闇夜の婚約破棄
「ユーフィリア・センプロン侯爵令嬢。おまえとの婚約を破棄する!」
私に指を突きつけて高らかに宣言したのは、この国の第一王子サーディンだった。
王子の誕生日を祝うはずのパーティは、当の王子の手によって大きなどよめきを生み出している。
会場に集まっていた貴族達は私たちに注目している。
気づけば先ほどまで流麗な音楽を奏でていた楽団たちもその手を止めており、代わりに人々の驚きとざわめきがこの場を支配していた。
玉座にちらりと視線を向けると王妃様は腰を上げかけており、国王様も肘掛を強く握り締めていた。
どうやら王子の独断のようね。
「サーディン様、これは一体どういうことでしょうか。私に何か至らない点がございましたか?」
私は冷静に王子に向かって問いかける。
これはこの場にいる誰もが抱く疑問でしょう。
自分で言うのもなんですが、美貌にはそれなりの自信がありますし、第一王子の婚約者という立場は学業でも下手な成績をとることなどできません。
今期も王立学院でしっかり上位の成績を収めています。
これは共に通う貴族子弟のみならず、この場の貴族や国王様ですら御存知のはずでしょうに・・・
「しらばっくれるつもりかユーフィリア!おまえがアリスにしたことを忘れたとは言わせんぞ!」
「私のことはユーフィとお呼びください」
「普通はユフィかリアだろうに・・・こんな時までおまえは変なやつだ」
「私にとっては大事なことなのです」
王子は私の返事に気分を害した様子ですが、気を取り直すとそのまま視線をめぐらせます。
お目当ての人物を見つけたのか、先ほどまで私に向けていた顔とは打って変わった優しげな顔で名前を呼び、赤いドレスに身を包んだ少女を囲いから連れてきます。
すると、まるでケーキにナイフを入れたときのように人垣が割れ、次いで隙間をふさぐように出た貴族たちによりその並びが先ほどと変化する。
「王子、これはいったいどういうことですかな?」
あわててやってきた侍従長のロール子爵が王子に問いかける。
彼は王家に仕える身分から何気なく王子に尋ねたのでしょうが、これで流れは王子の先制となりました。
「彼女はベルン皇国から留学中のアリス・カーマ・コルン伯爵令嬢だ。」
名を呼ばれた少女はおどおどと一礼をし、隣に立つ王子を見て淡く微笑む。
「彼女はおまえから嫌がらせを受けていた。廊下で突き飛ばされた件を忘れたか!」
王子は私を指差すと、罪状を高らかに読み上げる判事のように声を上げる。
なかなか堂に入った仕草ね。役者になった方がいいんじゃないかしら。
でも結局こうなったのか。その想いから自然とため息がでてしまう。
「それは彼女からぶつかって来たのでしょうに・・・こうなったら仕方ありません」
さあ、舞台の始まりだ。
「私のターン!ここでアリスの旧友を召喚、【消えない過去】を発動!」
「な、何を突然言い出すんだ!?」
宮廷楽団がはっとしたように勇ましい音楽を演奏し出す。どうやら彼らは自分の職務を思い出したようだ。
私が視線を左に移すと、囲いを縫うように一人の少女が歩み出てくる。
「私は王立学院で学ぶユークリッド男爵の娘、マリアンヌと申します。アリス様は過去に同様の方法で私の友人に罪を着せました。二人の身分の差から彼女の訴えは認められず、傷ついた彼女は失意のまま領地に帰ってしまいました。」
そのまま彼女が説明した手口は納得のいくものだった。
にわかに今までと違うざわめきが起こりだす。
「うそよ!そんなの知らないわ」
「そうだ、アリスがそんなことするはずがない!」
二人はそれを認めようとはしない。
王子はアリスを貶されたと見て証言に立つ少女に鋭い目を向ける。
少女はおびえたように一礼をすると私の後ろに下がった。
「ならアリスがおまえに呼び出された場所で暴漢に襲われた件はどうなる?その場に護衛の騎士がいなければ危うかったと聞く」
王子は不利を悟ったのか話題を変えることにしたようね。
それは学院の裏庭に呼び出されたアリスが暴漢に襲われたものの、偶然通りかかった学院を警護する騎士に助けられた事件だ。
この一件は私の呼び出しというが、もちろん呼び出してなどいない。
私も人を使って調べてみたけれど、それぞれが人伝いに聞いた上に途中で学院には存在しない生徒が現れる始末。
結局最初の発信者まで繋がることはなかった。
「私は呼び出してなどおりません。それに多少王子にちやほやされているだけの少女をどうこうするつもりもありません。」
「なんだと!」
再び激昂する王子の隣で隠しきれない苛立ちが混じった顔が見えた。
化けの皮が剥がれ始めてますよ?
それにしても、王子もこんなに簡単に沸騰するようじゃ王様になったときどうするのかしら。
さて、私も反論しないとね。
「ここで私のターン!彼の者達をここに。【黒い協力者】を発動!」
「だからそれは何だと言っている!」
指揮者の振る指揮棒の動きが先ほどよりも激しい。楽団も演奏の勢いを増している。
私の後ろよりセンプロン侯爵家の騎士達が二人組みの男を連れて進み出る。
「この者達は王都を離れようとしているところを捕らえました。なぜ学院護衛の騎士と、彼に捕らえられたはずの暴漢が一緒に行動しているのでしょうね?」
「そ、そんなこと知らないわ!」
こういうこともあろうかと、事件の関係者はちゃんと確保しておいたのよ。
実行犯は既に口は割らせてあるし、何よりあなたを縋る目で見ているわよ。
もちろん誰か連絡役を挟んでいるのでしょうが、依頼内容を考えたら他に誰がいるの?という話よね。
アリスも必死に否定しているようだけど、少し目が泳いでいるわよ?
私は自然な振る舞いで周囲を確認する。
来場者の表情を見る分にはほぼ決まったかな。
・・・王子はまだ諦めていないようね。
「アリスはベルン皇国の伯爵令嬢だ。かの国と誼を通じるのは願ってもないことではないか!?」
反論もままならないまま話題を変えるなんて、負けを認めたようなものよ?
それに政略結婚なら未婚で年齢も近い第三皇女あたりの方がいいと思うのだけれど。
ここまで往生際も悪いとなると、最後まで詰めるしかないわね。
「私のターン!ここで特殊召喚【皇国より来たる使者】を発動!」
指揮者がこれでもかと指揮棒を振っているわ。演奏も既に最高潮ね。
「先ほどからおまえはいったい何を言っているんだ!?」
私は王子に構わず一人の男性を舞台に招き入れる。
その男性を見た瞬間、アリスが目を見開くのが見て取れた。
「私はベルン皇国のコルン伯爵家に仕えるジークハルトと申します。アリス様にはお父上のコルン伯爵さまより、留学前に領地で起こした同様の一件でお呼び出しがかかっております。御婚約ともあればそれは喜ばしいことですが、先にアリス様の御用時を済ませてからお考え頂いたほうが宜しいかと思います」
今年は国王様の在位20周年を祝う式典があり、日程の近い王子の誕生祝いに合わせて各国から早めに賓客が来てくれた。
そして来賓のジークハルトはベルン皇国にアリスについて問い合わせた結果だ。
元々は規定の外交員が来るところがコルン伯爵家ゆかりの人物に急遽変更されたらしい。
彼は皇国にとって不名誉な内容を語ろうとはしなかったけれど、冷たい視線とその物言いから、アリスにとってよくない内容だろうことは誰もが気づいたようね。
「サーディン王子と婚約すれば全て無かったことになるはずが・・・どうして・・・」
よほどショックだったのか、アリスは信じられないといった様子でその場に崩れ落ちる。
「アリス!どういうことだ!?私を利用したのか!」
王子はもはや事の成り行きに付いていけず、彼女を問い詰めることしかできなかった。
そこには当初のユーフィリアを断罪するかのような自信と威厳は欠片も無かった。
「まったく、バカ息子が。いったい何をしているのだ・・・」
成り行きを静かに見守っていた国王様が、情けなさからか沈痛な面持ちでつぶやいた。
まったくだわ。自分で事実を確認もせずに信じ込むなんて、盲目的な愛にも困ったものね。
私がいくら説明しようにも、送った手紙すら読まなかったから同情はしないけど。
それに舞台も悪い。何もこんな賓客の集まった場所ですることでもないでしょう。
それから意を決したように国王様は立ち上がると、申し訳なさそうな顔でこちらを向く。
「ユーフィリアよ、サーディンが済まない事をした。私は教育を誤ったようだ。こうなってはお前も婚約を続ける気もあるまい。気のすむようにすると良い」
「でしたら、せっかくですのでサーディン王子の希望通り私たちの婚約は無かったことにいたしましょう」
「わかった。合わせてサーディンはしばらくの間謹慎とする。この騒ぎの処罰は追って沙汰するので覚悟しておくように!」
そのまま崩れ落ちる王子を見て、疲れたように座り直す国王様。
私はそちらに向かって優雅に一礼すると、静かにその場を後にした。
後にこの出来事が夜会であったこと、舞台を見ているかのような出来事であったことから、誰が言い出したのか闇夜の舞台という名で語り継がれるのだった。
お読み頂きありがとうございます。こちらは習作となります。全てが手探りでした。一部カードゲームをイメージして書いてみましたが、やったことないのでターン制という所くらいしかあってません。