準備
思ったより短かった……
僕は今、懐かしい夢を見ている。
まだここの生活に慣れていない時によく見た夢。
昔の記憶。
外を歩いてどこかに出かけている。何だか当時は珍しい外出だった覚えがある。
街は、休日のせいか、とても賑わっていた。数多くの人と車が晴天の街中を行き交う。
右手には母親がいて、前方の少し先には父親がビデオカメラを回して僕と母親を撮影している。
二人とも普段から私服の上に白衣を着ていた。その日も例外ではないようで、街中ではとても目立っている。
お母さんの顔を覗きたくて見上げるが、逆光が偉く強くあまりよく見えない。
顔は見えなくても、この時は何だかとても幸せな気分に浸れる。夢だと分かっていてもやっぱり嬉しい。
お母さんの存在を確認するように、握っている手に力を込める。すると、答えるように握り返してくる。
手の感触に満足しながら、お父さんの方へと振り向く。
お父さんはどこか真剣な眼差しで、僕達が写っているカメラの画面を睨んでいる。時折大きな眼鏡を直しつつ、器用にビデオを撮りながら先を進む。
行き先は決まっている。
図書館だ。
もう何度も経験した、この夢、この記憶。
親は二人とも何も話さずに、ただ黙々と図書館へと僕を連れて行く。
そして次の角を曲がると見えるはずだ。
立派な白い巨塔の形をした、この街の中心にある図書館が。
でも今回は何だか少しおかしい。
急に体が重くなったようで足が思うように動かない。それに、何だか息苦しい。
変だと思った瞬間、視点が後退していく。
僕の意識は体の外で、自分と親が角を曲がって行くのが見える。
「待って!置いてかないで!」
叫んでも声は届くはずもない。
そしてカーテンを下ろしたかのように視界が暗くなる。
「うぅ、待って……」
「おはよう、シオン」
「うぅん?」
僕は夢から覚め、現実へと引き戻された事に気づく。
目の前にはノワールが僕の顔を覗き込んでいる。
「今日は街へと出かけるんだろ?さっさと起きて準備をしろ。」
ノワールは僕が目覚めた事を確認すると、僕の上から床へと飛び降りた。どうやらノワールの所為で夢見がおかしくなったようだ。
「今朝はキャロットじゃなくて、ノワールが起こしてくれたんだね」
「ああ、あいつなら定期メンテとかで今日は篭るって言ってたぞ。ついでに、俺に今日一日の世話を任せてみて、様子を見るって」
「ふ〜ん。確かに、そろそろ前のメンテから半年経つからね」
まだどこか眠気がある状態で起き上がり、部屋の角にある机へと移動する。
机の前にある椅子に座り、端末を起動させる。
今日は何だか甘いものが欲しいかな。
甘みのあるメニューを思い出しながら朝食の注文を出す。
端末を操作し、朝食の一覧から比較的甘い味の林檎味を選択する。飲み物も選び決定のボタンを押す。
すると横の引き出しが開き、紙に包まれた朝食とボトルに入った飲み物が置いてある。
いつも通り、朝食を机の上で開封する。中身は相変わらず薄茶色の四角い粉の塊。今回は甘い林檎の味を選んだので、所々に赤い皮が散らついている。
「え、それが朝食なのか?」
僕が黙々とそれを食べ始めると、先程から黙っていたノワールが横から声を上げる。
「そうだけど?あ、ノワールの分を忘れていたね。」
謝りつつ僕は再び注文する為に端末を開く。
「何味がいい?前は適当に選んでいたけど、今は喋れるし」
「私は別に味にこだわりは無いが……流石に質素過ぎるんじゃないか?」
机へと飛び上がり、僕の朝食を怪訝そうな顔で覗いていた。
「食事なんてこんな物でしょう?」
「自動の食事生成機がある事にも驚いたが、出てきた食事の方が驚きだ。まるで携帯食料じゃないか」
「え?!この端末も驚きなの?」
「いや、珍しい物だが特定の施設にはあると聞いた事がある。だが、あれはまだ開発中だったはずなんだが……」
今度は僕の方が驚いていた。なんと、この端末は外には無いらしい。
一体どうやって皆食事しているんだろう?
僕は外での食生活を考えながら飲み物のオレンジジュースで朝食を一気に流し込む。
分からなければ調べればいい。
そう、外に出て!
そうと決まれば早く準備しないと。
僕は朝食が入っていた紙やボトルを足元にあるゴミ箱へ入れて、洗面所へと向かう。
歯を磨き、シャワーを浴びる。体を洗いすっきりした後、裸のまま部屋に戻り外に出る為の服を選ぶ。
その際、自分の朝食を食べていたノワールが羞恥心とか何か喚いていた気がするが、無視する。
まあ、選ぶと言っても服は種類が殆ど無いんだけどね。
床に散らばっている服の中から着替えを適当に掴み取り、外へ出る準備を済ます。
手に取った服はシンプルな半袖のボーダー柄シャツと長ズボン。髪は後ろで青色の細いリボンでポニーテールにまとめる。
扉の横にある姿見で確認する。
うん、問題無し。
「さあ、ノワール外の街へ行くよ!」
僕は消毒室の中には入り、ノワールを急かす。
「はいはい。そんなに焦らなくても街は逃げやしねーよ」
今にも飛び出したい僕とは違い、ノワールは何だかあまり外には行きたくないみたい。
でも、これから外を案内してもらうのに、そんな態度じゃ困る。こちらの気分も盛り下がってしまうじゃないか!
「ほら、ノワール。朝からそんな顔してると、今日一日がつまらなくなってしまうよ!笑って笑って!」
「いや、猫がそんなニッコリと笑ってたら怖いから。でもあんまり期待しすぎると、その分がっかりするぞ」
どこか困った顔をしながらノワールが消毒室へと入り、扉が閉まる。
「そんな事ないよ。期待すればするだけ良い結果になるって、昔お父さんが言っていたもの!」
消毒作業が終わり、外への扉が開く。
キャロットも普通にメンテが必要なロボです。
ノワールはちょっと大きめなので、シオンにはそこそこ重く感じます。