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PhantomEden (ファントムエデン)  作者: 神薙シュウ
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ep0-2 誤作動(sacrifice)

「あの…、すいません、えーっと、ボクはユミトって言います。ユミト・アーベライト」


男を家へと連れてきたユミトは、怪我の手当てをしながら絵について訪ねようとして、お互いに名乗ってすらいない事に気づく。


「あァー、そういや名乗ってなかったか。

そうだなァ…、

コウちゃんとでも呼んで頂戴よ」


男、コウは本人には少しばかり小さい椅子に座り、最早聞きなれた口調で話すが、その左足は何か鋭い物で切られた様な傷から流れる赤で染まっている。


ユミトが見ただけでは気づかなかったのは、場所が薄暗かった事と、長い裾で隠れていたからだけで無く、本人があまりにも自然な態度を取っていたためだ。


「コウ…さんは、この地区の人じゃ無いですよね?今までお会いしたこと無いですし」

「まァ、そういう事だろうなァ。単純に図書館から帰るのに通るだけ。…だったんだけどなァ」


ため息をつきながら言葉を濁すコウ。

その間に手当てを終え、

ユミトは血で汚れるからと預かっていた

絵本を差し出す。


「この本、コウさんのですよね?図書館に忘れていっていたので、お返ししないといけないと思って。汚れてないといいんですけど…」


差し出された絵本を受け取ったコウは、それを大切そうに開きながら、ユミトは読んだの?と訪ねた。


「あっ、えっと、少しだけ。最後の方の緑の地面と人が描いてあるページです」


それを聞き、コウは先ほどユミトが見ていたページを開いた。


「このページな…。俺ァ好きなんだよ、この絵。

ずっと太陽や空を知らないで育った2人が

初めて外に出て、その素晴らしさに涙する。

そんな場面なんだ」

「涙…ですか?」


いまいち理解出来ないでいるユミトを見てコウは、そういえばそうだったな…と呟く。


「マキナは、泣かないんだもんな…」


涙と言うのは、悲しいときや嬉しいときに流れるものなのだそうだ。

マキナの人が痛いときや欠伸をしたときに流れるアレと同じものだが、絵本に出てきた2人は初めて空を見たときに、涙を流した。


「まァ、この本は、マキナだった2人があまりの感動でプリウムになッちまう。ッて話で、政府から粛清を受けた本でね。今じゃこの一冊位しか残って無いんだろうが…なんとなく捨てられなくてね」


そうやって感情が動くプリウムッてのも、

意外と悪くないんじゃないかッて

思ッちゃうワケよ。

もしかしたら、ポラリスのヤツらも

そうやって生きたいだけじゃないかッてね。


そういいながら、

コウは椅子の背もたれに寄りかかる。


少しの間、沈黙が続き次に口を開いたのは、

ユミトだった。


「…もしプリウムになったら、こんな何も無い生活でも、楽しいとか嬉しいとかって思えるようになるんでしょうか…?」

「さァなァ…。少なくとも、ポラリスのヤツらが政府にケンカ売ってる理由がよくわからないのは、マキナには理解出来ない”感情”ってのが関わッてる可能性はある」


立場や考え方が違うだけで、本当に目指してるモンは同じかも知れない。


そう答えるコウの言い方が、

何かを確信しているようで、

どこか自分に言い聞かせているようで…。


「…あなたは、警察(メビウス)と戦った時に負傷して隠れていた、犯罪者(ポラリス)ですね…?」


質問形式に訪ねたものの、確信を持ったユミトの発言を聞いたコウは…、


笑った。


「フッ、はははッ!

よくまァ今の会話だけで気付いたモンだ!

さっきの怪我と言い随分とカンの

良いボウズだよ。

確かに俺は犯罪者(ポラリス)だ。

ココで交戦したのも、

俺が潜入してることがバレたからだしな?」


んで…、どうする?

俺は怪我してて走れねェから、

警察(メビウス)にでも突き出してみるか?


不敵に笑うコウは、しかしどこか緊張したような顔でユミトを見る。

次の瞬間に戦闘になってもいいように、

しかし、余裕を持って椅子に座ったまま、

少年の言葉を待つ。


「ポラリス達のやり方は許せないです。彼らは長い時間をかけてようやく政府の人たちが完成させた”幸福な街”を不幸にしている…。

っ、でも!」


ユミトは知らない、もう元の生活には戻れないことを、そして今感じているその好奇心こそが、感情に繋がるのだと言うことを。


「ボクは…、ボクも連れて行って下さい!

ポラリスの、あなたたちのアジトへ!

なんとなくだけど、わかった気がしたんです。本の2人が泣いてた理由が…、コウさんが言っていた言葉の意味が!」

「…おいおい、マジで言ッてんの?」


流石のコウも予想していなかったのか、

困った様に声を上げる。


「こりゃあ、アレか…。俺と話してるうちに、感情が戻ッちまッたヤツか」

「どういう事ですか?」

「プリウムのヤツは、マキナになれるッてのは、学校で習ッただろ…?

まァ、アレだ、つまりそ逆ってのも、

別にあり得ないワケじゃないッて

話なんだが…。このタイミングでとは…」


頭を掻きながらコウは説明する。

ユミトにも感情が宿ってしまい、

たった今、彼はマキナではなくなり、

プリウムになった、と。


「じ、じゃあ、ボクも仲間に

なれるんですか!?」

「”じゃあ”じゃないでしょ”じゃあ”じゃ…。

俺達はこの(リィズ)のはぐれ者の集まりで、犯罪集団ッてコトで

名が通ってるワケよ?

それにわざわざ入りたいッてのは

どうなのよ…」


実際のところ、戦闘になった場合に死傷者を多く出しているのは警察(メビウス)側ではあるのだが、だからといってこちら(ポラリス)がそうでないとは言えない。能力と能力がぶつかり合えば、仕方のない事だ。


…と、説明してはいるのだが、

既にユミトは宿った感情と、それをもっと知る事が出来るという事で頭がいっぱいで話など聞いていない。


「…まぁ、アンタくらいの子どももいるし、

この街でマキナに戻るのは大概面倒な手順踏まないといけないしなァ。

リーダーに聞いてみるか…。

ユミト、アンタは今のうちに準備してきな。

出来る限り必要なモンは全部持つんだ。

どのみちココには帰れない」


そういえば、家族は?

と訪ねるコウに、ユミトは何も言わずに出て行くつもりだと答える。


一瞬複雑そうな顔をしたコウは、小さく頷くと、そのまま連絡を取るために外へと出て行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「これでよしっ!!」


言われた通りに必要な、しかし最低限の量に厳選したリュックを手に、ユミトはもう一度だけ家の中をぐるりと見て回った。


生まれた時からずっと暮らしてきた家は、

感情が宿ったからなのか、もしくは単純にそういうものなのかは分からないが、なんとなく懐かしくて、”泣きそう”になった。


きっとここにはもう戻ってこない。

プリウムになった人間はマキナの居住区に

いることは出来ないし、

ましてや自分は犯罪集団と呼ばれるポラリスの一員になるのだから。


母さんには短い手紙を書いた。

あとはこれを置いて。出て行くだけ…。


いつもの様に母さんの部屋のドアを

ノックする。すると、いつものように中から声がして、いつものお説教を聞いて、

いってきますと言う。


…はずだった。


中にいるはずの母さんからの返事が無い。


もう一度ノックする。

やはり返事はない。


「…母さん?」

と、ドアに手をかけた。

…なんとなく、嫌な予感はしていたのだ。

開けてはいけないような…。


ギィ…とドアが開いた先には、

白いシーツによく映える赤を身にまとい、

無言となった母さんが、横になっていた…。


「な…に…これ…。母…さん…?」


手に持っていたリュックを投げ出し、

ユミトは母親に駆け寄るが、とうに冷え切った母親はなんの反応も返さなかった。


「ウソ…だ…!だって…!朝はっ…!!」


普通だったじゃないか…!!


ユミトは母さんにしがみつき、

”泣いた”

まるで先ほどの絵本に出てきた2人の様に。


いつの間にか外では、

とうに警報が解除されたはずのこの地区で

爆発音や銃声が響いているが、

その音すら、今のユミトには

届いていない。


「母さん…!母さん、起きてよ…!!」

何度もなんども母親の身体を揺するが、

その身体はカクンカクンと力なく揺れるだけだった…。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


どれくらい時間が経ったのだろうか、

もしかしたら、そんなに長い時間では無かったのかもしれない。


泣き疲れ、感情が麻痺して今までの様に何も感じなくなり、やたらと冷静になった頭で、

そういえば、コウさんを待たせていたんだった…、とユミトはのろのろとリュックの元へと向かう。


外の騒ぎはいよいよ大きくなり、怒声や悲鳴が混じり出した。


母さんの血がついた手でリュックを握り、

もう一度だけ赤く染まったベッドを見る。


「ごめんなさい…さようなら…」


そう呟き、部屋の外をチラリと見たとき、

窓の向こう、向かいの建物の部屋で、

赤く光る何かを見た。


獲物をこちらに向け、引き金を引いた、

悲しいほど虚ろな心を持つ”死神(シューター)”の瞳を…。





そして、次の瞬間…。







こんばんわん!

次回があっという間に来てしまいました。


今回も飽きずに読んでいただき

ありがとうございました。

これにてエピソード0が終了となります。


2話にして主人公が死んでしまい、

どうしたものか…。


ご安心を、この物語は第0話。

そしてサブタイトルの意味は…。

つまりそういう事なのです。


さて、これから第1章が始まります。

まだまだ先は長いですが、皆様お付き合いお願いいたします。


神薙シュウ

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