第四章 恐るべき配下たち
「実は、魔王の居城がどこにあるか知らないんだけど……」
僕がそう打ち明けると、シーシャは脳脊髄液を撒き散らすように首を振った。
「信じられない! 魔王の居城も知らないで、あなたはどこへ向かうつもりだったの?」
「いや、キモラ姫の腐臭を辿れば大丈夫――的な?」
「さすがヘンタイの末裔ね」
シーシャに吐き捨てるように貶されて、僕はゾクゾクしながら落ち込んだ。
「そ、それで魔王の居城はどこに?」
苦い思いに挫けず問いかけると、シーシャは腐った指先を北西の方角に向けた。
「あっちに村があるの。その村を越えて逝くと、魔王が居城を構える『最果ての地』よ」
「最果ての地っていうと、あの……?」
「そう。勇者クターバルが、悪しきニンゲンどもを討ち滅ぼした場所」
ニンゲンにせよ魔王にせよ、悪いヤツらは最果ての地に集まる傾向があるようだ。
まあそんなことは、モーダメポ長老の破れた下着くらいどうでもいい話だった。
僕たちはまず、その最果ての地より手前にあるコトキレッタ村を目指した。シーシャの話によると、地酒造りが盛んな土地だという。となれば、久々に酒を飲めるかもしれない。僕は、とにかく楽しみで仕方がなかった。
「シーシャは酒、逝ける口か?」
「まあ屍並みには嗜むけど」
「じゃあさ、酒の勢いで僕と一線を越えてしまうというのはどうだろう?」
「却下ね。あなたは好みの死因じゃないわ」
そんなこんなでイチャコラできぬまま、僕たちは二日ほどの道程をズルズルと歩き通して、なんとかコトキレッタ村まで到着した。気がつけば、辺りはとっぷりと日が暮れていた。
「いや~、もうクタクタだよ。無機質な棺が恋しいね」
「だったら納棺して差し上げましょうか。なんなら火葬もサービスしてあげるわよ!」
歩き詰めで苛立つシーシャが、恐ろしくファイヤーなことを言う。僕は、彼女の剣幕に怯えて口を閉ざすと、誤魔化すように周囲を見まわした。
――どうも村の様子がおかしい。
立ち並ぶ墓石に夕餉の煙は見えず、辺りにはゾンビっ気がまったく感じられなかった。土葬状態でアクロバティックに食事を摂る日常はどこへ逝ったのだろうか。シーシャも異変に気づいたらしく、不安そうに瞳を濁らせている。
僕は歩きながら、村の奥へと視線を這わせた。
真っ先に目を引いたのは、ひときわ陰鬱な造りの建造物だった。入り口には、献杯と棺を描いた看板が下がっている。一階が酒場で、地下に宿泊用の棺もあるという、いわゆる典型的な納骨堂である。
僕は地酒の誘惑に駆られて、その納骨堂にフラフラと近づいた。
「ちょっと、迂闊に行動しない方が――」
「長旅で疲れたよ。少しだけ棺に納まらないか?」
僕は吐血気味に項垂れ、納骨堂での休息をシーシャに提案した。実際に疲れていたのは確かだが、本音を言えば酒が飲みたかったのだ。
「あたしは反対よ。まずは村の様子を探るべきだわ」
「そんなの、ちょっと酒を煽ったあとでもいいじゃないか!」
僕が我慢できずに駄々っゾンビのように血反吐を吐くと、シーシャは腐った肩をグシャリと竦めて言った。
「分かった、あたしがひとりで逝ってくる。あなたはここで土左衛門になるくらい酒を浴びていればいいわ」
口調こそ穏やかだったが、彼女の言葉にはあからさまなトゲが含まれていた。
「心配するな、お嬢ちゃんには俺様が憑いて逝ってやるぜ」
険悪な空気を一刀両断するように、卒塔刃が横合いから口を挟む。だがそれは決して仲裁ではない。卒塔刃の魂胆など僕には見え見えだった。つまり、シーシャとふたりきりになりたいのだ。このスケコマシ剣め!
僕は呆れながらも、腰に佩いた卒塔刃を外してシーシャに手渡した。
「念願の卒塔刃だからって持ち逃げするなよ」
「そんなゾンビ道にもとる行為、あたしがするわけないでしょ!」
「俺様は持ち逃げされても一向に構わないぜ、お嬢ちゃん。その魅惑の『壊腐《F》カップ』でギュッと抱きしめてくれるなら、俺様はどこまでだって――」
「やっぱりひとりで逝く!」
即死の勢いで卒塔刃を突き返してきた。そしてシーシャは、北風のような冷たさで僕を一瞥すると、数百瞬の間に姿を消してしまった。
「どうして僕が睨まれた?」
疑問は尽きないが、そんな胸のモヤモヤを晴らすには酒が一番だ。僕は卒塔刃を帯剣すると、重い両脚を引きずって納骨堂に入った。
「やはり誰もいないか……」
粛然とした室内を見まわし、メタンガス交じりに呟く。
「ならば勝手にやらせてもらおう」
僕は棚に置かれた年代物の骨壷を手に取り、カウンター棺に座って一気に煽った。
「くぅぅ~、いい酒だ。五臓六腑をダダ漏れるっ!」
旅の疲れが破れた内臓から流れ出る瞬間だった。
「よし、偉大なる勇者クターバルに献杯だ!」
この調子で、今夜は溺死体になるまで飲んでしまえばいい。不機嫌なシーシャのことなど忘れて、僕はとことん飲み明かそうと思った。
だがそのときだった。
「ぎゃああああー!」
納骨堂の外から、絶命感に満ちた悲鳴が響いてきたのだ。この聞き苦しい美声はシーシャのものに違いない。
「まさか、彼女の身に何か!?」
僕は骨壷を放り出し、足を挫いた老人のごとき素早さで納骨堂を飛び出した。悲鳴の聞こえた方へ向かうと、村の中央にある広場に辿り着いた。
「……っ!」
そして僕は立ち尽くした。眼前の凄惨すぎる光景に、肌のウジ虫どもが打ち震える。
ただのしかばねの山が、広場を覆い尽くしていたのだ。累々と重なる者たちの顔からは、ゾンビとしての白々しい死相がすっかり失われていた。
「魔王軍が村を襲撃したのか。酷いな……」
コトキレッタの村ゾンビたちは、皆がこの広場で事切れていたのだ。その中には、まだ死後硬直すら始まっていない幼ゾンビのしかばねもあった。
シーシャは、そんなしかばねを前にして呆然と座り込んでいた。
「大丈夫か、シーシャ?」
「あ……ゲヘリク」
僕を仰ぎ見るシーシャの死相が、恐怖のためか激しく歪んでいる。仕方なく手を差し伸べると、彼女は絡みつくように僕の腕を掴んで立ち上がった。
「あの、ありが――」
「まったく世話が焼けるな。こんなことなら、素直に卒塔刃を持っていけばよかったんだ」
僕が声音に非難を滲ませると、シーシャは顔を流血色に上気させた。
「何よ、あたしは助けに来てなんて頼んでないでしょ!」
「だったら悲鳴あげるなよ」
「う、うるさいわね! ちょっと驚いたのよ」
「おい、おまえら。口喧嘩してる場合じゃないぜ」
次第にヒートアップする僕たちの会話に、地鳴りのような卒塔刃の声が割って入る。
「どうやら敵さんのオデマシだ」
その声を聞くと、シーシャは素早く立ち上がって身構えた。顔の死斑が緊張の色に染まる。オロオロするだけの僕と違い、歴戦の剣士らしい堂々たる態度だった。先程までの怯えた死相がウソのようだ。
「久しぶりね、シーシャ」
宵闇の向こうから、痰の絡んだような艶めかしい声が響いた。
「やっぱり、これは『あなたたち』の仕業だったのね!」
シーシャはそう応じながら、虚棺の魔法で剣を取り出し、切っ先を前方に向けた。
しかばねの山を越えて僕たちの前に現れたのは、ふたりの女ゾンビたちだった。会話から察するに、シーシャとは古い顔見知りのようだ。同じ墓の土で永眠した仲かもしれない。
「あら、その腐りかたびら。そちらの殿方は、もしかして勇者様かしら?」
シーシャに話しかけた女ゾンビが、今度は僕に眼球を向けて問いかけてきた。
「勇者の末裔、ゲヘリクだ」
「はじめまして、私は冥奴のアッケナ」
ボロ鮮やかな冥土服をひるがえし、しんみりと挨拶してくる。僕は、彼女のゾンビらしからぬ豊満な胸部に著しい腐蝕不足を感じた。
「それと、私のとなりにいるのが妹のポクーリ。無口な子だけどよろしくね」
「…………」
アッケナの横に立つ怨尾服の男装女子が、無言でこちらを睨んでいた。
「ゲヘリク、気をつけて! あのふたりは王家に仕える『戦う冥奴姉妹』よ」
シーシャが生き返りそうな鋭い声で叫ぶ。僕は激しく混乱した。どこをどう突っ込めばいいのか分からなかったのだ。
「まさか、王家に仕える冥奴が村を襲うわけないだろ。そんなツッコミづらいウソはやめてくれよ」
「ウソじゃないわ。彼女たちは恐ろしい誇大誤魔法の使い手よ。油断しないで!」
シーシャの切羽詰った口調は、とても虚言とは思えないものだった。どうやらいがみ合っている場合ではないようだ。
僕は、腰に佩いた卒塔刃の柄を掴んだ。
「つかを……つかむ!?」
その瞬間、突然死のように脳裏を閃くものがあった。つかをつかむ。これは間違いなく会心の出来栄えだ! 今すぐ村に帰って、モーダメポ長老に報告しなければ――
「何してるの、ゲヘリク!」
僕はシーシャの声で我に返った。うっかり良作のダジャレに酔いしれ、心が三途の川に流されてしまうところだった。
慌てて戦闘態勢を整えたが、そのときには完全に後手後手だった。
「南無南無南無南無~」
「なっ、なんだこれは!?」
僕の足が急に痺れて動かなくなった。
「しまった、これはポクーリの誇大誤魔法よ!」
前を見ると、シーシャも両足を押さえてうずくまっている。ポクーリが、指のフシとフシを合わせて不幸せそうに南無南無始めた途端、僕たちの足は痺れてしまったのだ。
「どうかしら? ニンゲンどもの呪われた儀式を具象化した『正座』の魔法よ」
南無南無唱えるポクーリのとなりで、アッケナが余裕綽々の講釈を垂れる。どうして一番近くにいるアッケナは平気なのか。僕は不思議に思ったが、よく見ると彼女の両耳は、ちょうど都合の悪いことだけが聞こえない感じに腐れ落ちていた。
「いけない! このままでは、アッケナの所有する呪物『北枕』の餌食になってしまう」
シーシャが説明的に喘ぐ。しかし僕には、これから何が起こるのか見当もつかなかった。
「何を落ち着いてるの、ゲヘリク。なんとかしなさいよ、あなた勇者でしょ!」
「はあ、シーシャに認められてない勇者だけど何か?」
シーシャが慌てているのは承知していたが、それでも勇者の押し付けには憎まれ口で応じてしまうのだった。
「腐腐腐……。あなたたち、仲間割れしててもいいのかしら?」
アッケナは笑いながら言うと、胸元から大きな赤い枕を取り出した。それに伴って、彼女の巨乳が虚乳へと変化する。あの腐蝕不足の胸は、なんと枕で膨らんでいたのだ。
「この北枕こそが、コトキレッタ村のゾンビ衆をただのしかばねに変えた誇大の呪物よ。ひとたび北向きに寝かしつければ、誰もが一瞬で逝き絶えるわ!」
コトキレッタの村ゾンビたちを非ゾンビ化したのは、正座と北枕のコンボだったらしい。恐るべし、誇大誤魔法!
「まずはシーシャから寝かしつけてあげるわ」
アッケナが、ズルズルとシーシャに近づいていく。このままではシーシャが危ない。
ならば、彼女を救うのは勇者である僕の役目だ。そしてどさくさに紛れ、あのエアふくよかな胸を揉み損ねるしかない!
下心全開で気合いを入れたが、いかんせん、痺れた足がどうしても動かなかった。
「あたしを甘く見ないで!」
僕が動けないでいると、シーシャは近づくアッケナをギョロリと睨みつけ、屈んだ状態から気丈に剣を振るった。だが、所詮は体重の乗らない斬撃。アッケナにあっけなく躱され、剣も蹴り飛ばされてしまう。
「そんな……」
立てない足で窮地に立たされ、喪主のように項垂れるシーシャ。いよいよピンチの彼女を見たとき、僕の心の中でメタンガスっぽい感情が激しく燃え上がった。
「待ってろ、シーシャ。僕が必ず助ける!」
僕は両腕だけで匍匐前進すると、ああああああああああああああああああああっという間にシーシャの元へ辿り着いた。這いつくばったまま、藁にもすがる思いで卒塔刃を抜剣する。
その直後、
――パァァァ!
刀身に刻まれた梵字が、黄昏のように鈍く輝いた。僕の中に卒塔刃の力が奔流となって流れ込み、死体全体に充溢する。そして僕は、まるでウソであったかのように、あっさり正座の呪縛から解放された。
「見たか相棒、俺様の凄まじい力を!」
「おお、さすが卒塔刃だ……」
強大な力を得た僕は、アッケナの横を亡ダッシュで走り抜け、南無南無しているポクーリに肉薄した。
シュン!
しょげた剣光を閃かせ、無防備な男装女子を容赦なく斬り捨てる。
「……!」
ポクーリは驚愕の死相を浮かべ、無言のまま腐肉を散らして倒れ伏した。悲鳴すらも寡黙を貫くところは、いっそ見上げたものである。
ともあれ、ポクーリを倒したことで正座の驚異は取り除かれたのだ。
「シーシャ、今だ!」
僕がそう叫んだとき、すでにシーシャはアッケナに向かって突進していた。
「おのれ、よくも妹を!」
アッケナが、取り乱した様子でシーシャを迎え撃つ。
しかし、正座から解放されたシーシャに枕ごときで勝てるはずもない。彼女の水平に薙いだ一閃が、北枕のソバ殻を豪快にぶちまける。更にシーシャは、怯んだアッケナを返す一撃で華麗に斬り捨てた。
「べ、別にアンタのために斬られてあげたんじゃないんだぎゃらぁぁああー!」
死んデレ属性の長い断末魔をあげて倒れると、アッケナはそのまま動かなくなった。
そう、僕たちは戦う冥奴姉妹に勝利したのだ。
「お疲れ。さすがだな、シーシャ」
僕は、気が抜けて毛も抜けたシーシャの頭にグシャリと手を置いた。
「助かったわ。ありがとう、ゲヘリク。それと……」
「うん?」
「今までごめんなさい。あなたは間違いなく勇者の末裔よ。なのにあたしったら……」
「そんなのいいって」
だから代わりに、そのポロリ不可能な虚乳を少しだけ拝ませて欲しい。そんなことを真顔で考えながら、僕は北西の暗い空を睨みつけた。
――待っていろ、魔王!
激しい戦いの予兆を感じて、僕の死体は死後痙攣のようにビクビク震えていた。




