再会
ここから本編。
僕の名前はシオン。
僕は今感動しすぎて泣きそうだ、いやもう泣いている。
嬉しすぎて涙が出るなんてこの瞬間まで思いもしなかった。何たって数年前急にいなくなったノワールが帰ってきたんだから!キャロットが言った通り、僕の元に戻ってきた!
本当に良かった。止まらない涙を必死に袖で拭いながらも、ノワールから目を離さない。目を離すと今度こそ本当にいなくなってしまいそうで。
僕が泣き始めてから数分たった頃、ノワールはその場で寝転び、「に、にゃー」と気のせいか少しぎこちなく鳴いた。
その仕草で僕は実感した。本当に帰ってきたんだ。
僕は抱えていたキャロットをベッドへと放り出し、寝そべったノワールを持ち上げて思いっきり抱きしめながら言った。
「おかえりノワール!」
嗚呼、頬ずりしながら幸福のため息が出る。相変わらずノワールの毛は、とてもモフモフしていて気持ちがいい。
調子に乗って顔を擦り付けていると居心地が悪そうにノワールが暴れ出した。
「にゃ、にゃめろくるゅし〜」
僕はハッと我に帰りノワールを解放した。
「ご、ごめんね。苦しかった?」
音も立てずに床に降り立ってノワールは少し疲れたように言った。
「大体ノワールって誰にゃんだ。俺はノーヴェンと言って――」
そこでノワールは何かに気づいたように目を見開いた。僕も違和感に気付いてしまった。
「喋っている!」
僕とノワールの声が重なった。お互い顔を見合わせ同時に訳が分からないとばかりに疑問府が頭の上に見えたような気がした。
そこで間に割って入るかのように甲高い声が響いた。
「無事ここに辿り着けてなによりだぽん!」
いつの間にかベッドにいたキャロットがノワールの前で賞賛を上げていた。
「まだ声がうまく出ていないけど、すぐに馴染んで問題なく声が出せるようになるぽん。」
今一状況が理解できない僕は説明を求めて質問をした。
「えーと、何でノワールが喋れるようになってるの?猫って普通喋れないよね?」
「実は猫はある程度生きると喋れるぽん」
「へーそうなんだ、知らなかった」
また新しい知識に関心して頷いているとノワールが叫んだ。
「そんにゃメルヘンチックにゃ話があってたまるか!」
「えっ、じゃあ何で喋れるの?」
「それは私にも分からないが――ってそれよりもさっきから喋っているその人形はにゃんだ?」
ノワールはキャロットの方を視線で示す。
「何ってキャロットだよ。ノワールも知っているでしょ?」
「それが分からにゃいから聞いているんだが?」
お互いの顔にまた疑問符が浮かび上がる。
「これは申し遅れたぽん、キャロットはシオンの世話係ロボットだぽん!」
キャロットは小さなお辞儀をしながら説明し始めた。
「ノワール、いや元はたしかノーヴェンだったね。君は幾度の実験の末、無事ノワールとして生まれ変わったぽん。そしてこれからシオンに外の世界を教えて欲しいぽん。キャロットはレッドダストに触れられないし、ここの管理もあるからあまり遠くに出られないぽん」
ノワールは少し考えた後、あっさりと二つ返事で答えた。
「分かった、良いだろう」
キャロットは驚いたような仕草を見せたが、どこか予想していたように返した。
「えらく簡単に受けるね?」
「別に簡単受けたつもりはにゃいが、現状は分からにゃい事だらけだ。さすがにこんにゃ猫の体だと生きて行くにも少々不安だからにゃ。とりあえず人と一緒にいる以外に選択肢はにゃい」
「たしかにそうだね。話が早くて助かるぽん。それじゃあ、ちょっと長くなるけど説明をするよ?よ〜く聞くぽん」
キャロットは咳払いの仕草をした後、説明し始めた。
「まずこの街の名前は『バシリア』、大きく分けて北の工場地区と南の住居地区があるぽん。ここは住居地区の南東端だね。 君も見たと思うけど外は酷いありさまになっているぽん」
ノワールは顔を顰めて肯定するように頷いた。
「原因は赤い錆のような粉末『レッドダスト』、俗にいう生物兵器みたいな物さ。細かい事はまた追い追い話すぽん。そしてシオンはこの街にいる唯一の生存者で、君が今使っている体、ノワールの飼い主だぽん。残念ながらキャロットを作ってくれたシオンの親は現在行方不明でね、僕が世話係として教育や生活をここまで教え込んできたぽん」
「まさかこんにゃ部屋で一生を過ごさせるつもりにゃのか?」
「いや、さすがに僕もシオンの親も外の世界を知って欲しい、でも今僕の行動範囲は制限されているぽん。そこで、それを見越したシオンの親は研究に研究を重ねて君を作った。本当だったら君が動けるようになるまであと数年は掛かるはずだったんだけど、予定より早く君が目覚めたぽん。だから早速君にはここに一早く馴染んでもらい、シオンを任せたいぽん」
丸っこい腕を振り下ろしてノワールを指す。
床に腰を下ろして聞いていたノワールが軽く首を傾げる。
「まあ、世話する事は良いんだが、偉くザックリとした説明だったにゃ。答えよりも質問の方が増えたが、とりあえずは了解した」
ノワールは僕に向き直り頭を垂れて小さなお辞儀をした、可愛い。
「これからよろしく、えーと……シオン様?」
「別にシオンで良いよ、よろしくねノワール。それともノーベンと呼んだ方が良いのかな?」
「ノーヴェンだ。でもこの体はノワールのにゃんだろう?シオンが呼びやすい方で構わにゃいよ」
「そう?じゃあ今まで通りノワールって呼ばせてもらうね」
軽い挨拶を済ませたあと僕はとりあえず一番気になっていた外にさっそく出る事を提案した。
「残念ながらそれはできないよ、もうすぐ日が暮れてしまうぽん」
キャロットが壁にある時計を指した。いつの間にか時間は7時を回っている。
僕は不本意だが、外が暗くなり始めているのなら仕方がないと諦めるしかなかった。
ノワールが不思議そうな顔で聞いてきた。
「門限でもあるにょか?」
「それもあるけど夜は獣とか出る可能性が出てくるからね、そして何より良い子は寝る時間だぽん」
渋々僕は歯を磨き、寝支度をし始めた。パジャマに着替えようと服を脱ぎ始めるとノワールが慌てて声を上げた。
「うぉい!にゃに男の前で急に着替えてるんだよ!?」
「えっ?別にいいでしょ、パジャマに着替えないと眠れないじゃん」
「そういう事を言ってるんじゃなくてだにゃ。これも教育の一環と思ってとりあえずこれから人前では着替えるにゃ。そこの部屋で着替えろ」
ノワールは僕から視線を逸らしつつバスルームの方を指した。
「むー、仕方ないなー」
納得がいかないが教育の一環と言われた以上は従うしかない。
「ノワールは猫だから人前じゃないのに」
とりあえず軽い反論だけは返して着替えに行くと、ノワールはちょっと複雑な顔をしていた。
パジャマに着替えた僕はベッドに潜り込み、睡魔に身を任せ瞼を閉じる。
「おい、シオン。私はどこで寝ればいいんだ?」
「んー?ノワールは何時も僕と一緒に寝るかそこの猫用のベッドで寝てるけど」
「私は別に出会ったばかりの少女と一緒に寝る趣味は無い。とりあえず今日は、猫ベッドで良いか」
僕は別に問題無いのだけれど、本人がいやなら無理強いすることでもないからそのまま眠りについた。
明日は、待ちに待った外へをお出かけだ。わくわくが止まらない。
街での予定を考えながら僕は眠りに就いた。
一応キャロットの見かけは普通の縫いぐるみのイメージです。
鉄っぽい外装ではありません。