愁傷 ~エピローグ~
僕たちは、フランシタインの城下町を凱旋していた。
王城へと続く玉砂利の道は、ひしめくゾンビ民の姿で溢れ返っている。
「勇者ゲヘリク万歳! 勇者ゲヘリク万歳!」
連呼される僕の名前。最初はウンザリだった勇者の称号も、今は妙に誇らしく、ほんの少しこそばゆい。勇者クターバルも、きっとこんな気持ちだったのだろう。
「これで俺様の仕事も終わりだな。ま、魔王なんざ楽勝だったが」
「そうだっけ?」
僕は苦笑を我慢しながら、威張る卒塔刃に短く答えた。
「ではゲヘリク殿、卒塔刃殿。仕事終わりの一杯ということで、このあと酒場に逝きましょう。一級品の骨壺をキープしてありますよ」
そう提案してきたのは、僕の右側を歩く冥奴のアッケナ。
「……! ……!」
黄ばんだ眼球で僕を見つめ、無言で何かを訴えているのは男装女子のポクーリだ。
「それよりゲヘリク様、今日からわたくしと王城で暮らしませんか? ゲヘリク様は酷王の器ですわ」
叩き割った鈴のように爽やかな声で言ったのは、発酵の貴腐人ことキモラ姫だった。
――僕たち四人とひと振りは、割れんばかりの歓声の中を歩いていた。魔王が滅び、キモラ姫は無事に救出されたのだ。これほど喜ばしいことはない。
そのうえ、オダブトゥ村とコトキレッタ村のゾンビ衆、更には王酷既死団の戦士たちも、その殆どが土中から死に還っていた。
僕は――勇者ゲヘリクは、この世界に平和の闇を取り戻したのだ。
……といっても、こうして多くのゾンビたちが助かったのは、いくつかの偶然が重なった結果に過ぎない。
村ゾンビたちが死に還ったのは、アッケナの所有する呪物「北枕」をシーシャが斬り捨てたからだ。ソバ殻をぶちまけたことで、覚めぬ永眠の呪いが解けたのである。
そのとき一緒に斬られたアッケナは、北枕の付属呪物である「永眠帽子」を胸元に入れていて助かった。シーシャが斬ったのは呪物のみで、アッケナは斬られたという思い込みで断末魔をあげたのだ。
僕が斬ったポクーリと魔王キモラは、卒塔刃が持つ性質のおかげで事なきを得た。
そもそも卒塔刃は、ニンゲンどもを供養するために鍛えられた剣だったのだ。それゆえ先の決戦では、ニンゲンの肝より生じた狂気の血のみを祓うことができた。結果として、ポクーリたちは一時的に永眠するだけで済んだのだ。
もっともそれは卒塔刃に限ったことで、荼毘ブレードで斬られたシーシャは別だった。
「……シーシャ」
僕は凱旋を終えると、酒場への誘いを断って城の霊安室へ向かった。
そっと扉を開けて中に入る。薄暗い部屋の中心には、質素な木棺に横たわるシーシャの姿があった。僕はその傍らに膝をつくと、彼女の穏やかな死相を見ながら語りかけた。
「世界は平和になったよ、シーシャ。なのに君はこんなところで――」
「仕方ないでしょ、思ったより致命傷が深かったんだから!」
シーシャが、棺の中で不機嫌そうに身をよじった。このたびの戦いでは、彼女だけが大怪我を負って棺に臥せっていた。
むろん、常人だったら荼毘ブレードの一撃で殺られていたはずだ。だがシーシャは違った。
荼毘ブレードを背中に喰らう直前、虚棺の魔法で別空間を開き、その凶刃を受け流したのだ。完全には防げなかったものの、さすがは既死団の長、見事な機転で窮地を脱したのだ。
「なあ、シーシャ。君はあのとき、どうして僕を庇ったんだ?」
結果的に魔王を倒すことはできたが、一歩間違えばシーシャが還らぬ屍になっていたはずだ。
「それはたぶん、あなたと同じ理由よ」
「え?」
「アッケナとの戦いで、ゲヘリクはあたしのことを助けてくれたでしょ」
「うん」
「魔王を倒したあと、キモラ姫じゃなくて、あたしのところに真っ先に来てくれたでしょ」
「うん」
「それはどうして?」
「いや、それは君のことが――」
好きだから。
そんな恥ずかしい台詞は、あちこち口が裂けている僕でも言えなかった。
「分かったでしょ? あたしも同じ理由よ。あなたみたいなヘンタイは大嫌いだったはずなのに、今はこんなにもあなたのことが……」
シーシャはそこまで言って微笑むと、眼球を裏返して白目を剥いた。綺麗に揃い損ねた前歯を突き出し、そのまま動きを止める。彼女の頬は、恥じらうような流血色に染まっていた。
これって……つまりキス待ちだよな?
僕は緊張しながらも、棺に横たわるシーシャにゆっくりと顔を近づけた。互いのメタンガスが顔にかかる距離だ。
「ほれ相棒、一気にブチューと逝っちまえよ!」
卒塔刃が下品な言葉で僕を煽ったが、気にする余裕などなかった。
もう少し、あと少しで……
――バタンッ!
そのとき、急に霊安室の扉が開いたので、僕はビックリして飛び上がってしまった。シーシャも驚いた様子で上体を起こし、扉の方に眼球を向ける。
「ゲヘリク殿。シーシャの見舞いはそれくらいにして、そろそろ酒場へ逝きましょう」
不躾な態度で入ってきたのはアッケナだった。
「…………!」
その後ろには、死人に口なしを地で行くような無言のポクーリ。
「ゲヘリク様、ふたり用の木棺が用意できました。今宵は城にお泊まりください」
そして最後はキモラ姫まで登場した。
「へぇ、ゲヘリクって随分とモテモテなのね?」
「いやこれは、つまり、その……」
シーシャに血走った眼球で睨まれ、僕はしどろもどろになった。
「あ、そういえば、モーダメポ長老に報告することがあるんだった。僕は一旦シダラケ村に還るよ。はは……」
適当な言い訳をして、僕はクルリと背を向けた。
「ちょっと、待ちなさいよゲヘリク!」
「ゲヘリク殿!」
「……! ……!」
「ゲヘリク様!」
「うひゃ~」
思わぬモテ期の到来に悲鳴をあげながら、僕はズルズルと両脚を引きずり、霊安室から逃げ出すのだった。
(了)
というわけで、死んだり腐ったりした物語もこれにて完結です。
お読み頂きありがとうございました!




