほー。」
「何しに来たの。」
「冷たいなあ。明日香が教室で一人ぼっちだと聞いてさ。」
「どんな噂だよ。」
「え、実際にそうでしょ。」
「・・・。」
放課後に私の教室を訪れて来た親友。ふらふらと私の教室に来ては、私に中身の無い話をしては自分の教室に帰っていく。きっと、実沙なりに私を気にかけてくれているのかもしれない。でも、そんな事を感じさせないのが実沙の凄いところだ。
「あれ、またプレゼントもらったの?」
「うん。もらっても困るんだけどね。」
「今度は誰から?」
「知らない子。」
「王子様はモテるねー。」
私の机に置いてある手作りお菓子を勝手に口に運ぶ実沙。もらったプレゼントの行き先はだいたいが実沙の胃袋にいく。別に食べれない訳じゃないけど、軽い気持ちで受け取りたくないから。実沙もそれを知っているうえで当たり前のようにそうしてくれる。実沙は私を理解しくれる。この世界から離脱してしまった私を。歪んだ存在の私を。
「明日香。」
「うん?」
「難しい顔してるぞ。」
「え。」
「私は明日香に笑っていてほしいな。」
「何言ってるの。」
「あ、照れたな。」
くしゃくしゃと私の頭を雑に撫でる実沙。実沙にこんな事言われると照れてしまう。ちょっとだけ、心が晴れた気がした。実沙にだけは、この世界に居てほしいと思える。私と実沙のやりとりをクラスメイト達はちらちらと見ていた。だめだよ、これは『実沙と私の世界』だから。君たちには踏み入れさせないよ。
部活の時間になっても止まない雨。結局、軽く筋トレをして今日の部活は終了という事になった。今日も実沙は補修とか言っていたっけ。仕方ない、今日は私が待っていよう。そう思い、制服に着替えてから、教室に向かう。ほとんどの生徒は部活か帰宅したかで、もう校舎の中に人の声は聞こえない。聞こえてくるのは、雨の音とそれに負けないぐらいの吹奏楽部の演奏。いつもは女の子ならではの甲高い声で煩いのに、この時だけは私しかこの世界に存在しないような感じになった。教室に向かう途中にある長い廊下。ここには、いつも何かしらが展示してある。部活の賞状だったり、行事が何かあれば、その時の写真だったり。長い廊下だからこそ、有効活用しようとする先生達の工夫が見られる。生徒はこの廊下を『ギャラリー』などとお洒落な名前で呼ぶが、過大評価し過ぎだと私は思う。
この時期はどうやら美術部の生徒が描いた絵のようだった。鉛筆のみで描かれた静止画。素人には理解出来ない絵。芸術には全く知識の無い私には、何が素晴らしいのか到底理解できない作品ばかりだった。ただ一枚の絵を除いては。私の目に留まった一枚の絵画。モノクロという訳でないが、他の作品に比べると、どこか落ち着いていた。その絵の中には、一人の女子生徒の後ろ姿が一つ描かれていた。窓の外を見る生徒。私はその後ろ姿にどこか見覚えがあった。この後ろ姿は・・・。ふと、絵画の下に付いているタイトルと作成者の名前に目をやる。タイトルは『憧れ』。制作者は・・・
「古川麻衣。」
なんとなく惹きつけられたこの絵。見覚えのある後ろ姿。顔も名前も知らない制作者。この時私は気づかないうちに拾い上げていた。彼女のカケラを。