親友というポジション
あれは高校一年生の秋の事だった。校庭にある落葉樹の葉が赤く染まりだした季節に彼女のカケラと出会った。
私の高校は中学校、高校、大学と一貫した女子校だった。しかし、高校からの入学も受け付けており、外部からの新入生も存在した。その存在に自分達とのギャップを感じる生徒もいた。中学から女の子だけの世界に居て、おそらく共学でしか体験しないであろう事に興味を持つ。私は中学からこの学校に通っていた生徒だが、そういった『外の世界』には全く興味がなかった。いや、そもそもこの『女の子だけの世界』にさえ、興味はなかった。むしろ、煩わしいと思っていた。
高校一年生になって、教室には見た事のない外部からの生徒がちらほら。しかし、大半がそのまま上がってきた生徒であった為、その小さな違和感には触れずに過ごしていた。そのうち3か月も経ってしまえば、小さな違和感も消えていった。もしかしたら、私のほうが違和感なのかもしれないと感じる事さえあった。それぐらい、私はこの世界から離れたところに存在していたのだから。
「神崎さんって、かっこいいよね。」
「クールだけど、綺麗だし、運動も出来て頭もいいし。王子様って感じ。」
ほら、この会話だよ。私が嫌いなのは。
『神崎さん』とは私の事である。これは所謂、女子校ならではの現象。少し顔立ちが中性的で、運動神経がよかったり、頭がよかったりすると、周りの女子から注目を浴びてしまう。共学ではめったに起こらないであろう現象が、私をこの世界から離脱させた理由だ。私は、中学からテニス部に所属していた。この学校は『文武両道』が校訓であり、高校に至っては、全国常連の部活も幾つか存在していた。私が所属するテニス部もその一つだった。強豪校によくある謎の決まり。ショートカット女子。私もテニス部に所属している以上はその決まりに従い、ショートカットだった。焼けた肌とその短い髪、生まれながらに男性よりな顔の作り。決して可愛いに分類されるような女子生徒ではなく。そのせいで、周りからは『王子様』なんて嬉しくもない肩書を与えられてしまっていた。
「神崎さんと話したいなぁ。」
「でもさ、神崎さんと話せる人なんて限られてるよね。ほら、隣のクラスの山口さんとか。」
「ああ、確かに。」
『話せる人が限られている』って何ですか?私をそんな珍獣みたいに扱わないでほしい。『王子様』だの『聖域』だのと勝手に評価されて、その評価に合った対応をされて。私はそういうこの世界の制度が大嫌いだ。だから、私は離脱したのだ。
「また暗い顔してる。」
「してない。」
「ほらその、世界は終わりました!みたいな顔。」
部活も終わって、練習着から着替えていると、更衣室の窓からひょっこりと顔を出した生徒。誰にだって笑顔で、人気者。私とは全く違った意味で周りからちやほやされているこの人物こそが、私の親友の『山口実沙』だった。実沙は私と話せる限られた生徒らしい。実際にそうなのだが。実沙と出会ったのは、中学一年生の頃。ずかずかと私のテリトリーに入ってきては、しつこく話しかけてきた。最初は私も相手にしていなかったが、そのしつこさに負けてしまい、気づけば『親友』というポジションに居座っていた。実沙にはそういう“不思議な能力”があるのかもしれない。人と打ち解けられる何か。
「実沙、まだ帰ってなかったの。」
「明日香と帰ろうと思ってね。」
「絶対嘘でしょ。」
「明日香ちゃん冷たーい!」
「はいはい。」
実沙が私を待っていた事なんてあるだろうか。もしそんな事があったとしても、待つという行為は口実だろう。大抵、何かあるのだから。
「どうせ居残りで補修だったんでしょ。」
「えっ、なんで分かったの!?」
やっぱり。補修終わりでたまたま更衣室に入っていく私を見つけて、更衣室の窓から声をかけたというわけだ。
「別に確認テストだから赤点でもいいじゃんね。」
「いや、良くないでしょ。うちの高校、付属の大学があっても一応、進学校だし。」
「私はそのままエスカレーター方式でいくつもりだもん。」
「いくら付属の大学だからって、一応入学テストはあるよ。」
「・・・まぁ、なんとかなるよ、うん。」
分かりやすくテンションが落ちた実沙。実沙は勉強が出来るわけではない。だからこうしてよく、補修に呼び出されている。宿題においてもよく、私に助けを求めてくる。まず自分で考えなさいよって思うが、実沙に何だかんだ甘い私は、すぐに助けてしまう。勉強が嫌いな実沙は、まだ高校一年生であるのに、もう大学を決めているらしい。大学なんてこれから決めていくものだろう。やりたい事とか、将来の事を考えてゆっくり時間をかけて決めていくものだと私は思っている。なのに、実沙は「そのままエスカレーター方式で」なんてさも当たり前のように言ってのけた。きっと実沙の事だ。先のことよりも今を楽しんでいるのだろう。なんだか実沙のそういう所も羨ましいと感じてしまうのだ。
着替えを終えて、実沙と並んで帰宅する。大抵は一人で帰宅するのだが、今日は隣でよく喋る実沙がいる為、退屈な帰り道にはならなかった。クラスの事、化学の先生が気持ち悪いだのと、高校生らしい話だった。一方的に話す実沙に対して、私はいつも相槌ばかり。これが私達の基本。この距離感が心地よいのだ。私と実沙の髪を少しだけ冷たくなった秋風が撫でていく。私とは違い、鎖骨の辺りまである実沙の髪がふわりと宙に舞う。ちょっとだけ明るい実沙の髪は、今の季節にとても合っていた。
「髪染めたでしょ。」
「えー、分かる?これでもかなり暗い方なんだけどな。」
「光が当たったら明るく見えるよ。」
「また怒られるかな。生徒指導の柘植様うるさいからなぁ。」
「柘植様は怖いぞ。あの人に見つかったら終わりでしょ。」
「だよね。あー、また黒染めするかな。」
実沙はそう言いながら、綺麗に染まった毛先を指先で触っていた。綺麗に手入れされたその髪や磨かれた爪。女子高生らしい実沙とまるで男のような私。全く違う人種のようだとしみじみと感じた。同じ『女の子だけの世界』で生活しているのに、こんなにも違うんだから。それでも、私は実沙を親友というポジションに置いている。実沙の中での私のポジションはどうなんだろうか。親友・・・なのかな。
「あー、やっぱり染め直すかな。気に入ってたのに。」
「私は好きだよ。」
「え・・・。」
「その髪色。実沙に似合ってる。」
「あ、ありがとう。なんか、照れるじゃん。」
本心だよ。実沙にしか言えないんだからこんなこと。隣でほんのりと耳を赤くした実沙とゆっくり歩いていく。秋の匂いがした。